第76話 お帰りいただきたい

「んじゃ、そろそろ一発かますぜ」


 クラウスが右手をあげると、部下の三人が「あいあいさー」と声を揃える。

 物見から少しせり出すまでバリスタを動かし、水平になるよう二人が下を支えた。

 続いてソフトモヒカン頭が狙いをつけ、バリスタのレバーを引く。

 ヒュッと風を切る音と共にバリスタから勢いよく槍が射出される。


 ドス――。

 槍は少し距離が足りず先頭を歩くゴブリンの手前にある草むらに突き刺さった。


「ゴブッ!」

「ゴブごぶ!」


 ゴブリン達から動揺した声があがる。

 彼らは顔を見合わせごそごそと何か呟いているけど、距離があるから何を言っているのか俺には聞き取れない。


「次準備ー」

「あいあいさー」

「ご注文いただきましたー」

「喜んでー」


 一方、こちらは緊張感漂うゴブリン達とは対照的に気の抜けるやり取りが交わされている。

 しかし、言葉とは裏腹にクラウスの部下三人はテキパキとバリスタに槍を準備していった。


「構えー」


 クラウスが右手をあげると先ほどと同じようにバリスタがゴブリンに狙いをつける。

 ゴブリンはというと、動かないままじーっとこちらを伺うだけだった。


「んー、何かいつもと違うな。射つのは待て」


 クラウスは右手で頰をかき、無精髭へ手を当てる。


「どうしたんだ?」

「ゴブリン達は驚いてもすぐに忘れちゃったみたいに前進してくるんだけど……」


 俺の問いにタイタニアが答えてくれた。

 目の前に槍が突き刺さってもブレずに迫って来るとか、「どんだけ考え無しなんだよ」と思う。

 しかし、クラウスらは何度もゴブリンと争っているんだから……ゴブリンの習性に対する予測に間違いはないんだろうけど。


「でも、公国の街には来ないんだろ?」

「うん、だけど……来なくなるまで何度も全滅させたって聞いているよ」

「それくらいでないと、人間やエルフを攫うことをしないか」


 ゴブリンは人間の兵士と一対一で戦ったら劣ると聞く。すぐ諦めているようでは、目的なんて達成できないか。

 愚直に数で押し込み、攫うしかないってことね。


 このままじゃ拉致があかない……あ、試しに。


「クラウス、ゴブリン達に呼びかけてみてもいいか?」

「構わねえけど、あいつらと意思疎通が取れるのか?」

「分からない。ゴブリンが言語を持っていたら可能かも」


 ハトでさえ喋る世界なんだぞ。何が喋ってもおかしくない。

 拡声器は……残念ながら持ってきていない。

 少し距離があるからお互いの声が聞こえるか少し不安だけど、やるだけやってみるか。

 

 大きく息を吸い込んで、声を張り上げる。


「えー、君たちは完全に包囲されている!」

「フジィ、誰もゴブリンたちを囲っていないけど……」


 俺のカッコいいセリフへすかさずタイタニアが突っ込みを入れて来た。

 こ、これは様式美ってやつなんだよ。俺だって包囲なんてしていないことくらい分かってる。

 

「い、いつの間に囲まれてたゴブ!?」

「ごぶゴブ!」


 お、おお。効いてる効いてる!

 奴らは包囲されていると思っているぞ。

 それはともかく、ゴブリンらとは意思疎通が取れるみたいだな。

 おっと、当初の目的を忘れるところだった。

 

「大人しく回れ右をして、二度とここへは来ないように!」


 自信満々に告げると、ゴブリンたちがざわめき始める。


「この声、あそこにいる人間からゴブ!」 

 

 先頭のゴブリンがこちらを指さして叫ぶ。

 これくらいの大きさで声を張り上げてくれると俺にも聞こえるな。

 よっし、ゴブリン達は慌てふためいている。

 次はハッタリをかまして怖がらせてやるぜ。

 

「森へお帰りなさい。でないと槍がまた飛ぶんだからね!」


 し、しまった。かの有名な「森へお帰り」をアレンジしたら、気持ち悪いセリフに……。


「物見と槍を確認したゴブ! 手の内は見たゴブ!」

「今日のところは引き返してやるゴブ!」 

「せいぜい今のうちに女どもとアンアンしているがいいゴブ!」


 口々にこちらを大声で罵りながら、ゴブリンたちは引き返していった。

 奴らのあんまりな態度にガクリと膝を落とす俺であった……。

 

「す、すまん。クラウス……」

「引き返していったからいいじゃねえか」


 クラウスは床に手をついた俺の背中をポンと叩く。


「全くもってビビらせることができなかった。でも、気になることを言っていたんだよ」

「おお。何て言ってたんだ?」

「物見と槍(バリスタ)を確認できたし、帰るって。そしてまた来るから首を洗って待っておけと」

「そいつはゴブリンへ恐怖心を与えるより、余程貴重な情報だぜ」


 はてなマークを浮かべる俺へクラウスが説明をしてくれた。

 ゴブリンというのは知性があるものの、「女を攫う」という本能に忠実で刹那的だという。

 といっても彼らとて知性があるだけに、さっきからキーワードになっている「恐怖心」が本能を上回れば襲撃してこなくなる。

 そんな単純なゴブリン達がこちらの装備と建物を確認し、「また来る」と言うことが異常だとクラウスは顔をひそめた。

 

「ふうむ。ゴブリン達の間で何か変化があったのかもしれないってことかな?」

「そうかもしれねえって懸念だな。いずれにしても、俺たちのできることは次に奴らが来たら仕留めるだけしかできねえ」

「ゴブリン達ってリーダーとかいるのかな?」

「いる……が、動物的でな。群れのボスって感じなだけだぜ」

「そっか……」


 どうも引っかかるんだよなあ。

 いずれにしろ、どれだけの大軍で来ようが、見えない壁が突破されることはない。

 でもずっとゴブリンに外を囲まれちゃったら、こちらの食糧が枯渇する危険性はある。

 

「ゴブリンの動きは俺も気になる。ちっと調べに外へ行くべきかマルーブルク様と相談してみるか」


 頭をガシガシとかきながら、クラウスが呟く。


「公国内のゴブリンの巣? まで調査に行くってことかな?」

「そうだな。馬もあるからな」

「俺個人としては積極的に賛成ができないなあ……」

「ほう?」

「調査は危険が伴うだろ?」

「ははは! お前さんらしい。そういうところ嫌いじゃないぜ」


 クラウスに子供にやるように頭をポンポンと軽く撫でられてしまった。

 そんなに変なことを言ったつもりはないんだけどなあ……。一人でも傷付く姿なんて見たくはないよ。


「フジィ、危険を伴うことなんて日常茶飯事なんだよ。でも、わたしもフジィのそんなところが大好きだよ!」


 タイタニアもクラウスの真似をして俺の頭をポンポンと……。

 だああああ。

 ま、いいか。もう。

 

「大好きとのご注文いただきましたー!」

「あいあいさー」

「うらやましいいい! よろこんでー! 抱きしめやす!」


 こらあああ。外野!

 クラウスの部下三人へじとーっとした目を向けると、目を逸らされて口笛を吹いてやがる。


「ははは。まあ、ゴブリン達も行っちまったし。兄ちゃん、ゲートと物見を元に戻してくれねえか?」

「分かった」


 タブレットを操作して、元の設定に戻した。

 

 ◇◇◇

 

 マルーブルクとリュティエへ報告を済ませ、今日もタイタニアとワギャンの二人とお泊り会だ。

 鼻歌を歌いながら夕食を作っていたら、呼び鈴の音が響く。

 

 ――ぴんぽーん。

 

「今出るー」


 扉を開けると、立っていたのは愛らしい顔をした長い金髪を後ろで括った少女だった。

 誰だろ?

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