第96話 激辛はお好き?

 俺だけではなく、この場に集まった全員がフレデリックへ称賛の声をあげた。

 

「サラダにピリっとした辛味があったけど、ヨッシーが食材を出したのかい?」

「いや、俺が準備したのは豆腐とチーズ、トマトだけだよ。後はフレデリックさんが準備した食材のはず」


 マルーブルクもあの辛さが気に入ったのかな? 

 すると、よくぞ気が付いてくれましたとばかりにフレデリックが柔和な笑みを浮かべて、リュティエへ目を向けた。

 

「獣人の皆様から、トンガラシとキューバッカーを頂きましたので使わせていただきました」

「どちらも森で採れる食材だ。これほど美味に仕上がるとは驚いている」

「そうですな!」


 フレデリックの言葉にワギャンとリュティエが続く。一応、合間合間で俺が復唱しているけど、そこは割愛する。

 なるほど。獣人が準備した食材だったのか。


「キューバッカーはグラタンに入っていた?」

「その通りでございます」


 ズッキーニと思っていた食材がキューバッカーという名前ってことかあ。

 ハウジングアプリの翻訳は俺の知っている食材だとそのまんまの名前で変換される。

 ってことはズッキーニとキューバッカーは別の食材ってことだ。味はそっくりだったんだけどなあ……ま、まさか、カタツムリみたいにゲテモノ系なのかもしれない……。

 

 ブルブルと首を振り、これはズッキーニだと自分に言い聞かせる俺であった。

 

「トンガラシ? アレかな」


 何か思いついたようにポンと手を打つタイタニア。


「タイタニアも見たことがあるのか? 赤い角がある甲虫だ」

 

 え?

 ワギャン、今なんと……。

 

「虫……」

「そうだ。ふじちま。トンガラシという甲虫の角をすりつぶしたものだな」

「そ、そっか……じゃ、じゃあキューバッカーは?」

 

 トンガラシの正体を聞いてしまったので、キューバッカーも確かめずにはいられなくなってしまった……。


「川辺や泥の中に自生する植物の根の一種だ」

「お、おう」


 キューバッカーはレンコンとかの一種だったのか。


「ジルバ、ありがとう。これだ。ふじちま」

 

 ワギャンへ何かを手渡したジルバが元いた席に戻る。

 そして、ワギャンが手の平の上に乗せた赤い奴……。

 肉球の上に乗っかったそいつは……見た目がまんまカブトムシだったああ。

 大きさは角まで入れておよそ十センチってところ。採取してから時間がたっているのか、既に動かなくなっている。

 

「それ、トンガラシ?」

「ああ。この角を折ってすりつぶすんだ」


 ワギャンがレッドカブトムシをテーブルの上に置き、俺へ目配せしてきた。

 手に取れと言うのか?

 掴むのも嫌なんだけど……仕方ない。

 

 ぐあしとレッドカブトムシを掴む。

 うん。この触り心地はカブトムシだな。

 

「フジシマ、食べないのかぶー?」


 いたのか、マッスルブ!

 一度も喋っていないので存在感がなかったが、ずっと食べ続けていたから喋らなかっただけ。

 食材を手にもった俺へ目をつけたんだな。


「あ、いや」


 「食べるわけねえだろおお!」と叫びながらカブトムシを投げ捨てるわけにもいかず、曖昧な返答をしてしまった。


「そのまま、角をかじってもおいしいぶー」

「そ、そうか」


 何、その目。

 え?

 周囲を見渡す。

 みんなの期待が籠った目線を感じた。

 

「気にせず食べていいぞ。ふじちま。また森に獲りに行けばいいだけだ」


 ワギャン、そうじゃなくってだな……。

 

「え、えっと、角って根元からいけるの?」


 こらああ。俺の口! 何を言ってるんだよ。

 

「そうだ。角の先を持って力を込めてみろ。自然に折れる」

「お、おう」


 言われた通り、角の先端を指先で挟み下側へ押してみる。

 あっさりと角が根元から折れた。

 ほう、これが可食部分か。

 

 指先で赤い角を挟み、しげしげと見つめる。

 って、そうじゃねえ。何普通に観察しているんだよ、俺。

 しかし……。

 

 この場の空気に耐えられず、赤い角を口の中へ入れた。入れてしまった。

 舌先で角を転がすが、味はしないな。


「噛み砕かないと味がしない」


 ワギャンから助言が飛ぶ。

 ち、ちいい。このまま飲み込んでやろうと思ってコップを手に取ったのに。

 

 噛むよ。噛めばいいんだろ?

 ガリガリ。

 

「か、辛い! み、水ぅうううう!」


 唐辛子をそのまんま噛み砕いたみたいな激しい辛味が下を刺激する。


「す、すまない。ふじちま。それほどまでに辛かったか?」

「う、うん。俺には少し刺激が強すぎたみたいだよ」


 人によっては平気なんだろうけど、俺にはきつかったかな。

 見た目さえ気にしなきゃ、食べる分には問題ないと思う……見た目が大問題だけど!

 

 そんなこんなで、大好評の晩餐会は終わりをつげる。

 是非また開催して欲しいとフレデリックとマルーブルクにお願いする俺であった。

 

 ◆◆◆


 ――十日後。

 晩餐会から十日が過ぎる。。


「おお! 久々の晴れだ!」


 自室の窓を開け、外から吹き込む風に目を細めた。


「おや」


 昨日までうじゅるうじゅるしていたカタツムリが一匹も見当たらないな。

 夜のうちに住民の皆さんが獲り尽くした? いや、わざわざ夜中にやることじゃあないだろ。

 

 首を捻りながら一階へ降りると、タイタニアがコーヒーを淹れて待っていてくれた。

 

「おはよう。タイタニア。いつも早いね」

「おはよう! そんなことないよ。ワギャンはもう外に行っちゃったんだもの」

「晴れたからワギャンも張り切っているんだなあ」

「うん! 雨季が終わったし、牧場も農耕も頑張らなきゃだもん!」

「終わった?」

「うん、ハドラ―スラッグがいなくなったから。雨季が終わりだよ!」

「へえ。タイタニアの故郷でもそうなのかな?」

「うん。ここみたいな激しい雨季じゃないけど、雨の季節が終わったらハドラ―スラッグもいなくなるんだよ」


 故郷の様子を想像しているのか、タイタニアは遠い目をしながらコーヒーに口をつけた。

 彼女は見るからにウキウキしていて、放っておいたらその場でくるくる回転して喜びを表現しそうな勢いだ。

 

 そっか、いよいよ雨の季節が終わって本格的な夏が到来するのかあ。

 だったら、俺もそろそろ動くとしようかな。

 

「前々から企画していた俺の『祭り』を近く開催したいと思う」

「楽しみ!」

「おう! マルーブルクとリュティエにいつやるのか相談してくるよ」


 正直、グバアとグウェインの襲来によって「俺の魔術がすげええ」ってのを見せる必要も無くなった。

 でも、せっかく考えたんだから、みんなに楽しんでもらいたい。

 ぶっつけ本番だから、失敗するかもしれないけど……そうなったらそうなったでご愛敬ってことで。


「タイタニアは今日、どうする?」

「んん。マルーブルク様からはしばらくフジィのお手伝いをしてって言われてるけど……」

「雨季も終わったから、そろそろ仕事の命令が下るかもだな。でも、今日はまだ何も言われてない」

「うん?」

「よっし、じゃあ、雨上がりの外を一緒に見に行こうぜ」

「うん!」


 と言いつつもしっかりと朝食を食べてからタイタニアと共に外に繰り出す。

 

 外に出て驚いたのが、雨の降る前に比べて陽射しが強くなっていることだった。

 こいつはグングンと気温があがりそうだ。

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