第103話 少女

「任せろ。マルーブルク。俺のできる範囲になるけど、やれるだけやってみるさ」

「ありがとう……」

「ふふふ」

「何だい?」


 俺はマルーブルクの目元に溜まった雫を指先ですくいあげた。

 ニヤリと彼へ目を向けると、彼は俺から顔をそらす。

 いつもやられてるから、たまには立場逆転しておかないとな。ははは。

 

 悦に浸っていたら、後ろからギュッと誰かに抱きしめられた。

 この柔らかさといい香りはタイタニアだな。

 

「フジィ」


 彼女の顔は俺からは見えないけど、声で分かるよ。

 きっと彼女は今泣いているんだと。

 

「ふうん」


 やべえ。マルーブルクのあの顔。

 彼は天使の微笑みを浮かべ、俺の肩を背伸びしてポンと叩く。

 

「一つ教えてくれないかい?」

「な、何だよ」

「キミは人間が相手でもいいものなのかな?」

「前にも言ったけど、俺は人間だって……」

「まあ、そういうことにしておくよ。じゃあ、タイタニアと恋に落ちてもいいわけだ」

「……言い方に引っかかるものがあるな。そこだけ人間じゃなくタイタニアって言わなくてもいいだろうに」

「クスクス。本当にキミは面白い」


 いつもの調子が戻って来たようで何よりだよ。

 お、ガタガタと外が騒がしくなってきたな。クラウス達が戻って来たんだろ。

 

「若、お連れしました」


 フレデリックが開いた扉の前で片膝をつく。

 

「ありがとう。二人とも」

 

 マルーブルクは片手をあげ、彼らを労う。


「怪我人はどれくらいいるのかな?」

 

 外の柱に背を預けていたクラウスに向け問いかける。


「五十人はいるなあ。どうする?」

「片っ端から治療していきたい。重傷者から並べてくれないか?」

「分かった」


 外に出て、兵士に連れられた怪我人の様子を横目でチラリと見やりつつ自宅へ向かう。

 治療キットを注文して持ってこないといけないからな……近いからと思って集会場には宝箱を設置していなかったんだ。

 

 自宅に戻って気が付いたんだけど、無いなら無いで宝箱もカスタマイズメニューから注文すりゃよかったんだった……。

 ま、まあいい。

 気を取り直して、治療キットを二十セット注文して……って全部持てねえええ!

 仕方ない。往復するか……。

 

「手伝う」

「ワギャン!」

 

 何か手伝えることがあるかもとワギャンが俺の後を追いかけてくれていたみたいだ。

 彼もいるなら、これも注文しておくか。

 あって困るものではないし、荷物も運ぶことができる。

 

 注文っと。


『エラー。宝箱が小さ過ぎます』

 

 あ……。

 

「どうした?」

「いや、急いで運ぼう」

「分かった。ふじちまは持てるだけもってそのまま治療に当たってくれ。残りは僕らが運ぶ」

「ありがとう!」


 担架を注文しようとしたんだけど、長さが入らなかったか。

 宝箱に入るものしか注文できないことをすっかり忘れていたよ。

 仕様のこととかついつい頭から抜け落ちてしまうものだ……。

 

 ◆◆◆

 

 外にまで怪我人が溢れていたけど、そのまま集会場の中に入る。

 入るなり、金髪を真っ直ぐに伸ばした青い目をした少女がスカートの端を両手でつまんでお辞儀をしてきた。

 誰だろう……愛らしい丸い瞳に小さなぷるんとした唇。ドールのように整った顔立ち……どこかで見たことのあるような……。

 黒のゴスロリぽい衣装ってのがあれだけど、黒っぽいメイクをしているわけでもないんでメイド服にも見えなくはない。

 見た感じ十代半ばくらいかなあ。

 

「え、えっと」

「領主だよ」

「この子が?」


 マルーブルクと少女を交互に見やる。

 いや、おかしくはないか。彼はこの少女より更に年齢が低いんだもの。

 人を見た目で判断してはいけない。

 

「はじめまして導師様。弟より話は聞いております」

「は、はい」

「どうか、どうか領民を……」


 潤んだ瞳で見上げてくる少女にはてなマークが浮かぶ。

 いや、女の子のこういう顔ってそそるよなって話じゃあなく、マルーブルクのことを弟って言ってなかった?

 彼と同じく金髪碧眼でどことなく容姿が似ている気がするけど……さっきどこかで見たようなと思ったのは少女がマルーブルクに似ていたからだったか。

 でも、彼に姉なんていたっけ……。

 

「ヨッシー。話はあとにしよう」

「うん、先に治療からしないとな!」


 並べて寝かされた人たちへ目を移す。

 五人いたけど、どの人も重症だ……。治療キットで何とかなればいいんだけど。

 右端に寝かされた人の前に膝立ちになって治療キットへ手を伸ばす。

 

 この人は右足が有り得ない向きに曲がっている上に、肩口から大きな切り傷があった。

 未だ血が止まっていないようで一刻を争う。

 取り出したるは、懐かしの小瓶。そう、ドロッとした緑色の液体が入っている治療薬だ。

 しかし、俺も成長した。これだけの怪我人を見てもさほど動揺していない。随分と死体を見たからな……。

 

 瓶の蓋を開け、そのまま傷口に流し込む。傷口からしゅわしゅわと煙があがる中、続いて足にも緑の液体をどばーっとかけた。

 ワギャンの時はオキシドールをかけてから治療を始めたけど、この治療薬だったらオキシドールは必要ないと思う。

 

 よっし、傷口が完全に塞がったぞ。

 そうなんだ。ここまで完璧に戻通りにしてしまう治療薬だから、消毒の必要がないってわけ。

 

「おお、すげえなおい!」


 クラウスの口が開きっぱなしだ。いつものニヒルさが台無しだぞ。

 少女は両手を組んで祈りを捧げる始末だし……。確かに俺もこの治療薬の凄まじさには驚きを隠せないけど。

 

「ふじちま」

「フジィ!」

「ふじちま殿!」


 おお、治療キットを取りに行っていた三人が戻って来たようだ。

 

「どんどん治療していく。クラウス、手伝ってくれ」

「おうよ」


 テキパキと動くクラウスに助けられ、次から次へと怪我人に治療薬をぶっかけていく。

 タイタニアやワギャンらだけでなく、マルーブルクまで怪我人を運ぶのに協力してくれた。

 でも、やっぱりというかなんというか彼は体が小さいだけに力が足りず四苦八苦している様子だ。

 すぐにフレデリックがマルーブルクの代わりに力仕事へ入り、マルーブルクは全体指揮を執るようになる。

 

 みんながみんなやれることをやってくれたから、怪我人の治療は迅速に完了することができた!

 

「ふう……。ん?」


 安堵の息を吐いていたら、えらいことに気が付いた。

 少女を先頭に治療した人たちが全員両膝をつき、伏せているじゃねえか。


「導師様! 此度はご助力感謝いたします!」


 少女が小さな口を開き精一杯に声をはりあげる。

 

「あ、いや、やれることをやっただけだから……」

「噂以上の大魔法にわたくし、胸の震えが止まりませんわ! 本当に本当に感謝いたします!」


 感涙にむせびながらも、彼女は花の咲くような笑顔を見せた。

 とめどなく流れる涙もそのままに彼女はその場で静かに立ち上がり、両手の指先でスカートを摘まむと優雅にお辞儀をする。

 彼女の動きにあわせて、後ろにいる人達も平伏するのだった。


 やり辛いったらありゃしねえ……。

 

「キミの奇跡を始めた見たんだ。こうなるのも仕方ないことだよ」

「そうなのか……」

「うん、その通りさ」


 マルーブルクがコロコロと朗らに笑う。

 彼のおかげで少しだけ気持ちが楽になったよ。


※おや、美少女が。久々の女の子ですが。はて?

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