第105話 我が道を行く
シチューを配膳し、バケットの入った籠をテーブルに乗せたまではいい。
しっかし、この空気……何とかならんか……。
マルーブルクは同席を頼んだ俺を慮ってか黙ったままだし、フェリックスはぐすぐすと涙目でしゃくりあげている。
どうすりゃいいんだこれ。
「ま、まずは食べよう。いただきまーす」
「はい……」
フェリックスはシチューをスプーンですくい、少しだけ口に含む。
「おいしい……です……」
ぽろぽろと大きなまんまるの目から涙がこぼれ落ちた。
フェリックスへバケットを手渡し、食べるように促す。
彼は少しだけバケットを指先でちぎって、シチューにちょこんとつけ口に入れた。
彼はもぐもぐと口を動かし幸せそうな笑みを浮かべているけど、涙は止まらないようだ。
「フェリックス。気にせず食べなよ。キミの領民にもちゃんと食事を与えているから」
「は、はい……とても、とても、おいしいですわ。導師様」
見かねたマルーブルクがようやく口を挟んでくれた。
しばらくフェリックスが食べる様子を見守り、俺も食べ始める。
うん、すっかり食べなれた味だな。
簡素だけど、癖がなく誰でも食べやすいと思う。無難の極みと言われればそれまでだけど、悪くはないだろ。ははは。
「フェリックス。君の領地で何があったのか順を追って教えてくれないか?」
「はい。コブリンが、ゴブリンがやって来て、街が燃え上がり……う、ううう……街が、街が……」
「お、落ち着け」
あちゃー。
別の人を呼んだ方がよかったかな。
「……姉様。落ち着いて」
「はい!」
お、建て直した。さすがマルーブルクだ。彼の扱いをよく分かっている。
でも、マルーブルクよ。少しは嫌そうな顔を隠した方がいいと思うぞ。俺の為に言ってくれているのは嬉しいけど……。
「分かっている範囲でいい。キミの村と街は壊滅しているのかい?」
「分かりません……。わたくしは……ジェレミーがわたくしを……」
ぬがああ。
話が進まねえ。悲しいのは分かるんだけど、これじゃあ。
「フェリックス……いや、フェス」
「フェス……今フェスと。その響きはとても……素敵です」
どうだ。この略称なら女の子っぽいだろ。
その証拠にフェリックスの涙が止まったぜ。
事あるごとにフェリックスを励ましながら話を聞いたところ、全貌は見えてこないものの何があったのかは把握できた。
フェリックスの住む街は三千人と街と呼ぶには少し小さいくらいの規模だそうだ。
兵士の数もそれほど多くはなく、二百人にも満たない。それでも、魔族との戦いに巻き込まれておらずゴブリンも襲撃を諦める程度には防衛力があった。
そこへ見た事のない巨体を誇るゴブリンをリーダーとしたゴブリンの集団が攻め入り、街の兵士が応戦する。
しかし、ゴブリンらは統制の取れた動きをとり、数で勝ることから兵士を圧倒していく。なんと魔法を使うゴブリンまでいたそうだ。
劣勢に立たされた兵士達は、領主と領民を一人でも逃がすべく奮戦し……その後のことはフェリックスは知らないという。
ただ、燃え盛る街だけが見えたと。
彼の管理する四つの村は今どうなっているのかは分からない。街から逃げてきただけだから、そら情報も入らないわな。
「お腹一杯になったかな?」
「はい!」
フェリックスがいい笑顔で頷いてくれた。
今日はマルーブルクがいるから、デザートも用意している。
冷蔵庫からプッチンプリンをぷるるんと皿に乗せ、生クリームをぶちゅーと上からかけていく。
あとは黒蜜を少し、チョコレートの欠片をパラパラと。
簡単だけど、これで完成だ。
「甘いお菓子だけど、お口に合えばどうぞ」
マルーブルクの目の輝きを俺は見逃さない。
以前一度プリンを振舞ったことがあったんだよね。その時の彼と言ったら、ニヤニヤが止まらないぜ。
「じゃあ、頂くよ」
マルーブルクに続き、フェリックスもスプーンでプリンをすくいもぐもぐと。
うん、マルーブルクのこの顔が見たかったんだよな。普段の彼が見せない子供っぽい微笑みがさ。
一方、フェリックスも頬を桃色に染めて口を動かしている。
二人の仕草自体は全然違うんだけど、兄弟っていいなと思う。
「おいしいですわ! 導師様!」
「おう。できれば、名前で呼んでくれた方が……」
「はい! 良辰様!」
そう来るか。導師よりはまだいいかな、うん。
しっかし、曲がりなりにも公子のフェリックスが俺のことを「様」付けで呼ぶのってどうなんだろう。
マルーブルクから何も指摘がないから、問題ないと考えておくか。
「マルーブルク、フェス。俺がどうしたいのかを聞いて欲しい。その後、意見をもらいたい」
二人が食べ終わった頃を見計らって、今回の騒動について俺の考えを彼らに伝えることにした。
「うん」
「はい! 良辰様!」
答えるタイミングが重なる。
クスリと笑いそうになるけど、天使の微笑みを思い出しグッと堪えることにした。
後から怖いからな。
「着の身着のままここまでやって来た人たちを救いたい。故郷を追われたのなら、ここに住んでもらってと考えている」
「キミらしい。全ての者へ博愛を。キミにはその力がある」
「いやいや、マルーブルク。二百人くらい増えるけど、住居食事その他、頼めるかな?」
「最初に言ったじゃないか。キミの意見に否とは言わないってね。キミは決めるだけでいい。できないことはできないと言うから」
「ありがとう。頼む」
「うん。頼まれたよ」
椅子から立ち上がり、マルーブルクへ手を伸ばすと彼はしかと俺の手を握りしめてくれる。
その上からフェリックスが手のひらを被せた。
彼の目は潤み、唇を小刻みに揺らしている。
「ありがとうございます。慈悲深き良辰様」
「困っている人がいる。俺たちに救う力がある。だからだよ。余裕が無かったら……いや、わざわざ言うこともないか」
「良辰様……」
恋する少女の顔でうるうるした目をして見上げて来られたら困るって……。
「さて、マルーブルク。続きを進めるぞ」
「あからさまに話題を逸らしたね。まあいいよ。ボクも姉様に何か言う気にはなれないからね」
うんうんと頷き合い、コーヒーをごくごく飲む。
落ち着いたところで、続きと行こうか。
「フェリックスの領土に残っている人たちを救いに行きたいんだ」
「ふうん」
「き、君の頼みを受けたからじゃあない、ん、だ、よ?」
「へえ」
「……その顔! とにかく、このまま放置していたらみんな死んでしまうかもしれないんだろ?」
「『かも』ではないね。遅かれ早かれ。適齢期の女子は少しばかりは長く」
ワザとぼかしていたのに、ハッキリと言ってくれるじゃねえか。
ゴブリンに制圧された街の行く末は、俺でも簡単に予想できる。彼らは生産活動なんてしないと聞く、産まれながらの略奪種族なのだ。
いや、ひょっとしたら……この前会ったゴブリンのリーダーぽい奴は人間たちに奴隷労役をさせようとしていたよな。
でも、いずれにしろ、いつ死ぬかが違うだけの問題だ。
「それで、どうするつもりなんだい?」
マルーブルクが興味深そうに両肘を机の上に置き、顎を手の甲に乗せる。
「我が道をフェリックスの領土にある街まで伸ばす」
「それは……とても楽しそうだね」
「だろ?」
「ふふふ」とお互いに含み笑いをする。
フェリックスの領土がある位置も既に聞いているからな。資金は念のために確認するつもりだけど、全く問題はないはずだ。
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