第75話 ゴブごぶ
クラウスらとは物見で落ち合うことにして、俺はタイタニアと共に外周を回り公国東端のゲート付近へ足を運ぶことになった。
自転車にまたがったところで、タイタニアへ目を向ける。
「後ろに乗る? それか、自転車をもう一台出そうか?」
ワギャンはともかくタイタニアなら自転車に乗ることは問題ない。コボルト、オーク、ドワーフにはちと難しいだろうけど。
「ううん、走った方がはやいよ。とっても興味はあるけど!」
彼女はいつものように返事をする。何度か誘ってみたんだけど、いつもこうなのだ。
理由はなんとなく分かっているんだけどね。文明の利器である自転車でタイタニアが外周を走ると、必ず住民の誰かが目撃するはず。
そうなると彼女の立場上、気まずく思うのではと俺は考えている。
でも、逆なんだよなあ。むしろ自転車やらを使ってくれた方が、外から見ると俺が彼女、ひいては公国へ魔術道具を惜しみなく貸し与えているように見える。
マルーブルクによると、俺のところへ顔を出すことはみんな躊躇していてタイタニアのことをありがたがっていると聞く。
ならば、自転車に乗っている姿を見てもらった方が、住民たちも安心すると思うんだよ。スケープゴート的じゃなかったんだって。
このことは既にマルーブルクとコンセンサスが取れているから、折を見てタイタニアに説明しようかな。
「よし! 行こう!」
「うん!」
自転車を漕ぎ始める。
タイタニアは自転車で走る俺と並走し、たまに俺の様子を伺うように横を向く。
「あ、そういや、クラウスの連れて来た兵士って、彼の部下なのかな?」
「うん。あの三人はクラウスさんが大好きな人たちだよ。農作業をする時はいつも一緒」
「へええ、クラウスはやっぱ慕われてんだな」
「クラウスさんはマルーブルク様の元へ来る前は、上司や同僚からは煙たがられてたってフレデリックさんが言ってたよ」
「あの態度を崩さないもんなあ。マルーブルク以外には……」
あの飄々とした態度で上司や同僚であってもズバズバと思ったことを言っちゃうんだろうな。
服装もルーズだし、規律が緩そうだもの。上からは睨まれるだろうことは想像に難くない。
そんな彼だが、仕事は超できるんだよね。だから、上司からしたら余計に癪に障るんだと思う。
フレデリックとはうまくやっているみたいだけどさ。
「でも、わたしはクラウスさんのこと尊敬しているよ。クワを使うのだってすごく上手なの!」
「それはハトから聞いたような……俺のガーデニングもちょいと見て欲しいな」
「テラスにあるお花が咲いてたよね!」
「そうなんだよお」
ハトの食害もなく、白い花と黄色の花が咲いたんだよ。毎日手塩にかけてジョウロで水をやった甲斐があった。
ふふふ。今度はスイカでも作ってみるかなあ。種はあったはず。
しかし、何を育てるにしても枠から外に出さないように注意しないと……ハウジング産の植物がこの世界を侵食しちゃったらあまりよろしくない。
小さなことでも、この世界の生態にどんな影響を及ぼすか分からないしさ。
外来生物は持ち込み禁止! ダメ、絶対。
なんて考えていたら、物見まで到着した。
「兄ちゃん、外を回ってきた割には早かったな!」
ゲートの傍で俺たちを待っていたクラウスと彼の部下三人がこちらに手を振る。
物見とゲートは隣接しているから、俺とクラウス達の距離はすぐそこってところだ。
「導師さま、よろしくおねがいしやっす!」
「しやっす!」
「うっす!」
クラウスの部下三人もそれぞれ俺へ挨拶をしてくる。
なんかこう彼らって兵士というよりは、山賊や海賊の下っ端みたいな雰囲気がするんだが……。
派手な赤毛のソフトモヒカン、立派な顎髭を蓄えた熊のような中年男、両耳にピアスだらけで前髪を真っ直ぐに切りそろえたサイコな若い男……なんともまあ、個性的だ。
異世界に来なかったらまずお近づきにならないような風貌をした人たちと言えよう。
◇◇◇
全員で物見に入って最上部から様子を伺う。
みんなが指さしてゴブリンを確認しているみたいだけど、見えねえ。
しかし、俺にはこれがある。
いつも大活躍の双眼鏡さんだ。
ささっと双眼鏡を構え、草原を覗き込む。
お、見える。見えるぞ。はははは。
「フジィ、大丈夫?」
「あ、うん」
タイタニアに変なテンションになっている自分が見透かされたのか?
い、いや。そんなはずは。
かああっと頬が熱くなりながらも、気を取り直し改めて草原を観察する。
ほう。あれがゴブリンか。
背丈はコボルトより若干高いくらいだけど、彼らよりがっしりしているように見える。
薄い緑色の肌をしていて頭には毛が生えていない。小さな目に大きな団子鼻、口は大きく牙が下唇に達しようかというほど長い。
裾がよれよれになった貫頭衣の上から余り質がよろしくない日焼けした革鎧を纏っていた。
武器はショートソードか棍棒ってところだな。
「こちらに向かってきているようだけど、ゆっくりとなんだな」
思ったままを呟いたら、クラウスが俺の肩をポンと叩く。
「奴らも警戒しているのだろうさ。本能は行けと言っているが、物見とゲートの大きさに理性がビビってんだよ」
「このまま帰ってくれたらいいんだけど……」
「その可能性もある。半々……いや放置してたら六四でこっちにやって来るだろうな」
クラウスは指を折り、ニヒルな笑みを浮かべる。
「ゴブリンの習性と能力を聞いた限り、倒そうが倒すまいが余り変わらないよな?」
「おう、街の防衛って観点なら、兄ちゃんの言う通り。一番大事なことはゴブリンどもに『ここに来たら必ずやられる』って気持ちにさせることだな」
ふむ。
ゴブリンへ恐怖心を抱かせるには、巨大建造物は有効ってわけだよな。
城壁を築くとかもありだけど……視界が悪くなるしなあ。土台のままでプライベート設定にするのが一番使い勝手がいい。
「うーん。物見をもっと大きくしてみるか、ゲートを挟んでもう一つ建ててみるとか……」
「心配すんなって。外の安全を確保って観点なら、見かけたら抹殺するのが正解だぜ?」
「そ、そういうことか……」
「汚物は消毒だあああ」の精神で行くから街の威容を更に高める必要はないってことね。
しかし、クラウスは指を振りゴブリンの方へ顎を向けた。
「でも、これだけあいつらが戸惑ってんなら、今回は全滅させない方がいいかもしれねえ……そこでだ」
クラウスが指をパチリと鳴らす。
「あいあいさー」
「ご注文いただきましたー」
「よろこんでー」
すると、彼の部下三人が待ってましたとばかりに階下へ降りて行った。
何だか居酒屋みたいなノリだな……。
なんて思っていた呑気な先ほどまでの自分をぶん殴りたい。
戻って来た三人は、物々しい巨大な弓を抱えて戻って来た。
台座の上にクロスボウが乗ったような巨大弓……いや、矢が槍だから弓と言っていいのかわからないけど。
「これは?」
「こいつはバリスタってやつだ。遠くまで飛ぶし威力は抜群なんだぜ」
「ふ、ふうん」
頬が引きつったまま、相槌を打つ。
「まあ、セットするのが大変だから一発射つのに時間がかかってのが難点だ」
「その槍を飛ばすんだよな」
「おうよ。いつでも発射できるぜ。もう少し近寄ってきたら、ここから射つ」
ニカッと親指を立てるクラウス。
バリスタでゴブリンたちに恐怖心を植え付けようってことみたいだな……。
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