第93話 雨季の味覚
「そ、それ……食べるの?」
「うん!」
念のために聞いてみたが、タイタニアに輝くような笑顔で返されてしまった。
カタツムリ、いやエスカルゴ、エスカルゴだ。
それなら食べても不思議じゃあない。
……落ち着け、俺。
食べる食べないの前にいろいろ確かめないといけないだろ?
大きく深呼吸ぅー。
すー、はー。
よし。
「調理をするなら、そこのテラスを使ってくれていいよ。炭とバーベキューコンロは物置の中ね」
「うん。フジィは?」
「カタツムリの様子を見てくる。俺の魔術とどんな関係性があるのか調査したい」
もっともらしいことを言ってるけど、大したことをやるつもりなんて毛頭ない。
単にカタツムリを食す魔の手から逃れたいだけだ。
そんなこんなで、公園まで移動がてらに周囲を見渡しながら進む。
公園の物見に登って双眼鏡を手に遠くまで確認。
その結果、カタツムリは……うじゃうじゃることが分かる。
自宅周辺にいるだけなのかと思いきや、街中、枠の外、農場の外やら牧場の中にまでいやがった。
しかし、いくつか法則性も発見する。
我が土地の中には出現していない。これは当たり前か。しかし、農場や牧場の一部にパブリック設定があるから侵入されている可能性はあるな。
とはいえ、公園や自宅をはじめとしたプライベート設定の場所にはカタツムリがいないことは確か。
もう一つ気になることがある。
枠の外にある農場は確認できないけど、耕作地や家のある場所にはカタツムリが出てきていない。
出てきていないと言ったのは、言葉そのままの意味だ。
俺、見たんだ。
あいつらがどここら来たのかってのを。
ちょうどカタツムリのやつが、「地面」からのそりと顔を出したところを観察してしまったんだよ!
一体何が起こったのかしばらく開いた口が塞がらなかった。
奴らはまるでセミの幼虫のように土からむくりと出てきやがったんだよ!
つまり……草原の地中に奴らが潜んでいる……。
もしかしたら、ハトみたいに急速に巨大化して出てくるのかもしれないな……だって、土を耕す時に巨大カタツムリの姿は見なかったんだもの。
ひょっとしたら、この前出てきたウネウネミミズもいきなり巨大化したかもしれないよな。
怖い。異世界怖い。
これって、ハトと同じような進化の一種かも? 進化すると劇的に姿が変わってしまうからな。
カタツムリの場合は、強い雨が進化を促したのかもしれない。
ゾクリ――。
双眼鏡から目を離した時、神々しい偉大なる気配を感じた。
何処だ?
すぐに気が付いた。街の枠の外にいる。
北側の空に大きな影が見えたんだ……。
「入れてやるから、ここまで真っ直ぐに来い。いいか、何もするなよ!」
じーっと見えない壁の前でホバリングしているもんだから、何か俺に言いたいことがあるのだろう。
拡声器も使わず普通に喋っただけなのに、奴には聴こえていたようだな。これは予想通り。
さすが超生物。
バッサバッサと雄々しく羽ばたくハシビロコウことグバアは、公園の噴水前にさっそうと降り立った。
って速いな! まだ俺は物見のはしごを降りてきたばかりだというのに。
『良辰、久しいな』
「ハトの奴をいつでも連れて帰もらってもいいぞ」
『何を言う。あ奴はお前に任せたのだ』
「そうでっか……」
連れて帰ってくれるのかと思ったよ。
じゃあ、何で突然ここへやって来たんだ?
首を捻る俺へ、グバアは偉大なる嘴を開く。
『外のハドラ―スラッグを頂こうと思ってな』
「牧場より外なら自由に喰ってくれ。安心しろ。どれだけ破壊的な食べ方をしてもビクともしないから」
『相変わらず不思議な術を使うものだ。我は季節物に目がないのだ』
「分かった分かった。じゃあな」
『腹ごなしが必要だからな……』
何か含んだ言い方だなあ……なんかまたとんでもないことをするんじゃねえのか。
と思ったけど、今更グバアのことで気を揉んでも仕方がない。
あいつは規格外。捕食するだけでも大災害クラスだからな……。
死んだ魚の目をしながら、奴を見送る。しっかし、どんな食べ方をするんだろうと気になってきて……北側の物見まで行くことにした。
出向くならグバアが飛んで行った方向からして獣人側の方が良さそうだな。
◆◆◆
「うわあ……」
グバアがホバリングしたまま神々しい翼をばっさばっさすると物凄い突風が巻き起こり、渦を巻いていく。
渦は直径二十メートルはあろうかという竜巻に成長して……巨大カタツムリを宙に浮き上がらせた。
パカンと口を開いた偉大なる嘴にカタツムリがどんどん飲み込まれていく。
「ひでえ……グバア竜巻ひでえ……」
むっしゃむっしゃごくん。
むっしゃむっしゃごくん。
見ているだけでお腹一杯になってくる。
よくあんなもんをうまそうに食べるよな。
ゾクリ――。
またしても巨大な気配を感じたぞ。
ま、まさか。
グバアは二羽いるのか? いや、あんな奴が二羽もいたら、草原の生命が危機に陥るぞ。
だって、あんなに食べるんだからさ。
『来たか。我が敵』
グバアが何か偉そうなことを言っている。
双眼鏡を持ってグバアの目線を追うと――。
「なんじゃこらあああ!」
待て。マジで待ってくれ。
龍だ。どっしりとした体躯をした神々しい龍が悠々と空を駆けている。
全長はおよそ二十メートルとグバアが小さく見えるほどの巨体だった。
ふさふさとした純白の毛が全身を覆い、目と爪が金色をしている。
この龍は、俺が想像する固い鱗に覆われた龍とは一線を画する見た目をしていた。
「何者だ……あれ」
『あ奴こそ、我が敵』
『グバアよ。主と話すそこな矮小な者は何者じゃ?』
やっぱり喋るんだ……。こいつも。
俺、すごく、嫌な、予感がするんだよね。
「俺は藤島良辰。この辺は俺たちが住む地域だから、喧嘩するなら向こうでやってくれない?」
ある種の信仰心を持ちそうな神々しくも恐れ多い存在に向け、軽い調子で言い切る俺。
いちいち畏まっても仕方ない。俺の感覚は既にグバアで麻痺しているからな。不遜な物言いにはもう慣れっこだ。
『良辰よ。それはならぬ。我とグバアは戦う定めにあるのじゃ』
「あ、戦うなとは言ってないから……向こうでやってくれって言っているだけだ」
『ならぬ。我とグウェインの約定により、我らは戦う定めにある』
こいつらああ。
もういい。勝手にしやがれ。
プイっと顔を背け腕を組み、その場にあぐらをかく。
「うお! 眩しい!」
その時、視界が真っ白に染まる。
目が慣れてきたら何が起こったのかようやくわかった。
空に幾重にも稲光が迸っているじゃあないか。
稲光は空を奔り、束になりながらグバアへ襲い掛かる。
対するグバアは翼をはためかせるだけで、稲光を消し飛ばしてしまった。
『今度は我から行くぞ』
グバアが偉大なる嘴を開くと、極太の水流ジェットが吐き出されグウェインなる龍に向かって一直線に翔ける。
これに対し、グヴェインは神々しい尻尾を振るいペシンと弾き飛ばした。
下へと向きを変えた水流ジェットは地面に直撃すると同時に……盛大に爆発する……。
――ドカアアアアン。
――ズガアアアアアン。
破壊音やら爆発音が鳴りやまず、俺の耳がずっとキンキンしっぱなしだった。
十五分くらい経過したころだろうか。
お互いに満足したらしく、どこかに去って行った……。
そういやワギャンが草原に「地形が変わった」ところがあるとか言っていたよな。
まさに今、そこの地形が変わっているぞ……。
ゴブリンとかこいつらに比べたら可愛いもんだよな……。
天災だ。これは天災。
だから深く考えてはダメだ。
ん? 我が土地はどうなったのかって?
ビクともしなかったから、被害は無しだぜ。
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