第108話 出陣である

 準備に一日かけ、いよいよ出陣となる。

 準備といっても俺たちが出かけるための食料や野営用品ではなく、サマルカンドの政務関連の引き継ぎのための一日だ。


 俺たちが行くことが伝わっているようで、公国側の東門前には人だかりがすごい。

 住人のみなさんも気を使ってなのか、先頭付近には逃げてきたフェリックスの領民達が並ぶ。

 これから旅立つ俺たちを見守る住民に対し、ただ手を振るだけでは……と思っていたらマルーブルクが前に出てくれた。

 うん、出立の時はやっぱ何か声をかけないとな。


「では、これより『聖者の行進』を開始する。サマルカンドの者達よ、留守を頼む。フレデリック、危急の際にはリュティエに相談を持ちかけるように」


 マルーブルクは群集に向かい演説する。

 ここでリュティエの名を入れてくるのは流石だとおもう。し、しかしだな、何その作戦名?


「導師様万歳! マルーブルク様万歳!」

「聖戦を! 魔の者達に鉄槌を!」

「聖戦を!」


 思い思いの言葉を口にする住民のみなさん。

 しかし、マルーブルクが右手を上げた途端にシーンと静まり返る。


「否! 此度は聖戦ではない。断じて否!」


 群集が息を飲み、マルーブルクの言葉に対し固唾を飲んで見守っていた。

 やっぱ、こういうところは為政者って感じだよな。俺にはできんわ。

 任せて良かったと思う反面、俺の嫌な予感は消えない。


「覚えているか? サマルカンドの者達よ。導師であり聖者でもあらせられるかのお方の庇護を受けた者達よ」

「しかと、しかと記憶してございます」


 マルーブルクに対し、フレデリックが声を張り上げる。


「そうだ! 諸君! あのお方は戦いなぞ望まない。ただただ救いを。ゴブリン共を滅する力はもちろんお有りだ。しかし!」


 おいおい……。

 なんかもう既に感涙している人までいるんだけど……。


「義憤にかられたわけではない。慈愛を。傷つく者達に癒しを。救いを! ならば、此度は聖戦ではあらぬ」


 マルーブルクはここで一旦言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。


「行進なのだ! 戦うのではなく、傷つけるのではなく、ただ救う。これだけだ!」


 わああああっと大歓声が巻き起こる。

 落ち着くのを待ってから、マルーブルクはこちらに顔を向けた。

 ん? 何だろう?


「聖者よ、慈悲深さ聖者よ。どうか我らにお言葉を」


 え、ええええ。

 ここで俺にフルの?

 マルーブルクはいつになく真剣な顔で俺の前に片膝をつくし、群集は両膝に両手を地面につけた状態で顔だけをあげてるし……。


 冷や汗を流しながらチラっと右を向く、フェリックスがぐすぐすしながら片膝をついていた。

 左を向く、クラウスと彼の部下が膝をついて顔を伏せていたけど、クラウスの肩が揺れている。

 こ、こいつうう。絶対笑うのをこらえているな。

 でも、彼のおかげで気が楽になった。助かったぜ。クラウス。


「行ってくる。みんな、留守は頼んだ」


 一言だけ述べて口を閉じる。

 我ながら酷い演説となってしまった……。

 余りに短かったから、次の言葉を待っているのかな?

 その証拠に誰も何も言葉を発しようとしない。


 うわあ、更に何か喋った方がいいのかなあ……と内心焦っていたらクラウスがパチパチと手を叩き始めたではないか!


「ふじちま様!」

「俺たちゃ行くが、みんな留守を頼んだぜー!」

「パネエッス!」


 これにクラウスの部下達が続く。

 彼らを鏑矢として、パチパチパチと拍手が始まり割れんばかりの歓声へと変わっていった。


「留守はお任せください!」

「導師様万歳!」

「サマルカンドに栄光あれ!」


 ふう……何とかなったけど……慣れないことをするもんじゃないよ……。

 背中にかいた嫌な汗でアンダーウェアが肌に張り付いて若干気持ち悪い。

 でも、大丈夫!

 速乾だからね。


「クスクス。なかなかの演説だったよ」

「勘弁して欲しいよ……全く……」


 マルーブルクは天使の微笑みを浮かべているけど、彼の言いたいことは分かってるつもりだ。

 今後の為にも演説に慣れておけってことだろ? でも、人には得手不得手ってもんがあるんだよ。

 拡声器による町内放送なら何とも思わないんだけど、顔の見える場所からはまるで様相が異なる。


 プイッとマルーブルクから目を逸らし、タブレットに風景を映しこむ。


「じゃあ、行くぞ!」


 頰に熱を感じながらもそれを誤魔化すように声を張り上げた。

 進むといっても土地を買いつつなので、徒歩くらいの速度なんだけどね……最後まで締まらない俺なのである。


「これはこれでキミらしいよ」


 隣を歩くマルーブルクが珍しく邪気の無い笑顔で俺を見上げるのだった。


 ◆◆◆


 夕方まで土地を買い続け真っ直ぐに進むと草原の切れ目まで辿り着いた。

 早馬なら目的地(フェリックスの領土)まで夜を徹して丸一日疾駆すれば到着すると聞く。

 一方で俺たちはゆっくり歩いて行ってるから、あと二日くらいはかかるかもしれない。


「今日は森に入ったところで野営にしよう」


 目前に見えて来た森林を指さし後ろを振り向く。


「あいよ。お前ら、準備に取り掛かるぞ」


 クラウスは部下に声をかけ、自らも手斧を握りしめる。


「いや、何も必要ないよ。モンスターや肉食動物に警戒しておいてくれるかな?」

「毎夜やんのか兄ちゃん。豪気だな! さすがだぜ!」


 バンバンと俺の背中を叩くクラウスの後ろに何か勘違いして耳まで真っ赤にしたフェリックスの姿が目に入る。

 「毎晩……」とか呟いてるけど……勘違いしていることは間違いない。


 さてと、まずは実験からだな。

 タブレットに木々を映しこみ、土地を購入し決定。

 すると音も立てずに林立した木々が消失し、代わりに見慣れた土台が出現した。

 

 ふむ。予想通りだ。

 「障害物」は土地を購入する際に全て更地へと変わる。


「よ、良辰様……」

「どうした?」


 あ、フェリックスは初めてみるんだったか。

 彼は余りにもビックリしたようで、腰が抜けてその場でペタンと座り込んでいる。


「ごめん、驚かせて」

「いえ、導師様の魔法とはここまでなんですね」


 フェリックスの手を握り立たせてやったが、まだ膝が笑っているようでヨロヨロと俺にもたれかかってしまう。

 

「す、すいません。良辰様……」

「大丈夫か? 座っていた方がいい」


 ポッと頬を染めるフェリックスを座らせ、再び前を向く。

 

 ゴルダはある。

 一丁派手に行こうじゃねえか。

 快適な夜のために。

 

 どんどん土地を購入していき、大きな正方形の我が土地を形成する。

 

「ここに家を作る。みんなの分の部屋も作るから、少しだけ待っててくれ」


 そう告げながら、「家はどんなのにしようかなあ」とタブレットを覗き込む。

 カスタマイズは時間がかかるから、クラッシックハウスにするか。

 

 どれにしようかなあ。


『名称:堅牢な石作りの砦(五階建て)

 サイズ:縦十五、横十五

 価格:二十一万二千ゴルダ

 付属品:宝箱(大)、電気、トイレ、キッチン、浴室、モニター、ベッドなど家具付き』

 

『名称:段ボールハウス(平屋)

 サイズ:縦十、横五

 価格:一万ゴルダ

 付属品:宝箱(小)、トイレ、蛍光灯付き』

 

『名称:港にあるような倉庫(平屋)

 サイズ:縦十、横五

 価格:一万二千ゴルダ

 付属品:宝箱(小)、トイレ、蛍光灯付き』

 

『名称:ログキャビン(二階建て)

 サイズ:縦十二、横十

 価格:八万二千ゴルダ

 付属品:宝箱(中)、電気、トイレ、キッチン、浴室、モニター、ベッドなど家具付き』

 

『名称:ザ・タワー(十階建て)

 サイズ:縦二十、横二十

 価格:四十五万ゴルダ

 付属品:宝箱(大)、電気、トイレ、キッチン、浴室、モニター、ベッド、バリスタ、砲台、指令室』

 

『名称:円盤

 サイズ:縦十、横八

 価格:七万ゴルダ

 付属品:宝箱(小)、電気、トイレ、キッチン、浴室、モニター、ベッド』

 

 あんまり現代的な設備がない方がいいよな。

 ここにいる人たちは普段俺の家に招いていない人も含まれているから。

 

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