第94話 結局食べるのか

 虚ろな目をしながら、公園にまで戻ると見知った人たちが俺の帰りを待っていてくれたようだった。


「フジィ!」


 感極まったようにタイタニアが俺の胸に飛び込んでくる。

 ワギャンが俺の肩を叩き、マルーブルクと彼の部下二人はじっとこちらの様子を伺っていた。

 リュティエは何やら滂沱の涙を流し始めるし……意味が分からねえ。

 

 どうなってんだこれ?


「一体どうしたんだ?」


 思ったままのことを尋ねたら、俺を抱きしめていたタイタニアの腕から力が抜ける。

 そのままダランと腕を下げたタイタニアの顔はあっけにとられたように固まっていた。

 

「聞きたいのは僕らの方さ。伝説に謳う草原の主と龍神だろう? アレらは」


 いち早く硬直から抜け出したワギャンが俺の胸を拳でコツンと叩く。


「たぶん?」

「お前はアレらと会話したんじゃないのか?」

「うん。向こうでやれって言ったんだけどまるで聞き耳を持たなくてな」


 本当に困った奴らだよ。煩いったらありゃしねえ。

 あの分じゃあ、牧場の外側にいたカタツムリは全滅しているだろうな。

 

「アレらより、キミの方が非常識に思えるよ……」


 マルーブルクがため息をつき、フレデリックが準備しただろう椅子へ腰かけた。

 

「ふじちま殿の究極魔術……しかと見届けましたぞ! このリュティエ、感涙が止まりませぬ」

「う、うん」


 リュティエが涙を流していたのは悲しいからじゃなくて、見えない壁の絶対防御力を見て感動したってことだったのね。

 俺はといえば、見えない壁に対し今回特に思うところは無い。

 グバアに初めて巻き添えを喰らった時はドキドキしたけど、既にあいつらの攻撃では見えない壁がビクともしないことは分かっていたからな。

 

「まあ、いいよ。キミの在りようのいびつさは今にはじまったことじゃあない」

「これまで通り付き合ってくれると助かる」

「そのつもりさ。前にも言ったけど、ボクはキミの在りようを好ましく思っている。キミの大魔術を見て今更態度を変えることはないさ」

「ありがとう。それを聞いて安心したよ」

「全くキミは……これが素で言っているのだから呆れるよ」


 マルーブルクにため息をつかれたけど、彼はたまに自分の中で勝手に結論を出して説明しないことがある。

 でも、彼が説明しないってことは、わざわざ聞く必要がないってことだ。

 なので、何も突っ込まずに曖昧な笑みを返しておくことにする。

 

「まあ、いいじゃねえか兄ちゃん。タイタニア。もう兄ちゃんにくっつかなくていいのか?」


 へらへらとした態度でクラウスが俺の背中をポンと叩く。

 分かっているさ。緊張した空気をほぐそうって言うんだろ? 

 

「うん、もう安心したから」


 クラウスの言葉の意味が分かってないタイタニアはえへへっと笑顔で頷く。


「それじゃあ、食べようぜ。みんな、お前さんを待ってたんだからな」

「お食事の準備は整っております」


 食事だと……。俺は食べるなんて一言も言っていないよな。

 フレデリックも優雅に礼をしている場合じゃないってば。

 

 ここで出て来る食事なんて一つしかないじゃないか……。

 

 ハトがいる傍にある公園の広場には、簡易的な机と椅子が並べられていた。

 純白のテーブルクロスの上には大皿が置かれ……白い何かがでーんと乗っかっている。

 うーん、まるで白身魚のような美しい白色をしているなあ……。

 あれが魚だったらいいんだけど、そんなわけはないよねえ。

 

「あ、俺は……」

「藤島様から貰い受けました塩、胡椒、そして公国特製のオリーブ油を使っております」


 フレデリックが朗々と料理の説明をし始めてしまった。

 な、何この立ち去り辛い空気。

 

「先にフジィに入れるね!」


 ゴクリと目の前の料理へ向け喉を鳴らしたタイタニアが小皿を取り、その上に切り分けた白い何かを乗せる。


「一応聞くけど、それカタツムリだよな?」

「ハドラ―スラッグでございます」


 ……。

 やっぱりそうですよねえ。ハドラ―スラッグってグバアがカタツムリを指して言っていた固有名詞で間違いない。

 戦慄している間にも他のみんなへ切り分けたカタツムリの身が配られて行く。

 

 俺の為に彼らは食事会をしてくれたんだろう……。フレデリックが腕によりをかけ、マルーブルクの計らいでテーブルに椅子……。

 きっとこれらを他のみんながここへ運び込み、準備をしてくれたのだろう。

 

 ここまでしてくれて、「カタツムリが嫌です」なんて断れるわけがないぜ。

 覚悟を決めるしかないか……。

 まさか、異世界に来て初めて食す現地の料理がカタツムリとは……。

 

「それじゃあ、頂くとしよう」


 マルーブルクがみんなに向けてにこやかに告げる。

 

「いただきまーす……」


 手を合わせ、目の前に置かれたカタツムリのソテーらしき物へ目を向ける。

 まずは匂いだ。

 フォークで少しだけ身を突き刺して口元へ持ってくる。

 ほう。匂いはしないな。案外あっさり風味なのかもしれん。

 

 少しの望みを持って、目をつぶり口の中へ白身を突っ込んだ。

 お、ほうほう。おお。これなら、何とかいける。

 食感も味も絹豆腐そっくりだ。

 なので、個人的には醤油で食べたい感じだな。

 強いて言うなら豆腐と違って若干の甘味を感じるくらいかな。

 でも、ま、絹豆腐と思えばなんてことはないぜ。

 

「おいしい。ね! フジィ!」


 蕩けそうな顔で俺の名を呼ぶタイタニア。

 

「そうだな。初めて食べたが、いけるいける」


 でしょうと柔和な笑みを浮かべフレデリックが会釈する。

 彼はみんなが食べる様子を後ろで控えて見守っていた。

 マルーブルクに気を使ってかと思ったけど、クラウスもタイタニアも普通に食べているしなあ……。

 

「ほら、フレデリック。キミも食べなよ。ヨッシーが気にしてるよ」

「いえ、給仕たる私が動くわけには」

「キミのプロ根性は見習うべきものがあるけど、まあ、好きにしなよ」


 こういうところがマルーブルクらしい。

 彼は格式を気にしないけど、自分のやり方を強制することもない。

 きっと彼のような貴族は珍しいんだろうなあ。でも、見た所、フレデリックとクラウスの彼に対する忠誠心は揺ぎ無きものに思える。

 だってさ、クラウスが敬語を使うなんてマルーブルクに対してだけなんだぞ。

 それはそうと……あ、いいことを思いついた。

 

「フレデリックさん、俺の魔術で出す食べ物にハドラ―スラッグと似た奴があるんですよ。ぜひ味見してもらえませんか?」

「それは興味深いですな」


 よし、乗ってきたあ。

 俺の本心としては、みんなで食べてもらいたいからさ。

 チラリとマルーブルクを見やると、彼の表情から「よくやった、ヨッシー」と見て取れた。

 

「ちょっと待ってて」


 そう言い残し、ワギャンを連れて自宅に戻る。

 

 タブレットを手に出してメニューを探す……。

 お、あったあった。

 

『木綿豆腐 一丁 一ゴルダ

 絹豆腐 一丁 一ゴルダ

 枝豆豆腐 一丁 一ゴルダ

 拘りの絹豆腐 一丁 二ゴルダ

 秘伝の湯葉……』

 

 なんかこう……妙に品揃えが良くないかこれ?

 ハウジングアプリの中の人の拘りが見て取れる……。

 

 木綿豆腐と絹豆腐を七丁注文し、決定をタップ。

 

「ワギャン、そこの箱の中に食べ物が出てきているから持つのを手伝ってくれ」

「分かった」


 宝箱の中にはパックに入った豆腐が合計十四丁鎮座していた。

 ワギャンと手分けし、豆腐を抱えて公園に向かう。

 

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