第56話 ミミズ?
――グルルルルル。
クーシーに触れようと手を伸ばしたら、ものすごい威嚇されておられる。
このまま触ったら噛みつかれそうな勢いで……。
「ラオサム。ふじちまは敵ではない。落ち着け」
ワギャンがクーシーの背を撫でると、途端に大人しくなりグルグルとご機嫌に喉を鳴らし始めた。
で、では。改めて。
再びクーシーへ手を伸ばす。
今度はくわっと振り向かれ目が合うが、ワギャンがクーシーの首元を撫でると気持ちよさそうに目を細め警戒してピンと伸ばした尻尾がふにゃあと地面に垂れた。
そっと、お尻の上あたりの毛並みに触れる。
お、おおお。見た目通り、柔らかで最高級の手触りだ。
力を入れずとも、手の平が完全に沈み込んでしまう。
ゆっくりと手を動かし、そのまま撫でる。
ワギャンが抑えてくれているからか、クーシーは特に嫌がる様子を見せず俺に撫でられるままになっていた。
「ありがとう」
クーシーから手を離し、ワギャンへ礼を述べる。
「いや、ふじちまあってこそだ。ラオサムをいただけたのもな」
「そのクーシーはラオサムって名前なんだよな」
「そうだ」
興奮していてさっきアクセス許可を設定した時にちゃんと見ていなかった。
クーシー族のラオサムだな。覚えた。
「しかし、馬ではなくクーシーに騎乗するんだな。オークは豚のような乗り物に乗っていたし」
「パイアのことか? オークの体重を支えることができるのはパイアだけだ」
パイア……また神話の名前に変換されたな。
パイアとはギリシャ神話に登場する伝説上の猪の名前だ。別名クロミュオーンの猪とも呼ばれる。
「マッスルブもパイアを飼育しているのかな?」
「彼も今回新たにパイアを褒美として受け取った」
「そっか。また今度マッスルブに頼んで見せてもらおうかな」
クーシーほどは惹かれないけど、パイアはパイアで興味深い。
「先ほど馬と言ったが、ふじちまは馬に乗るのか?」
「いや、俺は自転車だな。馬に乗る技術は持ち合わせていない」
乗れと言われても、振り落とされて地面に叩きつけられる自信があるぞ。
「虎族やウサギ族といった人間並みに背の高い種族は馬に乗ることもあるが、飼育に費用がかかる馬は余り好まれないな」
「クーシーとパイアで充分ってところかな」
「そうだな。特にクーシーは僕たちにとって欠かせない狩りのパートナーでもある。騎乗できるのは僕たちコボルトだけだけどね」
「リュティエとかは乗らないの?」
族長なのに。
「彼やお前では体が大きすぎる。クーシーに乗ると足がつっかえるし、重た過ぎて速度も出ないしクーシーの体力もすぐに落ちてしまう」
「そういうことか」
確かに言われてみればそうだよな。
いかなポニーサイズとはいえ、体形は犬のままなんだ。馬に比べると遥かに足が短い。
ワギャン一人が乗ってちょうどといった感じだものな。残念ながら、俺が乗ることは難しいようだな……。
夢の犬への騎乗は諦めるとするか。
「すまん、ワギャン。引き留めて」
「いや、それほど忙しくはない。他の人の家建築の手伝いをするくらいだからな。今日と明日はリュティエから休みをもらっている」
「それならよかった」
休みをもらっていても他の人の手伝いをするのかあ。
いつまでも草原に簡易テントじゃさすがにしんどいものな。
「ふじちまは何かやろうとしていたのか?」
「うーん、急いでいるわけじゃないけど牧場か農場を見に行こうかなと思ってた」
「牧場はまだ手付かずだ。放し飼い状態になっている。鶏は卵を産みはしているが……」
「おお、鶏はこの地に馴染みそうなのか」
「まだ分からない。しかし、気候もそれほど変わらないし、鶏は強靭だ。おそらく問題ない」
「他もいるんだよな」
以前ワギャンから、鶏以外にも羊、鶏、ダチョウ、草食竜などなどを飼育していると聞いた。
近く全種類見に行きたいな。
「ふじちま。見るだけなら公園の前まで連れて来る」
よほど物欲しそうな顔をしていたのだろうか。ワギャンが素敵なことを提案してくれた。
「それは、ぜひとも見たい。そうだ。いい機会だしタイタニアも呼ぼうか」
動物を見ながらだと会話も弾むと思うし、言葉を学ぶにはもってこいだ。
動物の名前から入るのもいい。
「そうだな。僕も同意見だ。昼過ぎにまた来る」
「分かった」
ワギャンは再びクーシーのラオサムへ騎乗し、テラスから立ち去って行った。
「じゃあ、少し早いけどお昼にするかな」
っと、その前に。
公国側に足を伸ばし、そこら辺にいた人へタイタニアの手が空いていたら呼んでもらうように頼んでおく。
◇◇◇
タイタニアがもしすぐに来たら一緒にお昼にしようかなーなんて呑気なことを考えながら、タブレットのメニューを見ていると……。
ハトが空から降りてきた。
『パネエッス! まじパネエッス!』
「どうしたんだ? パネエじゃわからねえ!」
『ミミズが出たんすよ! ヤベエッス!』
「そらミミズを食べに行ってたんだから、当然だろう?」
意味が分からねえとハトを右手でシッシとする。
そこへ、悲鳴に近いタイタニアの声が俺の耳に入った。
「フジィ! 大変なことが!」
息を切らしたタイタニアがテラスまで駆けてくる。彼女は余程急いでいたようで、テラスの手すりへ右手を置き大きく肩を揺らしていた。
「どうしたんだ?」
「ミミズが出たの!」
「え?」
思わずハトの方へ顔を向けると、奴の狂気の瞳と目が合う。
『だから、ミミズっす!』
「分けが分からん。ミミズが何だってんだよお!」
頭を抱えて叫ぶと、察したタイタニアが捕捉してくれた。
「通称ミミズ。正式名称は確か……ジャイアントワームだったかな。とにかく見た目は巨大なミミズなの」
「そいつは一大事だな!」
先に言ってくれよ。
ミミズばかり連呼するから、土を掘り返した時にいるあの小さなミミズしか想像できなかったぞ。
「ハト、案内してくれ。タイタニアはまず息を整えてから動いて」
『了解っす!』
「もう大丈夫。フジィの後ろから走っていくから」
テラスの脇に停車させてある自転車にまたがり、ハトを前カゴに乗せて発進する。
こいつ……本当に大きくなったよな……もう少し大きくなると視界が遮られてしまうほどだ。
『こっちっす!』
「おっけ」
北か。
俺は我が土地になっている道以外通る気はない。となると中央の道をそのまま北だな。
「フジィ、北のゲートから南へ少し行ったところよ」
自転車をこぎ始めるとすぐに後ろからタイタニアの声。
「了解。じゃあまずは北のゲートを目指す」
『そこまで行けば分かるっす!』
前カゴに腹回りをつっかえたハトが元気よく応じる。
間抜けだが、少し可愛いと思ってしまった俺は……いや、今はそんなことを気にしている場合じゃねえ。
首をブンブンと振り、自転車を漕ぐ足へ一層の力を込めた。
「フジィ、わたしに気を使わなくていいから、もっとスピードを出していいよ」
「これ以上は(スピードが)出ないかな……」
いつの間にか並走していたタイタニアへ冷や汗がたらりと額から垂れる。
そのペースで走って体力が持つのだろうか……。俺なら百メートル以内でバテテ歩く自信があるぜ。
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