第95話 シェフ
「これです。フレデリックさん。みんなの分も持ってきたよ」
どーんと豆腐のパックを机に並べた。
さっそくタイタニアが手に取ってパックの上にある透明フィルムをツンツンと指先で
「タイタニア。それはこんな感じで透明の紙を剥がすんだよ」
「不思議な紙だね。透明なことに驚きだけど、伸縮性もあるのかな。思ったより丈夫だ」
マルーブルクが目を輝かせて透明フィルムを観察していた。
「その透明な紙は水を通さないんだよ。だから、その中に入っている白い食べ物……豆腐というんだけど、豆腐を入れるに良いんだ」
「本当にキミの出す物は面白いものばかりだね」
マルーブルクが俺の真似をして透明フィルムを剥がす。
続いて他のみんなも同じようにしてフィルムを剥がし、パックに入った豆腐を皿の上へ乗せた。
「フレデリックさん。二種類あるんですけど食感が違うんですよ。食べ比べてみてください」
「ありがとうございます。では、失礼して賞味させて頂きます」
「よろしければ、これを少しだけ垂らしても美味しいですよ」
醤油も持ってきたんだ。
さっきのカタツムリと違って火が通っていないからどうかなあ……お口に合うといいんだけど……。
フレデリックがスプーンで絹豆腐を掬い、口に運ぶ。
口に含み、ゆっくりと顎が動くと共に彼の真っ白になった眉がピクリと上がる。
彼はそのままゴクンと絹豆腐を飲み込んだ。
じっと彼の様子を見守る俺たち。
「なるほど。確かにハドラ―スラッグと似ておりますな。こちらの方がより滑らかに思えます」
にこやかな笑顔を見せるフレデリックにホッと胸を撫でおろす。
「もう一つの豆腐も試してみてください」
「ありがたく頂かせていただきます」
続いてフレデリックは木綿豆腐に口をつけた。
今度は絹豆腐の時と異なり、彼の眉があがるだけじゃなくカッと目を見開いているではないか。
「こ、これは……」
「無理せず食べなくても構いませんよ……」
「いえ、これは革新的な食味ですよ! 藤島様!」
滅多に感情を表に出さないフレデリックがまくし立てるように言葉を続ける。
「ハドラースラッグは滑らかな味わいが魅力でしたが、それ故、歯ごたえを出すことが難しいのです」
「確かに」
絹豆腐だと歯ごたえを出すには……ひき肉や小麦と混ぜてだったらいけるけど、単独だとなかなかしんどいよな。
「それが、藤島様の豆腐はどちらの種類もある。素晴らしいことです!」
肩を振るわせ興奮した様子のフレデリックへピコーンと頭に電球が浮かんだ。
「フレデリックさん、俺の魔術で作った調味料などなど自由に使っていただいて構いませんので、何か一品作ってもらえませんか?」
「非常に魅力的な提案ですが……」
口ごもるフレデリックへマルーブルクが口を挟む。
「いいよ。フレデリック。是非挑戦してみなよ。ヨッシーを唸らせることができたなら、キミの料理は後世にまで語り継がれるかもしれないし」
「ですが、若……」
悩むフレデリックへ俺からも何か提案できないかと思案する。
確か俺の食材は外へ見せないようにしているんだよな。食材をここから外へ運び出すことを気にしているのかな?
だったら……。
「集会場のキッチンを使うのはどうかな? それならここにいる人達とジルバ、マッスルブ以外には見られないし」
「そうだね。ヨッシーがいいのなら、集会場を使わせてもらおうじゃないか。フレデリック、どうだい?」
「秘密漏洩の憂いもなく若が『了』とするのでしたら、お受けいたします」
「仕事の心配はしなくていいよ。幸か不幸かスコールの季節だから、動こうにも動けないし」
「マルーブルク様、お気遣いありがとうございます」
フレデリックが立ち上がり深々とマルーブルクへ優雅な礼を行う。続いて彼は俺にまで同じように頭を下げた。
これほど丁寧なお辞儀をされると照れてしまうよ……。
「ふじちま殿、マルーブルク殿。我々もご相伴にあがっても良いですかな?」
「もちろんさ」
「もちろんだよ」
リュティエの言葉に俺とマルーブルクの声が重なる。
おっと、大事な人の頭越しに回答してしまった。
「すいません。勝手に。フレデリックさん、獣人のみなさんも食事会に誘ってもよいですか?」
「もちろんです。お口に合うか分かりませんが、誠心誠意全力を尽くさせて頂きます」
そんなわけで料理人フレデリックによる晩餐会が執り行われることが決定したのだった。
突然だが、開催日は今晩だ。
いやあ、楽しみでならない。
タイタニアなんてもう既に口元が緩んでいるんだもの。おっと、フレデリックへ調味料やら他の食材を準備しないとな。
◆◆◆
フレデリックに食材の希望を聞いたんだけど、思った以上に要求した食材の種類が少なくてビックリした。
これだけで何を作るのか楽しみだ。
リュティエとマルーブルクにグバアとグウェインのことを伝え、みんなでオセロをやっていたらあっという間に夕食の時間となる。
勝敗? 俺の全敗。マルーブルクの全勝だよ。こんちくしょうめ!
リュティエもマルーブルクもオセロが気に入ったみたいで、自分たちも作って住民へお披露目してみると言っていた。
俺の勝てる相手は出てくるのだろうか……。
ともかく、集会場にマッスルブとジルバも呼んでシェフ・フレデリックの料理を今か今かと待ち構える俺たち。
お水を汲んでみんなに配ってくれているタイタニアの口元に涎の跡が見えたけど、秘密にしておこう。
「お待たせしました」
フレデリックが台車に料理を乗せてテーブルの前で会釈をする。
「まずは、素材そのままの食味をお楽しみください」
彼のそんな言葉と共に出てきたのは木綿豆腐のサラダだった。
サラダはとてもシンプルで、一口サイズに切った木綿豆腐とプチトマトにオリーブオイルと細かく砕いたチーズでトッピングされている。
では、さっそく頂くとしよう。
「いただきまーす」
手を合わせて豆腐とトマトを一緒にフォークへ突き刺し口に入れた。
お、おお。隠し味に何かピリっとするものが入っているな。何か分からないけどおいしい。
サラダを食べ終わる頃、計ったように次の料理が運ばれてくる。
「次はハドラ―スラッグと歯ごたえの違いをと思いまして、準備いたしました」
横へ三つにスライスした木綿豆腐をオリーブオイルで炒めたのかな。
味付けもカタツムリの時と同じ塩・胡椒を振りかけた様子だ。
お手軽料理だけど、こいつはよいぞ。日本で一人暮らししていた時に何で俺は思いつかなかったんだ!
ビールのアテに丁度いいぞこれ。ゴマ油でもいいかもしれん。
最後に出てきたのはグラタンとラザニアだった。
グラタンはクリームソースに胡椒が利かせてあり、スライスしたズッキーニがいいアクセントになっていていくらでもいける!
ん、このクリームソース……。
「フレデリックさん、これってハドラ―スラッグの白身をソースに混ぜ込んでます?」
「さすが藤島様です。その通りです」
お、おお。
なるほど。絹豆腐……じゃねえ、カタツムリの身を使うことでクリームソースに粘り気を出しているのか。
そういや、小麦粉を使っていないはずだものな。
ラザニアは目から鱗だった。パイ生地じゃなくて木綿豆腐にひき肉と玉ねぎを炒めたものを挟み込み焼き上げている。
パイ生地と違って厚みがあるからか、食べ応えがあるしひき肉との相性も抜群だ。
豆腐ハンバーグって豆腐とひき肉を混ぜた料理もあるくらいだから、ひき肉と合うんだよなあ。
一言で言うと、とても美味しい!
これに尽きる。
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