第61話 外はやはり危険だ……
「……というわけで、ヨッシーの獅子奮迅の活躍によりジャイアントワームは封じ込めた。後は彼の恐ろしくもおぞましい実験に使われると報告を受けている」
一息で全て語り終わったマルーブルクは、優雅に紅茶を口につける。
彼は分かりやすく区切りをつけながら喋ってくれるので、とても復唱しやすい。だからこそ、最後の嫌らしい言葉までそのまんま復唱してしまったよ。
「なるほど。了解しましたぞ」
リュティエが渋く頷いてしまってるじゃねえか……。でも、残念だったなマルーブルク、そしてクラウスよ。
君たちの野望はすぐに潰えるのだ。
「そのことなんだけど。明日の昼前に討伐してしまいたいんだ。作戦はクラウスへ伝えているので後から聞いてほしい」
ふふふ。
あれ? 反応がないな。
「兄ちゃん。俺と俺の部下がそっちに行く。タイタニアもな」
グッと親指を突き出してウィンクしてくるクラウスである。
あれ? 何この俺がウネウネを放置せず討伐しに行くと知っていた感……。
「どうしたんだい? 討伐するとキミから申告があって嫌だと言う理由はないよ」
むしろ喜ばしいと言った風に天使の微笑みをこちらに向けるマルーブルク。
しかし、彼のティーカップを持つ手が僅かに震えているのを見逃さなかったぞ。
彼は最初からすぐに討伐するってことをほぼ確信していたに違いない。「恐ろしくも、おぞましい」とか、からかって言っただろ……。
「むうう」
思わず不満な声が漏れてしまった。
それに対し、クラウスが渋い顔で困ったように肩を竦める。
「兄ちゃんがタイタニアの作戦を話した時から、そのうち討伐すんだなって思ってたしな。驚くことじゃあねえさ」
フォローしてくれているんだろうが、いちいちカッコよく決まっている仕草が恨めしい。
「そ、そうだな。うん」
この議題はこれで終わりだ。
さあ、次に行こう次。
ワザとらしく両手をパンパンと叩いて、紅茶をごくごくと一気飲みする俺であった。
マルーブルクとリュティエに目配せすると、二人とも右手をあげ議題がまだあることを示唆する。
「マルーブルク殿からどうぞ」
リュティエの発言を復唱すると、マルーブルクは「ありがとう」と感謝の意を伝え両手を顎の前で組む。
「ボクたちは草原へ進出するにあたって、多少は土地の調査をしてきたんだけど」
マルーブルクはそこで言葉を切り、彼にしては珍しく眉間に皺を寄せた。
彼は「ふう」と大きく息を吐いた後、言葉を続ける。
「情けないことに、正直言って調査が甘かったと言わざるを得ない。グバアのことも、この地のモンスターのこともだ」
「ジャイアントワームのことも想定外だったのかな?」
マルーブルクへ俺が質問を被せると、彼は組んだ手を離し人差し指を立て横に振った。
「ジャイアントワームは予想の一つだった。公国でも稀に出るからね」
「あんなのがどこにでもいるのかよ……」
戦慄していたら、マルーブルクは首を振り知的な光を宿した大きな目をリュティエに向ける。
「ここのジャイアントワームは公国で出るそれに比べ、二倍近くの大きさがあったんだ」
マルーブルクは立ち上がり、リュティエとワギャンへ頭を下げた。
これに驚いたのは護衛の二人だ。しかし、さすがは優秀なマルーブルクの腹心だ。
二人はすぐに硬直から立ち直り、立ち上がってマルーブルクと同じように頭を下げたのだった。
「リュティエ、ワギャン。獣人側が持っているこの地固有の災害やモンスターの情報を教えてもらえないだろうか?」
マルーブルクの言葉を復唱すると、リュティエも立ち上がって彼に頭をあげるよう身振りで示す。
「持ちつ持たれつですぞ。もっとも、ふじちま殿にかかればどのような困難であっても紙切れ同然ですがな。ガハハ」
そこの虎頭。自信満々に豪快な笑い声をあげないでくれないかな……。
ほんと、「ガハハ」じゃねえって。
いや……我が土地の中にいさえすれば、どのような災害が来ようが平気だろう。
地震、火山の噴火、果ては空から隕石が降って来ても大丈夫だ。
しかし、災害の後に住人の皆さんがちゃんと食べていけるだけの食料を確保できるかどうかは別問題なんだよね。
もし、マグマで農地も牧場も燃えてしまったら、後は不毛の土地が残るだけだ。地震で大きな断層ができてしまったら、分断されてしまうし。
あああああ、考えたらキリがない。
不安を振り払うように頭をブンブンと振る。
「ヨッシー、リュティエは何と?」
「あ、ごめん。すぐに復唱するよ」
ガハハを除きリュティエの言葉を復唱すると、マルーブルクは「ありがとう」と屈託のない笑みを浮かべ感謝の意を述べた。
「では、草原と一口に言いますが、様々な地形があるのはご存知ですかな?」
リュティエの問いを復唱する。
「うん。ここは大草原の南端付近に当たる。ずっと北に行くと海がある。川の下流域には大湿地帯があることは調べたよ」
「それでしたらご想像がつくやもしれませぬが、ここは草原地帯といえども乾燥した土地は少ないのです」
「地下に水脈があるのかもしれないね。ヨッシーの蛇口があるから井戸を掘っていないけど、深く掘らずとも水が出そうだね」
「その通りですぞ。して、春が過ぎ初夏が訪れる時には雨季になるのです」
二人の言葉をずっと復唱し続けていたら、喉が渇いてイガイガしてきた。
紅茶を飲んで喉を潤している間にもリュティエの説明が続く。
日本の梅雨とは違うみたいで、草原の雨季は激しいスコールが何日も降り続くそうだ。
スコールが続く間は、普段湿地帯にいるようなモンスターや動物が草原にまで進出してくる。
アマガエルみたいな可愛いものだったらいいんだけど……異世界は巨大な生物が多いから、二メートルのイモリとか来たら精神的に来るものがあるな。
「かいつまんで話すから、少し待って欲しい」
「分かりましたぞ」
リュティエのここまでの説明を簡潔にマルーブルクらに伝えると、彼は机を指先でコツコツと鳴らしながら呟く。
「農業も雨季を見越してやらなきゃならないね。今から初夏までに一度収穫できるものを。スコールが終わり夏になったら次の作物かな」
「マルーブルク様。作物についてリストを作成しておきます。収穫までにかかる時間と生育時期でよろしいでしょうか?」
さすがフレデリック。動きが早い。
対するマルーブルクは少し思案してから、彼の質問へ返答した。
「うん。もう一つ、湿地で育つ作物もリストに入れておいて欲しいかな。クリスタルレイク周辺でよく育つ作物とかね」
「承知いたしました」
フレデリックは惚れ惚れする優雅な礼を行い、マルーブルクが着席するのを待ってから自身も腰かけた。
「んん。だったら、あれも出るのかなあ。楽しみ」
ずっとみんなの発言を聞いていたタイタニアがぽやあんと口元を緩ませながら独白する。
一体何を想像しているんだろう? 彼女のことだから食べ物だと思うんだけど。
「出るかもしれないね。少し長くなってしまったから、次回また聞かせてもらってもいいかな?」
「もちろんですぞ」
マルーブルクの言葉を復唱するとリュティエも了承の意を示す。
そんなわけで、議題を一旦打ち切ったのだった。
俺はタイタニアがボソッと呟いた「あれ」が気になって仕方ないんだけど……。何が出るんだろう。
しかし、この後のひらがな学習によって、俺はタイタニアに聞こうと考えていたことをすっかり忘れてしまうのだった。
聞いておけばよかったと後悔するのは、スコールが来てからのことである。
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