第116話 まいくをもたせたらおれのみぎに

 湯気をたてる肉とパンを前にして、おもむろに立ち上がる俺。

 テーブルを囲んだみんなの顔を見渡した後、椅子に引っ掛けた拡声器を握る。


 ゴブリン達は俺の肉眼でもハッキリと姿が確認できる位置までにじり寄って来ていた。

 ご丁寧なことに前方だけでなく、砦の裏側にまで奴らはいる。

 それじゃあ、一丁派手に行くとするか。


「えー、あー。マイクのテスト中」


 マルーブルクとクラウスの肩が落ちるが、気にしてはいけない。

 ただ一人、両手を胸の前で組みキラキラした目でこちらを見つめるフェリックスの様子に心を落ち着けるとしよう……。

 すうーはあ。

 あっさりと落ち着いたカッコいい俺は、ニヤリと口角をあげた。


「ぴんぽんぱんぽーん。ゴブリンの皆様にお知らせです。無駄な抵抗はやめて大人しく投降しなさい」


 突然の大音声にその場で立ち止まり顔を見合わせるゴブリン達。

 うむうむ。予想通りの反応だ。

 大きく息を吸い込み、拡声器を口元に近づけた。


「集団で囲む臆病者のゴブリンさん。今すぐ泣いて謝るなら許してやらんこともない」


 続く一言に静まり返っていたゴブリン達は一斉に怒声をあげ、こちらに向け全力で駆けてくる。


「さすがヨッシーだね」

「イラつかせることにかけて右に出るもんはいねえな」

「す、素敵ですわ! 良辰様」

「うまくいったようだな。僕も出るとしよう」


 ほ、褒められても全く嬉しくねえよ。

 だいたい、「怒らせて突撃させよう」って提案したのはマルーブルクだろ。

 その点、ワギャンはいつも通りの冷静さで助かる。まさに職人って感じだな。


『パネエッス!』


 颯爽とハトに乗ったワギャンは空へと飛び立っていく。

 相変わらずの凄まじい風圧にフェリックスのスカートが捲れ上がった。


 一方でゴブリン達といえば、あと三十メートルってところまで来ているな。

 奴らの形相は凄まじい。目を向き口からよだれを垂らしながら、棍棒を振り上げている。

 棍棒を持つ腕は力を込めすぎたからか震え、発言の主たる俺を真っ直ぐに目指しているように見えた。


「そろそろ準備を」

「大丈夫だぜ。既に終わっているからな」


 何が面白いのか腹を抱えて笑っていたクラウスが、顔をあげず片手を上にやって問題無いと示す。

 態度はともかく、流石に仕事が早い。


「きゃ……」


 フェリックスか小さく悲鳴をあげ、顔を逸らす。ゴブリン達に襲撃された時のことがフラッシュバックしたのだろうか。


 似たような状況だもんなあ。

 今まさにゴブリン達は我が土地の枠へ足をかけようとしている。


 ――ゴロン。

 ――ドゴン、ゴロン、ドカ。


 勢いよく我が土地に踏み込んだゴブリン達。

 しかし、見えない壁に弾き返され、勢いそのままに力が反転しゴロリと地面に転がった。


 今だ!

 そう思った瞬間、いつの間にか弓を構えたクラウスがギリギリと引き絞った弦を掴んだ指先を離す。


 ヒュンと風を切る音がして、転がったゴブリンの喉元に突き刺さった。矢に貫かれたゴブリンは呻き声もあげずに両手がガクリと地面に落ちる。

 彼の矢に続き、五本の矢がゴブリン達に放たれ全て命中した。

 どの矢も致命傷を与えるに足るもので、彼らの素晴らしい腕に感服する。


「どんどん行くぜー」

「あいあいさー」

「オーダー入りましたー」

「喜んでー」


 クラウスの号令に彼の部下がいつもの調子で声を張り上げた。

 一方でフェリックスの部下二人は無言で矢をつがえはじめる。


 二射目は先頭集団が見えない壁に弾かれ呆然としているゴブリン達の頭を貫通した。

 矢を受けたゴブリン達がバタバタと倒れ、残ったゴブリン達がようやく硬直から抜け出したようだ。


 しかし奴ら……一旦は逃げるのかなと思ったら、逆だった。

 後ろのゴブリン達のうちの一体が角笛を取り出し、力一杯それを吹く。


 ブオオオオオ。

 間延びした角笛の音が鳴り響き、砦の周囲を囲んでいたゴブリン達が一斉に角笛を鳴らしたゴブリンの集団の元へ集まり始めた。


 周囲を取り囲んでも無意味。ならば、数を集め押し切ろうと言うんだな。

 うん、的確な判断だ。

 やはり中々に知恵が回る。それに集団の統率力、指揮命令系統もちゃんと整っているってことか。

 目の前の餌さえもアッサリと手放し、命令を聞くことに少しばかり驚いたけど……。


 好都合。

 酷く好都合だ。

 倒すにも交渉するのにもな。


「クラウス。矢を射るのは一旦ストップだ」

「あいよー」


 クラウスへ声をかけてから前を向く。

 拡声器を再び手に持ち、ゴブリン達に向けた。


「集団の中にいるんだろ? 出てこいよ」


 俺の声に前にいるゴブリン達が顔を見合わせ何やらヒソヒソと会話している。

 さあて、どう出るかな。

 うまく釣り出せればラッキーってとこだが。


 お。

 ゴブリン達が中央から左右に分かれ、中から一際背丈の高いゴブリンとローブをまとったゴブリン……それと見たこともない浮遊するモンスターの姿が確認できる。

 奴らは悠々とゴブリンの花道を通り前に出た。


「お前らが集団の指揮者か?」

「何者だ。オマエは只の人間ではないな」


 中央にいた背の高いゴブリン……ホブゴブリンが俺を睨みつける。

 奴の右側にいるローブを着た小柄なゴブリンは前にも見たな。しかし、左側にいる灰色の肌をしたモンスターは何者なんだ?


 そいつは彫像がそのまま動いたような印象を受ける。人型ではあるが異形で耳まで裂けた口に鋭く鋭角に尖った目。

 髪の毛は無く、代わりにトゲトゲした針のような石が伸びていた。

 全身を覆えるほどの翼が背中から生えているが、鳥の翼のような柔らかさはまるでない。


「ガーゴイルだね」

「ガーゴイルって確か……」


 魔族だったっけ、帝国、公国、王国の三か国へ同時進行しているとかの。

 ゴブリンの進化を促したのは魔族なのだろうか?

 マルーブルクは公国の誰かか魔族のどちらかだろうって言っていたし。

 

「うん。魔族の手先だよ。なるほどねえ」


 マルーブルクは納得したように顎に華奢な指先を当てる。

 いろいろ彼に聞きたいこともあるけど、今は目の前のホブゴブリン達に集中しないとだ。

 

 クラウスに目配せし、弓を降ろさせるとゆっくりとホブゴブリンに向かって歩を進める。

 奴らは自分達の配下が見えない壁に飛ばされてしまったことをちゃんと理解しているようで、枠へ足をかけようとせずその場で留まっていた。

 

「やあ、ホブゴブリン。何用かね?」


 俺はいつもと口調を変えて上位者ぽく振舞う。

 変な物言いだって突っ込みは無しの方向で頼む。

 

「小麦を寄越せ」

「寄越せか。君たちに説法するには業腹だが、物には対価というものがあってだね」


 ん、何だよ。マルーブルク?

 俺の背中をちょいちょいと突いたマルーブルクが俺の耳元へ口を寄せる。

 ちなみにいつものごとく、ゴブリン達の言葉は小声で復唱している。マルーブルクやクラウスに聞こえる程度の音量でね。


「業腹の意味を分かっているのかな?」

「も、もちろんだろ」


 つ、使い方が不味かったか?

 でもホブゴブリンは気にした様子なんてないぞ。

 だから、大丈夫。大丈夫なんだって。

 対峙する緊張感とは別の緊張感から背中に汗が流れる。いわゆる冷や汗ってやつだ……。

 

 さあ、ホブゴブリンはどうでるかな?

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