第63話 ふじちまのSAN値がゴリゴリと
「若。本日はそろそろ……」
ちょうどマルーブルクとの会話が途切れたところで、フレデリックが彼の耳元で囁く。
「さてと。じゃあ僕たちはこれで。明日もよろしく。いつも飲み物とお茶菓子、ご馳走さま」
マルーブルクは右手をあげ俺へ謝意を伝えると、護衛二人とともに外へ向かう。彼らは立ち去る前にリュティエらに挨拶することもかかさない。この辺キチンとしてるよなあと感心する。
「じゃあ、僕たちもそろそろ帰るかな」
ワギャンはテーブルの上に乗ったノートやらを一箇所にまとめはじめだした。
一方でリュティエも空になったコップやお皿をシンクの中に運ぶ。
「あ、わたしが食器を洗うね! ワギャンたちは帰っちゃっていいから」
絵本に向けてうんうん唸っていたタイタニアが、ここでようやく周囲の状況に気がついたようで、絵本を閉じ立ち上がった。
彼女の言葉を復唱したら、ワギャンが耳をパタパタを震わせ笑顔を見せる。
「皿洗いの練習をしたんだな。彼女は」
「うん。今日は紅茶も淹れていただろ」
「僕は人間の表情が余り分からないけど、時折彼女から沈んだ空気を感じていたから。少し心配していた」
「ワギャンも気がついていたのか」
「ふじちまがうまく彼女を勇気つけてくれたのだろう。お前は世話焼きだな」
「ははは」
ワギャンは口元を綻ばせ、背伸びして俺の胸を拳でコツンと叩く。
「それでこそ、ふじちまらしい」
「褒めてんのかよ、それ」
「もちろんだ」
「こいつう」と俺も笑顔になって、彼とハイタッチする。
「フジィ、ここに干しておいたらいいんだよね?」
タイタニアの俺を呼ぶ声。
「おう。そこに置いておいて」
そんな俺たちの様子に対して、リュティエは腕を組み微笑ましそうにじっとこちらの様子を伺っていた。
「リュティエも後片付けありがとう」
「いやいや、遅く残った側が毎度片付けをしておりますからな。フレデリック殿ほど完璧にとはいきませぬが」
確かにフレデリックが後片付けを行うとバッチリ綺麗、寸分の狂いなく……なんだけど、次に使う時少し緊張するのは秘密だ。
最後にテーブルを吹いて、ダスターを洗い流して終了だぜ。
「ありがとう。じゃあ、また明日かな」
「うん!」
「じゃあな、ふじちま」
「また明日、お願いいたしますぞ」
三人はそれぞれの言葉で別れの挨拶をして、扉へと向かう。
あ、そういや。
「ワギャンの家ってこれから建築なんだよな? 寝泊まりは?」
「心配しなくても大丈夫だ。まだテントを解体していないからな」
「我々は五人ほどで固まり、テントを張って寝泊まりしているのです」
じゃあ、心配しなくてもいいか。
家を作るために寝床を解体していたりとか少し不安に思ったから。
「タイタニアもそうなのかな?」
「ん? わたしは馬車の中だよ」
「馬車って……」
「物資の運搬に馬車を使っていたの。戦争には大量の物資がいるから……」
「今は別の場所に保管したとか、食べ物なら食べて減ったとかで馬車が浮いているのかな?」
「うん! 一人で使わせてもらっているの」
テントの方がまだ快適な気もするけど、複数人で寝泊まりするよりは多少不便でも一人の方がいいよな。
俺もタイタニアと同じ立場だったら、多分馬車を選ぶ。
本当言うと、みんなの家をどどーんとクラシックハウスで作っちゃいたい気持ちなんだよね。
ただ、マルーブルクはともかく、他の人にもクラシックハウスを作るのは控えないといけないから悩ましい。
クラシックハウスは電気、水道だけでなく電化製品まで備え付けられた現代日本と変わらぬ作りをしている。
そのため、異世界との技術的な差が大きく、俺たちの方針である「文明レベルの違い過ぎるものを見せてしまうこと」に引っかかるんだよなあ。
カスタマイズハウスで壁と屋根だけ作っちゃうってのも手か。
あああ、でも。
特に高い地位にあるわけでもない、タイタニアやワギャンだけに俺が家を作ってしまうのもよろしくないんだよな? きっと。
「ううんー。あれ?」
考え事をしている間にみんな既に集会場からいなくなっていた……。
◇◇◇
――翌日昼。
えー。ただいま、ウネウネの現場に来ております。
正方形の我が土地にはウネウネと俺の二人っきりでルンルン気分……なわけねえだろ!
一日経過したウネウネは昨日に比べ目に見えて動きが鈍っている。出口とする二マスはプライベート設定からパブリック設定に変更済みだ。
あとはウネウネが出口に向かって頭から進んでくれれば、長弓を構えたタイタニア、クラウス、彼の部下一人の三名によって串刺しになる予定である。
しかし、ウネウネは何かを察したのか出口から出て行こうとしない。ま、まあ。明らかに弓を構えて狙われてるって分けるしな……。
そんなわけで、誠に遺憾ではあるが俺がここまで出張って来たってわけなのだよ。諸君。
ぺたっと手のひらでウネウネの首元に触れてみる。
うわあ……いもむしに触れた感触が手に伝わってくるうう。ぷにぷにとしてそれでいてしっとりとしたこの何とも言えない不気味な手触り。
生暖かさが伝わってくるのも怖気を誘う。
一度、ウネウネを閉じ込める時にも両手でこいつを押し込んだんだ。
二度と触りたくないという感想だったがな……。
まさか再びこいつに触れることになろうとは。
「兄ちゃん、いつでもいいぜ!」
クラウスの陽気な声が聞こえてくる。
分かってる。やります。やりますってば。
やりゃいいんだろお。
両手を前に突き出し、一歩踏み出す。
俺の動きに合わせてウネウネが押し出されるように動いていく。
慎重に、ゆっくりと……俺自身が我が土地から出ないように……。
もし出ようものなら、矢に当たらないまでもこいつの唾液に溶かされる可能性が高い。
昨日に比べたら奴の口から漏れ出す唾液の量が半分以下にはなっているけど……濃硫酸をかけられるようなもんなんだ。
少しでも頭からかぶったら大けがすることは必至。
「俺がいいというまで、(矢を)射らないでくれよ!」
一応、確認のためクラウスへ向け叫ぶ。
「おう! 分かってるって!」
あと二歩ってところだな。
一歩……少しだけウネウネの頭が外にでた。
もう一歩進むとウネウネの頭が俺の歩幅分更に前に出る。
もうちょかな。
微調整……よし。
素早くウネウネから離れ、クラウスへ合図を出す。
「いいぞー!」
「んじゃ、射つぞ」
言うや否や、クラウスら三人は一斉にウネウネの頭に向け矢を放つ。
シュルシュルと一直線に矢が飛んで行って、見事ウネウネの頭に矢が突き刺さった。
ガラスをすり合わせたような鳥肌が立つ悲鳴をあげ、どおんとウネウネはその場に倒れ込む。
びくびくと大きく震えた後、ウネウネは動かなくなった。
「倒したのかな?」
クラウスらに呼び掛けると、今度はタイタニアが返事をよこす。
「うん、もう大丈夫だよ」
タイタニアは「やったね」とばかりに可愛らしいガッツポーズを行いながら、花の咲くような笑顔を見せる。しかし、俺はとてもじゃないけど「倒した、やったぜ」なんて気分にはなれねえよ!
絶命したウネウネの円形の口からは唾液が垂れて地面が煙を上げているし、突き刺さった矢からは毒々しい濃い緑色の体液が……。
直視するに堪えがたい光景だよ。
『良辰。食べていいっすか!』
げんなりしている俺の頭上にウネウネを倒したことを嗅ぎつけたハトが呑気な声で叫んだ。
もう勝手にしてくれよ……。
ガクリと膝を落とす俺なのであった。あ、膝にウネウネのお肌が触れちゃってる……。
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