第117話 巫女?

「小麦を全てよこせ」


 期待したゴブリンの言葉は先ほどの焼き増しだった……。

 ワザとかよと思ったが、どうやら真剣に言っているのだと奴の様子から見て取れる。


「対価は無しだと?」

「そこの小麦を俺たちが食い尽くすまでお前らを襲うのはやめてやろう。どうだ? 破格だろう?」


 そうそう。そういうセリフを待っていたんだ。

 口元が緩みそうになるが、キュッと引き締めて奴を睨む。


「だが、断る!」


 想定外だったのか、ホブゴブリンは口をパクパクさせて絶句する。

 奴の代わりに控えていたローブを着たゴブリンが掴みかからんばかりの勢いでローブを翻した。


「ゾウチョウしたニンゲンども。ヒトリだけ生かしてアゲルワ」

「ほうほう、お優しいことで」


 アニメに出てくる幼女のような声で、ローブを着たゴブリンが高慢にたどたどしい言葉で言い放つ。


「王に。キョウシュ様に。ソイツを捧げ、目の前でヤツザキにしてアゲル」

「王ってこいつ?」


 ローブを着たゴブリンの口上は無視してホブゴブリンを指差すと奴はかぶりを振る。

 ん、違うのか。


「王はホブゴブリンではない。偉大なるゴブリンキャプテンなのだ!」


 今度はホブゴブリンが高らかに謳いあげる。


「へえ。ホブゴブリンのお前は王の親衛隊とか将軍とかなのか?」

「残念ながら違う。王の側に控えるはレッドキャプの男たち。そして、巫女らだ」


 聞いたらどんどん喋ってくれるな。とてもいい傾向だ。

 ホブゴブリンの情報から推測するに、奴より上位のゴブリンが少なくとも二種いる。


「巫女って、そいつか?」

「ミニクイニンゲン。ワタシにイロメをオクルナ。殺してヤル」

「ふむ。お前が巫女か。ゴブリンシャーマンてとこだな」

「ようやくワカッタようネ。ニンゲン。ワレラは巫女。子を産み、テンにイノリを捧げる」


 こいつらこんなにペラペラしゃべって後からキングとかいう奴に処分されないか心配だわ。

 ん?


「子を産む?」

「ソノトオリよ。ニンゲン。巫女が産んだ子は巫女にナル。ゴブリンは増える。タクサン、タクサン」

「あ、うん。もう帰っていいぞ。次はちゃんと王を連れてこいよ」


 ヒラヒラと手を振り奴らから背を向ける。

 あ、後ろから怒りの唸り声が。


「人間を生かすと小麦を産む。だから生かす。だが、お前らは畑を持っていない。小麦を産まない。だから殺す!」


 どうする?

 復唱をしながらマルーブルク、続いてクラウスへ目配せするとマルーブルクは首を振り椅子に腰掛けてしまった。

 クラウスもその場であぐらをかくし……。


 一方で後ろのゴブリン達は今にも突進を開始しそうなんだが。


「痛い目に合わせてお引き取り願おうか?」


 クラウスとマルーブルクに向け問いかける。

 対するクラウスは無言で弓を構え、マルーブルクは俺に言葉を返してきた。

 

「できればあの中の一体を捕獲したいね」

「そうしたいのはやまやまだけど、俺の魔術我が土地の外に誰か出なきゃいけないだろ?」

「状況次第で許可を出してくれるかい?」

「止めないけど……命を失うような無謀なことはやめてくれよ。怪我をしてもすぐに治療はできるけど……」


 怪我はいいが、死者を蘇らせることはできない。

 我が土地の中ならば、絶対に傷がつかないけど外となれば話は別だ。

 

「クラウス。ガーゴイルと前に出たゴブリンのうちどっちかを捕獲対象とするよ」

「了解しました。我が主!」


 マルーブルクの言葉を受けたクラウスは敬愛する金髪の少年に向け彼らしくない敬礼を行った。

 なんだ。ちゃんとした敬礼もできるんじゃないか。


「兄ちゃん、やっこさん、待ちきれずに来やがったぜ」

「タイミングは任せる。頼んだ」


 前を窺うとホブゴブリンら代表の三体は一歩も動いていない。その一方で後ろに控えていた雑魚ゴブリン達が突進を開始したようだ。

 みるみるうちにこちらとの距離が詰まり、我が土地の枠へ足を伸ばしたところで真後ろに弾き飛ばされた。

 

 宙へ浮く雑魚ゴブリンらへ風を切る矢の音が迫り、奴らの胸に突き刺さる。

 僅かなうめき声をあげて、仰向けに地面へ転がるゴブリン達。しばらく両手足の先がピクピクと動いていたけど、すぐにパタリと指先が地に落ちた。

 

 怯むことなく後続の雑魚ゴブリンが我が土地に侵入しようとするが、全て同じように真後ろに飛ばされ足が宙に浮く。

 その隙にクラウスらが矢を放ち、ゴブリンらを仕留めて行った。

 無防備な宙に浮く瞬間を狙うクラウスらの矢は、今のところ全弾命中している。それだけでなく、全て一撃の元にゴブリンを仕留めているのだから凄まじい。

 

 ドウン。

 十二体目のゴブリンが仰向けに転がり、流石に奴らも怯んできたようだな。

 雑魚ゴブリンじゃあなくて、ホブゴブリンとゴブリンシャーマンの二体がだ。

 雑魚ゴブリン達はどれだけ倒されても、指示通りに動き嫌がる様子を未だに見せない。大した忠誠心……いや妄信だと思うよ。

 

 しかし、判断力を持つ集団のリーダーは異なる。場の様子を鑑みて自分達に勝ち目が無いことを悟ったのだろう。

 ホブゴブリンはギリギリと歯を鳴らし、大きな棍棒を振り上げ、勢いよく地面を叩いた。

 

 その音に反応してゴブリン達が突撃を敢行する。

 しかし、すぐに矢が飛び奴らは地面に倒れ伏す。

 

 ん、何かキラキラと光ったような……。

 しかし、考える暇もなく間髪いれずに矢が発射された。

 

 ゴブリン達が倒れ次のゴブリン達が襲い掛かってくる間隙をぬった形で飛んだ矢は、先ほどより勢いはあった。

 しかし、流石に距離がありすぎたのか、矢はホブゴブリンら三体の足元の地面に突き刺さる。

 

「うお」


 いや、これはデコイだったのか。

 自分達が矢に狙われたことと思い込んだホブゴブリンら三体の意識が地面に突き刺さった矢に向かった。

 その隙に勢いよく駆け込んだクラウスが我が土地の枠へ足先をかけると、更に加速し剣の柄でホブゴブリンの腹を突く。

 くの字に折れ曲がってその場に崩れ落ちるホブゴブリン。


「驚いているところ悪いが、まだだぜ?」

 

 クラウスがニヒルな笑みを浮かべ、体を回転させる。

 彼は勢いそのままにゴブリンシャーマンの首へ手刀を叩きつけた。

 

 一瞬で二体を気絶させてしまったクラウス。

 す、すげええ。

 

 驚いていると、空に何かの影が。

 

「ワギャン?」


 周辺を偵察していたはずのハトとワギャンが、空を駆け大立ち回りを行ったクラウスの真上辺りまでやって来た。

 高さは十メートルと少しってところか。

 

 飛び降りた――。

 ワギャンがハトの背で立ち上がったかと思うと、ナタのようなナイフを構えて飛び降りたんだ。

 

 空から落ちる重力で勢いを増したワギャンはガーゴイルへ向けナタを振り下ろす。

 ――ザン!

 ガーゴイルを袈裟懸けにし、奴はその場に倒れ伏した。

 しかし、奴を斬ったワギャンのナタも硬さに耐えられず折れてしまう。

 

「素晴らしいね。彼の目は」

「ん?」


 マルーブルクの称賛する声が後ろから聞こえた。

 あ、そういうことか。

 さっきのピカピカはワギャンへ向けた合図だったんだ。

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