第64話 タイタニアとお料理
空から降りてきたハトはウネウネに突き刺さった矢の上にとまり、くるっぽくるっぽと激しく首を前後に振る。
「ほんとにそれ、食べるのか?」
『うっす!』
「唾液に触れると溶けるぞ。そこの地面みたいに」
自分でも分かるほど盛大に顔を歪め、口元をヒクつかせながら未だ煙をあげる地面を指差す。
しかし、ハトは俺の心配など意に介さず矢からちょこんと降り、よちよちとウネウネの頭の上を歩き始めた。
「もう好きにしてくれ」
はああとため息をついて、物見へと続く道に向かう。
「兄ちゃん、ハトが食べるのはいいんだが、残ったジャイアントワームはゴミ箱に放り込むか?」
「燃やすのもいいけど……」
「できれば燃やしたくはねえんだよな」
クラウスが片手で鼻をつまみ、首を横に振る。
あ、そういうことね。
しかし、ゴミ箱さんに投げ入れるにしても問題がある。
「こんな巨体を運べないし、ゴミ箱に入らないぞ」
十メートルを優に超えるウネウネを運べたにしても、こんな大きな体だもんなあ。
「そこは俺たちがやるから心配すんな。解体してポイだ」
「あ、ありがとう。とても助かるよ」
想像したくない光景が頭に浮かび、膝が震える。
俺の様子へクラウスは「へへへ」っと口元を指先でさすり、俺の肩をポンと叩く。
「お前さんも変わってるなあ。人の遺体の方がミミズよりよほどゾッとするだろ?」
「そ、そらまあ……そうだけど」
嫌なもんは嫌なのだ。
『うめえっす! パネエッス!』
うわあ、後ろから嫌な感想が聞こえてきたよ……。
絶対に振り返るものかと思っていたら、クラウスの隣にいるタイタニアが手を叩いて喜色を見せてんじゃねえか。
「ハトさん、すごーい!」
「見て見て」って感じでクラウスの服の袖をちょんちょん引っ張るタイタニアだったが、彼の反応は微妙だ。
ワザとらしく腕を組み、素敵なハトの捕食シーンから目を逸らしている。
俺の真後ろで一体どんな惨劇が……。
す、少しだけ怖いもの見たさから振り返って見たくなるが、首をブンブン振り衝動を押さえつけた。
見てはダメだ。見てはダメだ。見たらトラウマになる。
念仏のようにブツブツ呟いていたら、クラウスに肩を叩かれた。
「見ない方がいいと思うぜ」
いい笑顔で親指を立てるクラウス。
「う、うん」
後ろを見ないまま、物見へと向かう俺たちであった。
途中、二度ほどタイタニアが後ろを見て「すごーい」と言っていたから、奴はまだ食べているのだと理解する。
あのブリキでさえ穴を開ける嘴で突いているんだろうなあ……。
◇◇◇
物見でクラウスと別れ、タイタニアと共に公園まで戻って来た。
彼女と一緒なのは、ハトがウネウネを捕食し続けているからだ。クラウス曰く「今日の仕事はジャイアントワームを討伐し、後片付けをすること」だったらしい。
つまり、現在タイタニアは暇になっているってわけなのだよ。
じゃあ、お昼でも食べよっかと彼女とクラウスを誘ったんだけど、クラウスは部下と食べるそうだ。
そんなわけでタイタニアと二人になったのである。
「何食べよっか」
「わたしは何でも! フジィの魔術で作る食材はとってもおいしんだもん」
何にしようかな。カップラーメンとかだと味気ないし、簡単に作ることができるもので……せっかくだからタイタニアにも作ってもらおうか。
彼女は料理に興味津々だったし、ちょうどいい。
しかし、俺の貧弱な想像力だと大した料理は思い浮かばねえ。
うーん。
「甘いものでもいいかな?」
「うん!」
「じゃあ、家の中へ行こう」
自転車を押してタイタニアと並んで歩き、自宅へと向かう。
◇◇◇
キッチンの前でタブレットを出し、メニューを眺める。
お、あったあった。
『食品カテゴリー
ホットケーキミックス 一キロ 十ゴルダ』
あとは……冷蔵庫を開け中身をチェック。
卵とマーガリンはあるな。ハチミツも調味料のところにストックしている。
材料の確認が済んだところで、注文をタップ。
「タイタニア、そこの宝箱の中に粉の入った袋が出てきているから、取ってもらえるかな」
「うん」
タイタニアがホットケーキミックスを取りに行っている間に、ボールと木ヘラを準備する。
すぐに彼女が「業務用ホットケーキミックス」と書かれた粉の入った袋を抱えて戻って来た。
「一緒につくろっか」
「うん! ありがとう!」
ただホットケーキを作るだけなのに、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに目を輝かせるタイタニア。
彼女の笑顔を見ているとこちらまで口元が綻んでくるよ。簡単でも料理をすることにしてよかった。
「袋を開けて、そこのボールに粉を適当に」
俺の指示に従って、タイタニアがホットケーキミックスをボールに注ぎ込んで行く。
粉がボールの半分を少し超えたところで粉を入れるのを止めて、今度は水を注ぎこむ。
「卵を割って、黄身だけを」
卵を一つ手にとって、コンコンと角で叩き半分に割る。
もったいないけど白身だけをシンクに流して、残った黄身をボールに放り込んだ。
タイタニアも真似してやってみるが、一個目は失敗。黄身が潰れてしまう。
「そのまま黄身をボールに入れちゃって大丈夫だよ」
「うん、今度こそ」
二個目はうまくいき、潰れていない黄身を取り出すことができた。
「次は木ヘラで混ぜて……マーガリンをちょいっと乗せたフライパンで焼くだけだ」
木ヘラで混ぜることは、パン作りで慣れているからかタイタニアはすぐにコツを掴みんだ様子だ。彼女の手によって、綺麗な薄黄色の生地が完成する。
適当な量の生地をフライパンに流し込み、弱火でじわじわと焼いて……ぷつぷつと生地から泡が出てきたところで……。
「ひっくり返して。ゆっくりでいいから」
「うん」
おそるおそるといった様子でタイタニアは生地をひっくり返す。
半分くらいのところで折れてしまったけど、食べる分には問題ない。ちょちょいっと修正して、じりじりと焼き続ける。
「よっし、完成だ。残りの生地も焼いてしまおう」
「次はうまくいくといいなあ」
和気あいあいとホットケーキをどんどん焼いていく俺たち。
気がつけば五枚のホットケーキが完成していた。
できたてで湯気をあげるホットケーキをお皿に乗せて、マーガリンとハチミツと共にテーブルへ運ぶ。
「じゃあ、食べよう」
「うん。いい香りー」
手を合わせ、「いただきまーす」をしようとしたところで――。
――ピンポーン。
気の抜けた呼び鈴の音が響く。
扉を開けると、立っていたのはクラウスだった。
「よお。兄ちゃん、ハトの奴が……ってうまそうな匂いだな」
「食べた後に聞く感じでいいかな。クラウスは食べてないんだろ?」
「バレてたか」
「そんなことだと思ったよ。さ、入ってくれ」
クラウスは俺とタイタニアを帰して、気を使わせないように「自分は部下と食べる」って言っていたんだ。
彼はそう言いつつも、ずっとハトの監視をしてくれていたんだろう。
「じゃあ、頂くぜ。部下たちもそろそろ食べている頃だしな」
「絶対に、食べ終わった後にしてくれよ。ハトのことは」
「分かってるって。俺だっておいしく食べたいからな!」
三人でテーブルを囲んで、ホットケーキをいただく。
ハチミツとマーガリンを塗ると、マーガリンがほどよく溶けて絶妙な甘さになるよなあ。
うんうん。
二人ともホットケーキを気に入ってくれたようだし、今度、会議の時にでも出してみるかな。
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