第58話 押し進む
少し移動しただけなのにウネウネの動きが何故か鈍る。
何を基準に奴は目標を定めているのかなあ。
「タイタニア。もう一発頼む」
「うん!」
ロングボウへ矢を番えやすやすと引き絞ったタイタニアは、ウネウネへ狙いをつけ……矢を放つ。
先程より距離が短かったこともあり、元から刺さっている矢の近くに二射目がブスリとヒットした。
――アアアアアアアアア!
今度は耳を塞いでいたから、さっきより衝撃は少ない。咆哮が止んだところで耳から手を離す。
その時ちょうどウネウネは、俺たちが立つ北側と対面に位置する南側から正方形の中へ入って来た。
よし。狙い通り。
「こっちに来るよ!」
「このままここに待機だ」
うまく全身が入ってくれればいいんだけど。
や、やべえ。
下準備が抜けていた。
慌ててタブレットを出し、タイタニアの名前をアクセス一覧に登録しておく。
もちろん正方形は現在パブリック設定だ。ウネウネに入ってきてもらわないことにゃ話が始まらないからな。
ポタリ
ん? 何か俺の頭に水滴が。
「ぎょえええええ!」
呑気にタブレットを見ている場合じゃあなかった。顔をあげたら視界がサーモンピンクに染まっている。
更に頭を上へと向けると、円形の可愛らしいお口からだらだらと鋭い牙を伝って唾液が垂れてきているじゃあないか。
さっきの水滴はこいつの唾液だったのかよ!
手を頭に当てると、ヌルヌルしていた……。しかも超絶に生臭い。
「ぜ、全体が入ったのか見えん」
ウネウネがちゃんと正方形の中に入り切ったのか分からん。
あれ? タイタニアがいない。
「先っぽがまだ外に出ているから、押すよ!」
サーモンピンクの壁の向こう側からタイタニアの声が聞こえる。
いつの間にやら反対側に回り込んでくれたようだ。
「頼む!」
こんな巨体が動くのかと思うだろう?
それが動くんだよな。
ウネウネが俺が立つ側にも出て来すぎだ。なので、もう少し中に移動してもらわねえと。
俺は正方形の枠ギリギリに立っている。
ウネウネは俺の目と鼻の先にいるもんだから、まるで視界が効かないってわけだ。
右手を前に出すとむにゅっとサーモンピンクの壁を押す形になる。
さほど力を込めずただ前へ一歩踏み出すだけで、ウネウネは俺の進んだ距離の分だけ後ろへズズズっと引きずられるように動く。
すごく奇妙な光景に見えるかもしれない。巨大なウネウネが矮小な俺の手のひらごときで押されているなんてさ。
でも、これが我が土地の中の仕様なのだ。
コンピューターゲームを想像して欲しい。NPCがいるところへ移動しようとするとズルズルとNPCを押しのけるだろう? NPCと重なることができないから、押しのける。
あれと同じで、我が土地の中では押し込むとあっさりと動いてしまうんだ。対策はもちろんある。
それはとても単純なことで、押し返すだけだ。
だが、知性が無いウネウネがそのような理性的な行動をとるはずもなく。
普段は巨大故に誰かに押されてあっさりと動くことなぞ無いから、本能にも押し返すってことは刻まれていない。
つまりだな。
俺が押して移動するに合わせて、ウネウネは動かしたいように動いてしまうってわけだ。
正方形の外枠からウネウネを押し込むようにして、外枠だけをプライベート設定に変えていく。タイタニアへのアクセス許可も忘れずにね。
一周回ったところで、完了だ。
「タイタニア、ご協力ありがとう」
「ううん」
「これでこのウネウネはここから出ることが叶わない。地面に潜ることも……あ!」
急いで地面を土から大理石へ変更する。
「一瞬で大理石に変わっちゃった! いつもすごいね、フジィの魔術」
足踏みしながら、タイタニアは切れ長の目をぱちくりさせた。
子供っぽく両手を広げる仕草のおまけつきで。
「よし、これで一旦は封じ込め完了だ」
「ん?」
「この正方形の外側はタイタニアと俺にしか入ることができない。中は誰でも入ることができる」
「おー! そういうことね!」
つまり、正方形の外枠だけプライベート設定にして、中はパブリック設定のままってわけなのだ。
傷をつけることはできないけど、ウネウネは地面に潜ることも外に出てこともできなくなった。
じゃあ、倒せないじゃないかと思うかもしれない。
大丈夫だ。
ウネウネはミミズと似たような性質を持つってタイタニアが言っていた。
ならば――。
「このまま、しばらく放置していたらウネウネは乾燥して干からびるよね?」
「ど、どうかな……ミミズみたいに乾燥するまで地面に潜らせず……なんてことをしたことがないの」
「そ、そっか……しばらく放置してみよう」
「うん! このままでも被害はないし! もし倒したいんだったら、わたし、いいこと思いついちゃった!」
「へえ。どんな手なんだ?」
「うんとね!」
白い歯を見せて笑顔で語るタイタニアだったが、屈託のない笑みとは裏腹にえげつない作戦であった。
二マスだけプライベート設定を解除して、頭だけ出て来たところで一斉に矢を射かける。
出て来る場所が決まっているし、ウネウネの身体の太さに合わせた分しかプライベート設定を解除していないからウネウネは真っ直ぐに出る以外できない。
「一斉射撃で打倒できるなら、いい作戦だな」
「十射くらい頭に集中したら倒せるよ」
「そ、そっか……しばらく放置しておいてダメそうなら、射撃でいこうか」
「うん。あ」
「ん?」
「フジィの頭にジャイアントワームの唾液がついてるよ!」
うん、そうなんだ。
生臭くて仕方がない。額にも垂れて来て、手で拭ったら悪臭がますます鼻につき不快感この上ないんだよな。
早く洗い流したいもんだ。
「へ、平気なの?」
タイタニアが眉間に皺を寄せ、下から覗き込むようにして俺を見やる。
「体はなんともないけど……臭いが酷い」
「ジャイアントワームってどうやって地面を進むか知ってる?」
「あの立派な牙で噛み砕くんじゃ……?」
「牙も使うけど、それだけだとあの巨体じゃない」
とても、嫌な予感がする。
口元をひく付かせているのに、容赦なくタイタニアが言葉を続けた。
「唾液で土を溶かすんだよ」
「うわあ……てことはつまり、この唾液が体に触れたら……」
「じゅうじゅうと音を立てて」
「それ以上は言わなくていいから!」
よ、よかった。我が土地の中にいて。
外に出ていたら俺の頭は今頃蒸発していたな。
そういえば、「ミミズと似たようなものかな?」と尋ねた時、タイタニアは「体当たりされたら一たまりもないよ。それに……」と含んだ言い方をしていた。
「それに……」の先が唾液のことだったんだろうなあ。人の話はきちんと最後まで聞かないと……大事に至らなくてよかったよ。
「クラウスのところに一旦戻ろう」
「うん」
先ほど作った一マスの道を進み、クラウスのいる物見の前までテクテクと歩く。
心なしか、タイタニアとの距離が行きより離れている気がした……。そんなに唾液が嫌なのかよ。分からなくも無いが、少しへこむ。
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