第55話 騎乗できる狼さん!
「ふんふんふーん。ららららー。ふんふんふーん」
鼻歌を口ずさみながら、テラスに並ぶ観葉植物へ「はやく花が咲いてくれよお」なんて念じながらジョウロで水をそれぞれにかけていく。
お、何の花なのか分からないけど紫色のつぼみができているじゃないか。
鉢の前でしゃがみこみ、つぼみをつぶさに観察する。
「む、むむむ」
明日には咲くかなあ。楽しみだ。
その時、ハトがばさばさーと翼を羽ばたかせて俺の隣に降りて来た。
奴が降り立つ時に思った以上に風圧がきて少しビックリする。
日本にいる時も、ハトが近くで飛び立つと結構な風を感じるんだよね。
しっかし、こいつから来る風圧はそんなものの比ではない。つま先立ちでしゃがんでいたから、転びそうになったくらいだもの。
『こんにちはっす!』
「相変わらず元気だな」
『今日もミミズを食べてきたっす!』
「おお、畑の様子はどんな感じなんだ?」
『見に行くといいっす! 結構草を取り除いたっすよ』
「おお、道を作らないと観察するにも……あ、物見からなら見えるかもな」
『うっす! ところで、良辰。食べないんすか?』
「何を?」
ここに食べ物なんてねえぞ。実がなる植物は置いているけど、まだまだかかりそうだし。
「おい!」
『何すか?』
ハトの奴が紫色のつぼみをコツコツと突っついているじゃねえか。
「それは食べ物じゃない! 俺が大切に育てている花だ」
『食べないんすか?』
「食べねえよ!」
油断も隙もあったもんじゃねえ。
クラウスから聞いたけど、ハトは開墾で大活躍しているらしい。あの強靭な嘴で狂ったように地面を突き倒して草を引っこ抜いてしまうという。
本人は単にミミズをほじくりかえすために頑張っているそうだが、クラウスたちからしたら大助かりだと。
毎日朝から晩までミミズを食べ続けているからか、産まれた時に比べ既に二回りくらい大きくなっている。
一体こいつ、どこまで大きくなるんだろう?
『何すか?』
「また大きくなってないか?」
『うっす。まだまだ成長途上っすから!』
「マジかよ。パネエな」
『そうでもないっす! これからが本番ですから』
「人は絶対に喰うなよ」
『食べるわけないっすよ。何言ってんすか。僕の主食は虫です』
ハトと目が合う。
奴の瞳は狂気に満ちていた。もし、街の人に被害を及ぼしたら、追放するしかないよな……。
「本当に虫しか食べないんだな」
『花も食べるっす』
こらあ! やっぱり俺の大事な花を食べようとしていたんじゃないかよ。
「ここにある花は食べるなよ!」
ハアハア……こいつと喋ると疲れて来る。
ま、まあ。大丈夫だろ。きっと。たぶん。
『じゃあ、またミミズ食べに行ってくるっす!』
頭を抱えていたら、いつの間にかハトはいなくなっていた。
ミミズって農地に必要なんじゃなかったっけとふと思うが、異世界のことは俺の常識では計れん。
しかし、面倒だからぞんざいに扱っていたハトが、今後まさかの大活躍をすることになろうとはこの時の俺はまだ知らなかった。
突然のハトに少し面食らったけど、公国の畑とか獣人の牧場は見に行きたいところだよな。
まだ住む家さえままならない状態だから、それほど進んでいるとは思えないけど……。
「いや、家畜はいるだろ!」
種を植えて育てる植物と異なって、家畜は外から持ち込んで育てないとどうにもならない。
牧場が整えられていないにしても家畜はどこかしらに集められているはずだ。いや、それぞれの住人が少数ずつ持ち込んでいるのか?
家の建築風景を見ている時には見かけなかったんだよなあ。物見を建築しに行ったときはまだ住人の移動中でよくわからなかったし……。
考え始めると気になってきていてもたってもいられなくなってきたぜ。
「そうだ。家畜を探しに行こう」
と、その前にコーヒーブレイクしてからにしよっと。
◇◇◇
リビングでコーヒーを飲みながら、俺は一つ重大なことを思い出してしまった。
展望台っていらなかったかもしれない……。いや、あれはあれで双眼鏡を使って青空の元、観察するからいいんだ。
そう、俺が忘れていた存在――それは、テレビである。
ここへ来た当初、テレビで外の様子を伺っていたじゃないか。
藁ぶき屋根の家と同じで新居にも大型テレビが備え付けられている。
こいつの電源を入れてリモコンを操作することで、自分の自宅から見下ろし型ビューで風景を観ることができるのだあ。
さて、自宅と表現したが、その範囲はどこまでになるのだろうか?
答えは簡単。
我が土地が対象範囲だ。
つまり、公国側と獣人側の双方にある物見も、街の外壁として準備した長い長い直線の道も我が土地というわけで……。
試しにテレビをつけて、自宅がある上空を映し出してみた。
リモコンを手に持ち、屋根の上から「ういいいん」と上空へ俯瞰していくと、一定の高さまでいったところで停止する。
「高さは五十メートル上くらいまでが限界のようだな」
前後左右には三十度くらいまで傾けることができるから、相当な範囲を見渡すことができた。
しかし、双眼鏡と異なり真横から見ることができないので、双眼鏡は双眼鏡で利用価値があるな。
「いいんだけど、これ……なんだか味気ないんだよなあ……」
ふうと息を吐き、テレビのリモコンを消そうとしたところで見知った顔がテレビに映り込む。
あのフサフサした茶色の毛並みはワギャンか。
な、なんだと……。
ワギャンがポニーくらいの大きさがある狼に騎乗している!
あの生物は見たことがあるぞ。
戦争の時にコボルトが乗っていた騎乗生物だ。確かオークは豚に乗っていたよな……。
こうしちゃいれねえ。
近くであの狼を見たい。
急ぎ外に出て、ワギャンへ向け大きく手を振る。
俺に気が付いたワギャンは狼に乗ったまますぐに俺の元へ駆けてきてくれた。
素早く狼へアクセス許可を出し、ワギャンに狼ごとテラスに入ってもらう。
「どうした? ふじちま」
「そ、その狼は?」
手をワキワキさせながら、ワギャンに問いかける。
「今回の褒美ということで、リュティエからもらったんだ」
「褒美?」
「この地に定住できるよう動いたということで、だ」
「なるほど。そ、その狼……触れてもいい?」
ポニーサイズの狼は見た目はまんま狼なんだけど、見たことのない毛色をしている。
緑がかった青色というのだろうか? 灰色がかった緑? と表現すればいいのか。神秘的で不思議な色をしていた。
シベリアンハスキーより毛が長く、手のひらを沈めたら毛並みに隠れてしまうくらいかな。
「い、いきなりどうしたんだ? こいつは狼じゃない」
「な、なんていう名前なんだ?」
「狼より利口で狩りにも活躍してくれる。種族名はクーシーだ」
クーシー。聞いたことがある。
たしかケルト神話だかスコットランドだかに伝わる犬の妖精の名前だ。クーが犬という意味で、シーが妖精。
合わせてクーシーという。
まさか地球の神話と同じってことはないだろうけど、奇妙な縁を感じるな。
いや、違う。
俺の言葉に訳されて「クーシー」となっただけだ。ワギャン達の言葉で似たような意味があるのだろう。
その証拠に俺の知る伝説上のクーシーなら、尻尾が丸まっていてもっと巨体なはず。
そ、そんな御託はいい。
は、はやく、はやく!
「さ、触ってもいいかな?」
「か、構わないが……」
余りに必死な俺へ若干引いた様子でワギャンはクーシーから降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます