第104話 フェリックス

「クラウス、フレデリックさん、この後をお任せしていいですか?」

「あいよ」

「かしこまりました」


 クラウスが人差し指と中指を立て横に振り、フレデリックは執事のような礼を行う。


「あ、あの。治療して頂きありがとうございました!」


 少女はワギャンに向かってペコリと頭を下げる。

 リュティエではなくワギャンにだ。

 

「ふじちまの頼みだからな。みんな助かってよかった」

「はい!」


 ぱああっと両手を胸の前に組んだ少女は全身で喜びを露わにする。

 でも、彼女はリュティエと決して目を合わそうとはしない。

 

「そうですな。さすがふじちま殿ですぞ」

「っつ!」


 少女の顔が曇る。なるほど、毛嫌いしているとかじゃあなくて単純に怖かっただけか。

 ワギャンは公国の言葉で喋っていたけど、リュティエは自国語だ。

 なので、彼女からしたら虎が唸っているようにしか聞こえない。

 

「リュティエは『ふじちまの活躍あってこそ』と言っている」

「そ、そうでしたの。て、てっきり……吠えられたのかと思いましたわ……ごめんなさい!」


 丁度いい、ワギャンとリュティエに悪いが……。

 マルーブルクに目配せすると察しのいい彼は「心得た」とばかりにコクリと頷く。

 

「タイタニア、クラウス達の手伝いを任せていいか?」

「うん!」


 そんなわけで、俺とマルーブルクは集会場を後にして俺の自宅へと向かう。

 

 ◆◆◆

 

「何か飲み物を出すよ。そこに座っててもらえるか?」

「悪いね。ありがとう」


 マルーブルクはソファーにちょこんと腰かける。

 ほんと喋らずにこうやって佇んでいたら、天使のようだ。あの見た目に騙された人はきっと多いはず。

 ともあれ……俺はコーヒーにして、彼には……そうだな桃のジュースでいいか。

 俺は知っている。実は彼、甘い物が大好きってことを。ふふ、ふふふ。

 甘い物を食べた時、彼はほんの僅かに口元をあげるんだよ。

 

「ヨッシー、何を考えているのか分からないけど、顔に出てるよ」

「え?」

「分かりやすいところはキミの美徳かもしれないけど、腹芸には向いていないね」

「ま、まあ、そうだな」


 苦笑いしつつ、彼にジュースの入ったグラスを手渡す。


「それで、何が聞きたいんだい?」


 さすがマルーブルク。話が早い。

 

「確認だけど、最初に言っていた『とある人物』『領主』『さっきの少女』は全部同じ人物を指すってことでいいんだよな」

「うん」

「あの子、君のことを弟って言ってたけど……義姉なのか?」

「キミ、そうであって欲しいと思って聞いているよね?」

「あちゃー、やっぱりかあ」


 うん。そうだろうと思ったよ。

 まず、マルーブルクに実の姉はいない。彼の上には四人の兄がいるのみだ。

 それで、彼女は彼のことを弟と呼ぶと来た。もしかしたら兄のうち誰かが結婚していて……と思いたかった。

 だよなあ。もし妻となれば「領主」にはならんわな。

 いや、この世界が男が領主になると決まったわけではない。でも、公国の主たる公爵の息子を差し置いて妻が領主になるなんて有り得ないだろ?

 

 ということはだ。

 あの子は……マルーブルクの実の兄で間違いない。

 あんなに可愛らしいのに……声まで鈴が鳴るような……。

 ブルブルと首を振り、頭を抱える。

 

「キミはあのバカ兄みたいな子が好みだったんだ?」

「あ、いや、そんなわけじゃあ……」

「まあ別にキミがハーレムを築こうが尊敬されこそすれ、忌避されることはないさ」

「待て待て! まるで俺が何人もの女の子を囲ってるみたいな言い方だな」


 話が不穏な方向に向かってきているぞ。

 こいつはいかん。話題を変えねば。

 コホンとワザとらしい咳をしてから、澄ました顔でコーヒーを飲む。

 

「フェリックスが持つ領土はそれほど広くない。彼は四男だし、まだ十五歳だからね。お試しの領地ってわけさ」

「将来領主として期待されているってことか」

「そうだといいけど……」


 あれ、思っていた反応と違う。

 クラウスの情報から、彼と他の兄たちの仲は良くないと聞いた。あんなあどけない感じの少女も、裏ではアコギなことでもやってんだろうか。

 口を開こうとした俺の機先を制し、マルーブルクが言葉を続ける。

 

「彼は致命的に領主には向いていないんだよ。中央で政治中枢を担うよりはまだマシだけど……」

「そ、そうなのか……」

「人柄自体は女装趣味に目を瞑れば僕より余程善人だよ。だけど彼は曲りなりにも第四公子なんだ。人が良いだけじゃあ……ね」

「今はまだいいってことか。将来大きな領土を持つなり、文官の長になったりしたら困るってことかな」

「そうだね。彼は全てにおいて純真過ぎるんだよ。疑う事を知らないと言うか……」

「んー、イマイチ想像ができないな」

「そうだね。例えば……これから槍が振ると言ったら彼、大慌てするよ」

「え、ええええ!」

「まさかと思うだろう? でも事実なんだよ」


 ふうとマルーブルクが息を吐く。

 そんなんじゃあ、人を使う仕事をやることは難しくねえか……すぐ騙されて終了するってば。

 

「小さな街と幾つかの村を任されていたけど、そこではそれなりにうまくやっていたみたいだけどね」

「部下に余程恵まれないと難しいよな……」

「そうだね」

「マルーブルク、彼女……じゃない……彼、えっと、フェリックスの領地はどうなったんだ?」

「まだ詳しいことは聞いていないよ。キミが聞く時に一緒にと思ってね」

「分かった。今日は彼と君を招いて晩御飯でも食べようか」

「うん。じゃあ、フェリックスを呼んでおくよ。二時間後くらいでいいかい?」

「おう」


 フェリックスの話を聞いてから、他のみんなに相談するか。

 ゴブリン達のこと、彼の領地のこと……聞きたいことはたくさんある。

 そして……その結果、俺がどうするのかも。

 

 ◆◆◆


 しまった。

 料理のことを全く考えていなかったぜ。

 残念ながら、異世界に来てから料理の腕は一切向上していない。

 適当に具材を注文して、ぱぱぱっと作ることができるものを食べているからな。

 

 ワギャンとタイタニアは何でも食べてくれるし。

 腕を組んで悩んでいたら、入口の扉を開く音がする。

 やって来たのはワギャンだった。

 

「ありがとう、ワギャン。任せてしまって」

「いや、怪我人は全て治療できていたし、やることなんて何もなかったから気にするな」

「おう」

「どうしたんだ? 腕を組んで唸っていたが」

「どんな料理にしようかと思ってさ」

「誰か呼ぶのか?」

「うん、マルーブルクとフェリックスと話をしようと思ってさ」

「ふむ」

 

 ワギャンも俺と同じように腕を組み、しばらく無言の時が流れる。

 結果、シチューでいいんじゃないかといつもと変わらないメニューとなった。

 

 料理をしていると匂いを嗅ぎつけたのかタイタニアもやって来て、マルーブルクらが来る前にシチューができあがる。

 二人は俺へ気を使ってか、先に食べて二階にいると言ってきてくれた。

 

 別にマルーブルク達との会話を聞かれても構わないんだけど、こういう気遣いは嬉しいよな!

 

 ――ピンポーン

「ほおい。今行く!」


 ベルの音が鳴り、俺はマルーブルクとフェリックスを出迎えに行く。

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