第57話 避難
「うおおおお! なんじゃあれは!」
北の端に到達し、東に折れて進むとすぐ大きなウネウネした何かが視界に入る。
ここからでも薄っすらと見えるってことは相当な巨体だぞ。
自転車を停めて双眼鏡を使いたいところだけど、先に物見まで行った方がいいだろう。それにしても……あいつは尋常じゃない。
どうやってあのウネウネを無力化するかを思案しつつ、北の物見まで到着した。
「よお、兄ちゃん! 助かってるぜ」
物見の前で腕を組んでいたクラウスが片手をあげこちらに向け手を振る。
「お、おお? 何かしたっけ?」
「避難だよ。避難。兄ちゃんの作ってくれた全ての物見と『退避所』も使ってるんだぜ」
「なるほど。物見の中は安全だけど退避所はそうでもないぞ。街の外周の中に変更した方がいい」
「お、そうだったな。退避所は設定や何かがとかだったよな」
そうなのだ。退避所は既に手狭な上に外枠を囲っただけで、パブリック設定になっている。
我が土台から踏み込まれて中に入られたら、外と変わらないからな。
「ま、あそこに避難したのは最初からいた元兵士達だし対処できるだろ」
「あのウネウネはかなりの強敵なのか?」
「ん、物見まで奴を誘引して、弓でやっちまえばヤレるな」
「でも物見の中は、非戦闘員の住民の皆さんがぎゅうぎゅうなんだよな?」
「そうだが、ここに出てもらえばいいんだろ? さっき兄ちゃんが外周なら安全って」
「うん。だけど、道から外に落ちないように注意して欲しい。ウネウネに押されても押し返して耐えるように」
侵入されても我が土地の中ならば、誰も傷つかないし傷つけることができないんだ。
パブリック設定だからウネウネが中に入ってきて、驚いて外に出てしまったら……大けがを負ってしまう可能性がある。
まずは状況把握しよう。クラウスがここを取り仕切ってくれているし、俺は俺で動く。
双眼鏡を手に取り、二百メートルほど先に見えるウネウネを覗き見る。
「うわあ……」
完全に地面から出てきてはいないが、巨大なミミズぽいウネウネしたモンスターが地面を這っているじゃあないか。
サーモンピンクのテカテカしたお肌にミミズのような節が差し込んでいて、細長く足の無い胴体を持っている。
だが、顔の部分はミミズとは完全に異なり、ヌタウナギのような円形の丸い口がぐばあと開いていた。
口の周囲は鋭い牙が並び、この口を使って地面を掘り進み獲物ごと吸い込んじゃうのかなあ。
それにしても巨大だ。
胴体の太さは直径八十センチくらいで地面から出ている部分だけで長さは軽く八メートルを超える。全長は十メートルから十五メートルくらいあるかもしれないぞ。
あれを。
弓矢で。
仕留めるの?
想像するだけで身震いしてしまう。
おっと、ウネウネに注目し過ぎて肝心なことを見ていなかった。
逃げ遅れた人がいないか、双眼鏡を左右に向け人影を探す。
「大丈夫だぜ。兄ちゃん。全員の避難は完了している。元兵士の数が多いからな。その辺はすぐに対応できるんだ」
「それはよかった。今後、住人が更に増えたら怖いな」
「その時はその時だ。農家の奴らだって、モンスターを倒せないにしても逃げることくらいは慣れてるだろうさ」
嫌すぎる。ノンビリとクワを振るうことさえできないのかよ……とんでもねえよ異世界。
タイタニアは「何もできないんだ……」とか言ってたけど、この世界はどこにいても戦闘能力が必要なんじゃないの?
なら、彼女はいつだって役に立つじゃないか。
双眼鏡から目を離したところで、いつの間にか隣に立っていたタイタニアと目が合う。
「あの子は大物だよ。一人じゃあ倒せないかな」
「戦うの? あれと?」
「放っておくわけにはいかないじゃない。ね、クラウスさん?」
にこやかにタイタニアが顔を向けると、クラウスは困ったように頬をぽりぽりと掻きながら頷きを返す。
「んだなあ。こんだけ兵士がいたら、まあ倒せるっちゃあ倒せるが……」
「そんな簡単に討伐できるもんなの? あれ?」
「いや、普通にやるとあれだけの大物となれば強敵だ。でも、ま、今回はお前さんの『安全地帯』もあるからな」
「怪我人を出したくない。俺も手伝っていいか?」
「お前さんが手伝ってくれるなら大歓迎だぜ」
さて、そうは言ったもののどうやって倒すか。
「あれって巨大になっただけで、ミミズと似たようなもんだと考えてもいいのかな?」
「うん。でも、体当たりされたら一たまりもないよ。それに……」
そらそうだよな……。
しかし、タイタニアがさっきからずっと笑顔で怖いんだけど。
「どうしたの?」
「いや、何だか嬉しそうじゃないか」
「そうでもないよ。怖い顔をしていたらさ、みんなしんどくなっちゃうから」
「なるほど。明るく振舞ってくれた方が確かに……気分は軽くなるな」
どうしたもんか。
双眼鏡から再びウネウネの様子を確かめる。
どうやら積極的に人へ襲い掛かるってわけでもなさそうだ。だけど、今や完全に地面から体全体が出てきているな。
全長はおよそ十二メートルってとこか。
よし。この作戦でいくか。
ポンと手を叩く。
「お、行くのか?」
クラウスが興味深そうに尋ねてくる。
「タイタニア、クラウス。どっちでもいいんだけど、弓を扱うことはできる?」
「わたしがやるよ。フジィのお手伝いをしたい!」
「ありがとう。身の危険はないから安心してくれ」
「危険があってもいいよ!」
俺が困るんだってば。
目の前で人が傷付く姿なんてもう見たくはないよ……。
◇◇◇
物見から南へ一マスの道を三十メートルほど伸ばし、そこから一辺が二十メートルの範囲を全て購入し我が土地にする。
「正方形」の我が土地の南端に弓を持ったタイタニアと一緒に立って、ウネウネを指さす。
「タイタニア。ここからならウネウネまで矢が届くか?」
「当てるだけなら大丈夫だよ」
「おっし。ウネウネに矢を当てて、ここへ誘引して欲しい。この中なら例えウネウネに体当たりされても平気だから、安心してくれ」
「うん!」
タイタニアが持つ弓は、弦が彼女の身の丈ほどもあるロングボウと言われるモノになる。
ロングボウは射程距離が長く威力も大きいのだが、その分弓を引くには相当な筋力が必要になるんだ。
その昔、地球でも使っていたことがあったが、習熟は困難を極めたという。大の男でも弦を引くのが大変だったのだから。。
大丈夫かな? とタイタニアを見やると、彼女はにこおっとひまわりのような笑みを浮かべ弦に矢を番え、あっさりと引き絞る。
苦しそうな様子もなく、狙いをつけ矢を握った手を離した。
彼女の手から離れた矢は一直線にウネウネへ飛んでいき、円形の口がある少し上あたりにスコーンと突き刺さる。
「おおお、すげええ」
「うまくいってよかった!」
タイタニアとハイタッチをした時――。
――アアアアアアアアア!
とウネウネから耳をつんざくものすごい咆哮がなり響いた!
その場で狂ったように暴れまわるウネウネだったが、すぐに矢を放ったタイタニアを見つけると、一直線にこちらへと迫ってくる。
ウネウネ、ウネウネと蛇行しながら進むその姿に怖気が……。
「よっし、こっちに来るぞ。移動しよう」
タイタニアの手を引き、正方形の北端まで移動する。
後は、ウネウネが正方形の中に入るのを待つのみだ。
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