第54話 建築現場を覗き見る
「じゃあ、また明日な!」
「うん!」
テラスに出て、タイタニアと別れる頃にはすっかり日が落ちていた。
夜空には星がまたたき、赤みがかった満月が登っている。
山の中でキャンプすると街灯が無くて星が綺麗に見えるんだけど、ここから見上げる星空はキャンプ場とは比べものにならないぜ。
圧巻――その一言に尽きる。
ここに来てからこれまで外に出て星を眺めることがなかったけど、これほどの星空が拝めるのならもっと早くテラスに出てみりゃよかったよ。
でも、優雅に夜空を眺めるなんて心境じゃなかったしなあ……。
これまでにあったことを思い出し、思わずクスリと声が漏れた。
転移して最初のイベントが公国と獣人の戦争だし……何体もの遺体を埋葬して、タイタニアとワギャンに出会ったんだ。
彼らと出会わなければ、きっと今の俺はない。
もし一人孤独に引きこもっていたとしても、なんとか食いつないでいたとは思う。
しかし、ずっと孤独でかつ外の環境が常にのっぴきならないとすると、正気でいられたか甚だ疑問だ。
「当たり前といえば当たり前だけど、星座がまるで違う」
考え事をしながらぼーっと夜空を眺めていた感想としては酷くつまらないものだったが……誰に聞かせるわけでもないし気にしてはいけないのだ。
んー、月の大きさも地球のものより一回り小さいかなあ。
星と月があるってことは、この世界も惑星や衛星がある元いた世界と同じような宇宙なのか……なんて事にまで考えが及ぶ。
俺の常識が通じない世界だから、大地を亀が支えていても不思議じゃあないんだけどね。
家に戻り、ベッドに入ってからタブレットでメニューを開く。
「お、あったあった」
双眼鏡と同じカテゴリーに目的のブツが並んでいた。
ブツとは……望遠鏡だ。
残念ながら、本格的なものはメニューには表示されていなかった。注文可能なものは、小学生向けの拡大率がそんなに良くない望遠鏡だ。
でも、これで充分だよ。
別に星の研究をしようってわけじゃないんだ。
お遊びの天体観測に使うだけだから。
◇◇◇
朝日と共に目覚める。
俺もすっかり早寝早起きが習慣になってきたぜ。
夜になったら何もすることがなくなってすぐ寝てしまうから、その分朝が早い。
ゆっくりと起き上がって両手を上にあげ伸びをする。
「あああああー」
いつもの変な声が!
今日も快調快調。
立ち上がって窓の外を見てみると、はやくも動く人影が見える。みんな早いんだよなあ。
窓際で目を凝らし何をしているのかなあと様子を探ってみたら、木材かな? 何かを運んで作業している。
ちょうどいい。公園の展望台から観察させてもらうとするか!
焼きそばパンにホットコーヒーという朝食を済まし、双眼鏡を片手に公園へ繰り出す。
らせん階段を登り、双眼鏡を覗き込む。
どれどれ。
まずは公国側から見てみよう。
「お、おお」
簡易的な家を建築するのかなと思っていたけど、本格的じゃないか。
丸太のままじゃなくちゃんと形を整えた木材を四角くなるように外枠として設置。砂利をその中に敷き詰めている。
この後の工程はどうなるんだろう……双眼鏡を動かし次の段階に進んだところはないかと探してみたけど、同じように作り始めたばかりの土台だけが並んでいた。
更にグルグルと視界を右から左へ動かしていくと――。
「お、あった」
我が家から一番近いところに一際大きな建築地があるじゃないか。
ここはちょうど壁を作っているところみたいだ。この工事現場は、他と違い作業をしている者の人数が多い。
大きな箱の中に入っている白い液体は漆喰かな? レンガに漆喰を塗り積み上げていく形で壁を作っているのか。
「げ」
生意気そうな少年の姿が双眼鏡に映り込み、思わず変な声が出てしまった。
彼の姿を見て思い出したよ。そういや、俺の家から一番近いところに屋敷を作るって言ってたよな。
ここだけ作業が進んでいるのも納得だ。一番のお偉いさんであるマルーブルクから家をってことだものね。
そういや、彼から家を作って欲しいと頼まれたこともあったっけ……。結局、集会場となったレストラン風別荘の外観と内装を見た彼は、自分たちで作ると申し出たんだ。
「外に出すべき技術じゃない」と言ってね。こういう気遣いは俺にとってありがたい。
公国側はこんなところにして、今度は獣人側を観察してみよう。
くるりと体を反対側へ向けて双眼鏡を覗き込む。
ほうほう。半遊牧生活だって言ってたから、いつでも畳むことができるような大型テントのみたいな家を想像していた。
それがどうだ。丸太を組み合わせたログハウス風の家を作っているではないか。
こちらもまだ床部分がようやくでき始めたばかりだけど、地面に直接屋内用の床を作るわけじゃなく、一メートルほど高く地面から上げていた。
キャンプ場とかで見るログハウスも階段が三段ほどあって入り口の扉ってところを見るけど、完成したらそれに近い形になりそうだ。
「リュティエの家はどこかなあ」
マルーブルクと同じで族長であるリュティエの家も先に作っているはず。
お、あったあった。
完成したら他の家より三倍ほど広くなりそうだな。作りは他の家と変わらない……と思う。
まだ壁になる丸太を積み上げている真っ最中ってところだな。
マルーブルクと違い、リュティエの家は我が家から少し離れた位置にある。
彼の家は俺の家から直線状にはあるのだけど、外側の土台とちょうど真ん中辺りかな。
「あの位置にリュティエの家があるのはなんでだろう?」
リュティエとマルーブルクは我が家のすぐ北にあるレストラン風の集会場で日々会議をしている。
何かあった時もここまで報告に来ることを含めて考えると、我が家に近い方がなにかと便利だと思うんだけどなあ……。
「それは、族長の家は話し合いの場にもなるからだ」
「ん? お、ワギャン。おはよう」
「おはよう。ふじちま」
双眼鏡を覗き込むのに夢中でワギャンに気が付かなかった。
「いまそっちに行くよ」
下から見上げるワギャンへ手を振り、らせん階段を降りる。
「報告があってきた」
「なんだろう?」
「お前の家の隣に僕の家を建てる。僕たちには隣人へ挨拶をする習慣があるんだ」
「隣に引っ越してきましたワギャンです」的なやつか。洗剤とか石鹸とか持ってくるご挨拶みたいな感じだろう。
じゃあ、俺も日本の風習にのっとって隣人になるワギャンへ「引っ越しそば」でもと思ったけど、ハウジングアプリで出す食材を外に持ち出すのはよろしくないよな。
挨拶だけに留めておくとするか。
「ワギャンがお隣さんだと嬉しいよ」
「そう言ってもらえると僕も安心する」
「あ、そうだ。ワギャンに頼みたいことが一つあってさ」
「なんだ?」
タイタニアが獣人の言葉を覚えようとしていることをワギャンに告げる。
すると、彼は驚いたように目を見開くが耳をピコピコと動かして上機嫌に了承の意を示した。
「ありがとう」
お礼を言うと今度は逆にワギャンからお願いがくる。
「なら僕も学ばせてもらえないか」
「大歓迎だよ。俺が間に立って復唱するから、それを元に覚えていく感じで考えている」
「分かった。何も手掛かりがないところからより遥かによいな」
そうと決まれば、さっそくタイタニアへ伝えよう。
あ、マルーブルクにも一つ相談したいことがあるな。
夕方になったら全員「ひらがな」の練習と会議のために集会場に来るだろうし、その時に彼へお願いしてみるかな。
「ふじちま、また後でな」
「おう!」
ワギャンは手を振って、踵を返し家作りに向かう。
一方、俺はというと……テラスの観葉植物へ水をやりに行くことにした。
そろそろ満開になりそうなんだよね。ふふふ。
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