第110話 黒い影
食事はクラウスの部下達に任せて、その間にみんなの部屋を決めたり風呂に順番に入ったりして……あっという間に日が暮れる。
パチパチと燃え盛る薪の赤い炎が周囲を照らす中、熱々のシチューと固いパンを頂くことになった。
味付けも素朴で、肉はフェリックスの部下達がいつの間にか狩ってきた何かが使われている。
またヘンテコな食材だったら微妙な気持ちになるから、何も聞かず「これは鶏肉のような豚肉だ」と自分に言い聞かせた。
しっかし、一体何の肉だったのかなあ……い、いかん考えちゃあダメだ。感じろ!
そんなわけでまとめると、満点の星空を眺める露天風呂が最高だったとだけ言っておくことにしよう。
翌日からはみんなと相談して行軍速度を上げることにした。
曲がりくねった獣道に沿うことをやめて真っ直ぐに土地を購入して行くと共に、俺の移動を自転車にしたのだ。
これによって目的地までの距離が大幅に縮まり、速度も上がったことにより一気に距離を稼いだ。
この分だと明日にはフェリックスの領地に入ることができるとのこと(本人談)。
ここでもダンボールハウスを建築し、風呂とか竃も同じ位置どりで配置した。
この日も何事も無く終わると思っていたんだ。
食後のコーヒーを飲み、自分の部屋だけに準備した折りたたみ椅子に座ってふうと息をつく。
ぼーっと窓から外を眺めていると……ん、影が動いた?
月に重なっている小さな影が、大きくなった?
いや、これは鳥か何かだな。夜は視界が悪くて困る。
みるみる影のシルエットがハッキリしてきて、影は中型の鳥だと分かった。
影はドバドより大きくてトンビより小さいくらい。
ちょうどカラスくらいのサイズだと言えばしっくり来る。
「ふむ。やはりカラスか」
窓枠に降り立ったテラテラとした漆黒の羽毛を持つ鳥は、日本でも見慣れたカラスだった。
いや、違うな。
こいつ、脚が三本あるぞ。
バランスが悪いなあ。異世界の食物連鎖が不思議でならない。
三本目の足とか生存への最適解じゃないように思えるんだけどなあ。
「おい……えっと……にんげ……まあいい。めんどくさいから、おい、人間。何だその微妙な顔は」
カラスが嘴をパガンと開き囀る。
もはやカラスが喋ることに全く驚かない俺なのだよ。既に感覚が麻痺しているとか言っちゃあいけない。
「なんかえらく含んだ言い方だな」
「気にするな人間。殆ど人間だから人間でいいだろ」
「ちょ、ちょっと、そこ詳しく!」
「くああ!」
威嚇された。
きっと説明が面倒くさいとかそんなんだろう。
「ま、まあいい、何か用があったのか?」
内心カラスの「くああ」にドキドキしながらも彼に問いかける。
「草原から出たようだから、ちょっと見てこいって。一人でいいだろ? ハトの奴もいるようだし」
「ハトのお友達か。会ってく?」
「くああ?」
凄まれた!
この「くあ?」は人間で言うところの怖いお兄さんが発する「ああん?」と似た感じだ。
カラスに睨まれてビビるとは……我ながら情けない。
「分かった分かった、そう興奮するな。で、用はもう終わりか?」
「草原には戻るんだよな?」
「あ、うん。自宅も住人のみなさんもいるし」
「あー、じゃあ、俺は帰ってもいいんじゃね?」
「聞かれても『何で帰っていいのか』の前提が分からんわ!」
ちゃんとここに来た背景を説明してもらわんと、何のことかわからん。
そのままご帰宅いただけるのなら、もう何も聞かないからとっとと帰ってくれる方が楽だ。
「グバアの奴がよ、お前がタコーンやシーシアスのとこに行くんじゃねえかって言うもんだから」
「グバアに見て来いと」
「そんなところだ。でもお前は人間だし、タコーンのところには行かないだろ……グバアも何考えてるんだか」
いきなり二名も知らない名前が出て来たぞ。
カラスの発言からするに、グバアの知り合いか何かか。絶対にお近づきになりたくないタイプであることは確かだ。
あからさまに嫌そうな顔をしたけど、カラスに俺の表情が読めるはずもなくブツブツと何かを呟いている。
「グバアの奴、何のかんので面倒見がいいのか、悪いのか分からんな。だいたいから、人間なんて交尾のことしか考えてないだろ……常識的に考えて」
言いたい放題だな、こいつ。
そう言うことを言うカラスこそ交尾のことしか考えてないんじゃないか?
「勘違いするな。俺は子孫を残せない。そういう種だからだ」
「え? そうなの?」
「ハトは……少し特殊だが、俺やグバアは突然変異やら世界に突如出現したり……とまあいろいろあるんだよ」
「え、何それ、怖い」
「お前も似たようなもんだろ。違いはお前には生殖能力がある種のまんまだってことだな」
えー。一緒にしないで欲しいんだけど……。
俺は断じて超生物グバアとかこの前散々に大地を破壊しつくしてくれた神々しい龍とかとは異なる。
ん、ひょっとして、このカラスも?
「カラス。君もグバアみたいに破壊の限りを……」
「いや、俺は弱い。そうだな……ハトより全然弱い。死なないがな」
「へえ……それなら友達になれるかもな」
言っていることが本当ならと但し書きはつくけどな。
しかしカラスは気分を害したようで、俺の頭をこれでもかと突っつく。
「まだまだ年季が足らないだろ! お前は俺なんぞより遥かに力を持っているが、まだまだ知らないことが多すぎる」
「カラスは知恵者や賢者ってところなのか?」
「俺は肩書が好きじゃない。俺のことはただのカラスと呼べ。くああ!」
「分かった。分かったから突っつくな!」
こいつはこの世界の賢者なのか。なら、いろいろ聞きたいことがある。
ひょっとしたらコーデックスみたいな世界の図書館的な空間みたいなものがあるのかもなあ。
もしあるのなら、一度は訪れてみたいものだ。
せっかくだから、カラスにいろいろ聞こうと口を開いた時、聞きなれた騒がしい囀りが俺の声をかき消す。
『先輩! パネエッス!』
ハトがばっさばっさと翼をはためかせ、窓枠に挟まった。
どうやら自分のサイズが大きすぎて、窓の中に入れなかったらしい。
「よお、ハト」
『先輩! 来ていたんすね!』
「お前も元気そうだな」
『うっす! さっきまでワギャンから餌をもらっていたっす!』
「そうかそうか。たんと食べてこいよ。俺はもう行く」
『ええええ! もう行っちゃうんですかあ!』
ちょ、ちょっと待て。まだ何も聞いていないんだぞ。
「カラス、いろいろ聞きたいことが」
「戻るんだろ? 自分の巣に?」
「うん」
「じゃあ、その時だ。俺はお前が戻ってくると分かったから用事が済んだ」
「俺が戻ったら来いよ」
「そのうちな」
カラスは漆黒の翼をはためかせ、夜の闇へと消えて行った。
結局何も分からずしまいだったけど、戻った時の楽しみが一つ増えたから良しとしよう。
このまま放置するのもいいが、窓を閉めることができなくなるからな……。
やれやれと首を振った後、挟まったハトの頭を押し込む。
するとハトは、地面へと落ちて行った。地面に激突する前に飛び上がったので問題ない。
翌日の夜、いよいよフェリックスの領地へ足を踏み入れた。件の街には翌朝の昼前には到着するとのこと。
ここはフェリックスの領地だったので、ダンボールは自重し、ログハウス風の家にしたおいた。
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