第111話 進め進め

 フェリックスの領都であるグラーフが遠目に見える距離まで到達する。

 ここで俺たちはどうやって住民を救い出すか作戦会議を開くことにしたのだ。

 遅すぎるって?

 そらまあそうなんだけど……。


「で、どうする兄ちゃん?」


 腕を組んだクラウスがニヤリと俺に目を向ける。


「とりあえず座ってくれ」


 クラウス、マルーブルク、フェリックスと輪になるような形で膝を突き合わせた。


「フェリックス、まだ距離はあるけど街の構造や脱出ルートなどがあるようなら教えてくれるか?」

「はい」


 フェリックスは街の詳細を語ってくれる。城壁こそないが、街は人の身長ほどの高さがある柵に覆われているのだそうだ。

 まあ、柵くらいないと野盗や野生動物の類いが侵入し放題だし。柵があれば防衛範囲を入口付近に集中できる。

 この世界で街を作るなら囲いは必須だろうな。

 外は危険すぎる。

 カタツムリとかピラニアとかな……。


 街の地理に話を戻そう。

 グラーフの街は中央に領主の館があり、館から円を描くように大き目の家が並ぶ。

 それらの家の外側は商店街になっていて、商店街より外側のエリアが住宅街だ。

 中央に人が集められているのか、それぞれの家の中で震えているのか……それとも……。


「詳細はワギャンの帰りを待とう。フェリックス、地下とかは無いのだよな?」

「ございませんわ」


 ふむ。下水は無しと。

 ちょうどいいところで、空からハトに乗ったワギャンが降りてきた。


「戻ったっす! パネエッス!」

「みんな、戻った。見てきたことを話そう」


 ハトはちゃんと黙ったまま飛行し、ワギャンは高い位置から俺より遥かに優れた視力で街の様子を見てきてくれたのだ。


「街は火災の爪跡が散見される。だが、柵は修復されていた」


 ワギャンの第一報に目を見開く。彼の言葉が分かるマルーブルクも驚きを隠せないようだ。

 彼は聡明な瞳をすうっと細め、顎に華奢な指先を当てる。

 それって、ゴブリンが自らやったってのか?

 いや違う。

 

「ゴブリンが街の人にやらせたってことかな」

「たぶんね。ワギャン、ゴブリンの姿は見えたのかな?」

「ちょっと待って、マルーブルク。みんなにも分かるように復唱しないと」


 おっと、マルーブルクとワギャンが普通に会話をしているから、ついつい忘れがちになるけど彼の言葉と公国の言葉は異なるんだ。

 見たところ、クラウスは半分くらい理解しているようだけど、獣人と接して日が浅いフェリックスはきょとんとした様子だった。

 

「まずはワギャンの報告を全部聞きながら復唱した方がよさそうだな」

「そうだね」


 マルーブルクと顔を見合わせ、ワギャンへ続きを促す。


「じゃあ、見た事を順番に報告する」


 ワギャンは淡々と感情を込めずにグラーフの街で起こっていることを語っていく。

 街の様子はマルーブルクやタイタニアから伝え聞いたゴブリンの性質とまるで異なるものだった。

 ゴブリンとは略奪し人間やエルフの女を攫う。彼らには何かを育てようとか作ろうという感情はほぼなく、獣じみた本能に従う種族だと認識している。

 しかし、グラーフの街を襲ったゴブリンは「街に留まっている」のだ。

 この前サマルカンドに来たホブゴブリンみたいな奴が群れを率いているとみて間違いないだろう。

 奴はサマルカンドの様子を伺ったり、女と食糧を差し出せば手を引くとこちらに脅しをかけてきたり……理性的に物事を判断する力を持っていた。

 奴に率いられたゴブリンもまた普通のゴブリンと異なり、隊列を組んだり、号令に従ったりと軍事行動をこなることができるようになっていたんだ。

 

「予想はしていたが、進化したゴブリンだったってわけか」


 クラウスは渋面を浮かべ無精ひげを親指でさする。


「物見にゴブリンがいて、ワギャンに弓を射かけてくるとか、魔族を相手にしているようだね」


 そうなんだ。マルーブルクの言う通り、ゴブリンは弓まで使いやがったんだよ。

 でもさ。

 

「街を占領するようなゴブリンでよかったじゃないか」


 俺は無理やり笑顔を浮かべ、精一杯陽気な声で言い放つ。

 完全に空元気だけどな。

 

「どういうことだ?」

「考えてみろ。街の人を使役するってことは虐殺されていないってことじゃないか。命あってこそ救えるってもんだって」

「なるほどな。ふじちまらしい」


 ワギャンも俺につられるように大きな口を開け愉快そうに目をぱちくりさせた。

 耳と尻尾もパタパタさせる芸の細かさだ。

 

「全く……ここまで知性が高いとなると力による脅しは有効だろうね。だけど」

「人質を取られる可能性もあるぜ」


 マルーブルクにクラウスが続く。

 確かに、力の差を見せつけたら逆に窮鼠って可能性があるってことかあ。

 先に街の人たちを救い出せれば言う事ないけど、困難を極める。

 いや、待てよ。

 

「ホブゴブリン……見た目からして普通のゴブリンと違う奴らを全滅させれば逃げ出すはずだ」

「この前みたいに進化した奴を叩くってわけか。しかし、兄ちゃん、今回は前とは違うぜ。奴らは街の中、こっちが外だ」

「んだよなあ。ボスは警戒してそうそう前に出てこないだろうし……」


 うーん。

 悩んでいると、じっと俺たちの言葉を聞いていたフェリックスが遠慮がちに口を開く。

 

「あ、あの。ホブゴブリン? はどこまで賢いのでしょうか?」

「群れを率いて、街の人へ労役をさせるほどには……待てよ……」


 相手が前回出会ったホブゴブリンと同程度の知能だとすれば……容易にハメることができるんじゃないか。

 あいつは進化したとはいえ、物の裏を読むことはできなかった。

 

「策にハメて一網打尽にできないかな」

「それなら一つ手はあるけど、ボクの手だと公国から目をつけられるよ」


 俺の呟きにマルーブルクが反応してくれる。


「どんなのだろう?」

「キミの慈愛を考慮した超安全策さ」

 

 慈愛ってまた……大げさだな。

 確かに仲間が傷つくのは嫌だ。安全策がとれるのなら、それにこしたことはない。

 

 ◆◆◆

 

 マルーブルクの案を採用し、具体的な作戦はクラウスと俺で練り上げた。

 うまくいくといんだけど……ええい、不安になっている場合じゃない。まずは準備を済ませないと。

 

 一応、領主であるフェリックスの了承は得たし、この後のことは考えない。

 後から面倒なことになりそうだけど、そこはマルーブルクの悪辣さに丸投げする予定なのだ。ははは。

 

 タブレットを出現させ、クラッシックハウスへメニューを動かす。

 

『名称:堅牢な石作りの砦(五階建て)

 サイズ:縦十五、横十五

 価格:二十一万二千ゴルダ

 付属品:宝箱(大)、電気、トイレ、キッチン、浴室、モニター、ベッドなど家具付き』

 

 これだけの高さがあれば、街を見渡せるし部屋数もバッチリだ。


「クラウス、その辺も家の範囲だから少し右に」

「あいよ」


 じゃあ、建てまーす。

 どーん。

 「決定」をタップする。

 

 すると、音も立てずに灰色の岩を組み上げた本格的な砦が出現したのだった。

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