第102話 俺だって頼りないけど……
「……。まあいいよ。この件は後で」
「……怖いから……」
マルーブルクさん、その冷たい目線……背筋がゾクソクしてたまらないんだが。
戦慄していると彼はふうと分かりやすいため息をつき、机に両肘をつき両手を組む。
「ボクらはキミの意見に否を言うつもりはないとだけ先に言っておくよ」
「ん?」
何その前置き……とても怖いんだけど。
内心かなりビビりながら、俺は彼の次の言葉を待つ。
「着の身着のままの人たちを物見が発見したんだ」
「そいつは大変だ。すぐに迎え入れよう!」
「そう言うと思って、すぐに保護したよ」
「おお、よかった……」
なんだあ。そう言うことか。受け入れるに決まってるじゃないか。
俺だって鬼じゃない。困っている人がいて、このまま野垂れ死にしてしまいそうなら手を差し伸べるさ。
この街に更なる人を養う余裕だってあるし、断る理由がない。
「問題はやって来た人数とある人物にある」
「大怪我していたのか? それなら俺が診る」
「キミが医術……いや回復魔法かな?心得があったことには驚きだよ。ホントなんでもできちゃうんだね」
「いやいやそんなあ……」
タイタニアとワギャンを治療した時に使った治療キットを使えば大抵の外傷は治療できるはずだ。
治療キットを使えば、一瞬で治療完了してしまうけど……副作用とか無いよな?
あの時は必死だったから、経過観察なんてしてないのだが……。
二人のその後を見るに大丈夫だと思う。
「ふじちまの治療術は凄まじいぞ。マルーブルク。僕の傷を一瞬で癒したんだ」
「ワギャン……」
ワギャンが立ち上がり、身振り手振りを使っていかに俺の治療術が素晴らしいかを語る。
あ、いや、目の前でそんなに褒められると照れるってば。俺じゃなくて、治療キットが素晴らしいだけなんだって。
なんてことを言うに言えず。だって、全部俺の魔法って彼らに伝えているからな。
「へえ。そうなんだ。治療、治療ねえ……確かにこのまま放置しておくと……って者はいる」
「それはダメだマルーブルク。すぐに治療したい」
「キミがそう言うなら、連れて来よう」
「うん、急いで連れて来てくれないか。一時的に集会場を誰でも入れるように変更しておくから」
「分かった。クラウス、フレデリック」
マルーブルクが二人に目配せすると、彼らはすぐに動き出した。
二人の様子を目で追っていたら、マルーブルクが俺へ声をかけてくる。
「やって来るまでの間、その人たちについて語ろうか」
「おう」
「彼らは街を追われた。村と言ってもいいけど」
「戦争……公国ってことは魔族か何かかな?」
「いや、ゴブリンだよ。拠点の街が彼らの手に落ちたってさ」
軽い調子でおどけるマルーブルクだが、そいつはただ事じゃあねえぞ。
「ゴブリンは小麦と女を献上すればとか言ってたけど、激しい戦いになったんだな」
「そらそうさ。ゴブリンと会話できるのってキミだけだろうし。普通はどちらかが死に絶えるまで戦うさ」
「……まあ、そうだろうな……」
「で、敗れた領主とその街の住民たちは着の身着のままで逃げてきたってわけさ」
「住人全員じゃあないよな」
「もちろんそうだよ。ここまで辿り着いた住民は二百人程度。その中に領主までいたんだよ」
そんなに人数がいたら俺だって気が付くと思うだろう?
でもそれがそうでもないんだよな。公国側の端までとなると、俺の自宅やプラネタリウムからは相当距離があるから。
双眼鏡を使って公園の物見からでもないと気が付かない。公国が危険を伝えるドラを鳴らしてくれたら話は別だけど。
コブリン来襲の時みたいにね。
「てことはこの後まだまだ人が来るってこと?」
「そうだね。恐らくは……」
困った事態だ。
どれだけの規模がある街かは分からないけど、領主が住まう街が落ちた。
魔族にではなくゴブリンに。
「マズイな……」
「聡明なキミのことだから、これから何が起こるのか想像がついたようだね」
マルーブルク……どうして君はそんな平然と事の事態を伝えることができるんだよ。
悔しくはないのか、蹂躙されたままでいいのか!
何とかしたいとは思わないのか!
コブリンに街が落とされるような事態に陥った公国。
ゴブリンはこれまで公国にとって害獣程度に過ぎなかった。
しかし、今は違う。
魔族との戦いで手一杯のところに、彼らを倒し得る存在がもう一つ出てきたんだ。
杞憂かもしれない。でも、最悪このまま公国は――
滅亡する。
それなのに何故!
ガタリと立ち上がり、マルーブルクの目をしかと見つめる。
でも彼の表情は動かない。じっと俺を見つめたまま何も言おうとしない。
そんな超然とした彼に俺の心は揺さぶられた。
拳を握りしめ、彼を掴みかからんと手が出そうになる。
しかし、俺はようやく気が付いたんだ。
彼の目の奥にある色に。
「分かっていたんだな。こうなることが」
マルーブルクは何も答えない。
だけど、彼は遅くとも二度目のゴブリン襲来時に公国にはもう先がないと気が付いていたんだと思う。
彼の切れすぎる頭脳なら、道を示すことだってできたんじゃないか?
いや、違うか……彼は不世出の天才。
だからこそ、彼は結論を出してしまったのか。
「ダメだよ。マルーブルク。それじゃあダメだ」
「何がだい? 公国の滅亡は既に決定つけられている。帝国が身動き取れなくなった時にね」
「ここに来る前から分かっていたのかよ! なら、何で……何で……」
「ボクにもいろいろあるんだよ……。死ぬ覚悟は既にできていた」
悲壮な覚悟を持って草原にやって来たんだというのか。
草原の経営が目論見通りに進んだとして、公国を滅亡から救うことができないと彼は見ていた。
それでも、公国の命脈を延命させるためここにやって来た?
「違うだろ、マルーブルク。今は違う!」
思わず俺は彼の胸倉を掴んでいた。
普段温厚な俺が彼に手をあげたことに、タイタニアだけじゃなくリュティエまでもが目を見開く。
「……」
「俺を頼ってくれよ。頼れよ! 君は俺の友人だ!」
「公国は国であり、ボクではないよ」
「君の故郷が危機に瀕しているんだろ!」
「……ヨッシー……」
「ごめん」
掴んだ手を離す。
頭がカーっとなって我を忘れてしまった……。
俺のこの考えは傲慢だ。ハウジングアプリという借り物の力があるからといって、何でもできる神のようになったつもりになっていた。
俺自身は地球にいた頃と何も変わっちゃあいない。そこのところは忘れてはいけないよな。
「キミでも怒ることがあるんだね……少し、嬉しかったよ」
「え?」
マルーブルクの言葉に耳まで熱くなってしまう。
感情のまま彼に言い寄った俺に対し……いや、この先は言うまい。
とにかく、少年である彼の方が俺より遥かに大人だってことは確かだよ。
――ガタリ。
マルーブルクは突然その場で、両膝をつき両手を床に置き頭を下げる。
「大賢者、藤島良辰様にお願い申し上げる」
突然畏まったマルーブルクに戸惑っている間にも彼の言葉は淀みなく続く。
「どうか、ゴブリンの魔の手から我らに救いを与えてください!」
「マルーブルク、顔をあげてくれよ! 俺と君は主従じゃない。友人だろ!」
俺は彼に臣下になって欲しくもないし、「頼れよ」とは言ったけど「請願しろ」と言ったつもりもないんだ。
ただ、彼が困っていたら俺の手が届くのなら助けたい。そう思っただけなんだから。
俺は彼の肩を掴み、立ち上がせる。
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