第59話 気恥ずかしい
「おおおおおおおー!」
「導師さま万歳!」
「ふじちまタウンの守り神さま!」
「おおおおおー!」
物見まで続く一マスの道がまるで花道かのように、歩を進めるたびに歓声があがる。
しかし、俺は聞き逃さなかったぞ。「ふじちまタウン」とか言った人、出てきなさい。ここはサマルカンドだと決めたじゃねえかよ。
俺の名をちゃんと覚えていて……かつ、「ふじちま」と獣人が呼んでいることまで知っているとなると、だいたい特定できてしまうんだよね。これが。
十中八、九、クラウスの部下だな。捕まえて問い詰める気はないけど……。
ううむ。こうも歓声が凄いと照れくさくなってついつい顔をそむけて背を丸くしそうになってしまう。
手を挙げて応じるまではやる必要無いけど、敬意を持ってもらうために普通に歩くくらいはしておかねばならないのだ。
「やるじゃねえか! 兄ちゃん!」
「倒せはしていないけど」
「問題ねえ。あれ(ジャイアントワーム)、どうすんだ? 魔術の実験にでも使うのか?」
そんな恐ろしいことを真剣に問いかけてくるんじゃねえよ。
ウネウネで何を実験するっていうんだよ。体液を採取して……ハトを溶かし……あ、いやいや、ダメだろ!
全く、変なことを考えてしまったじゃないか。
「あのまましばらく放置するつもりだよ。干からびてしまわないかなあってね」
「やっぱり実験に使うんじゃねえかよ! ヒュー! やるねえ。あんな大物を実験材料とはね」
確かに、やってみないと分からないってところは実験なのかもしれない。
しかし決して、ウネウネを使って何かしようと思っていたわけじゃないんだあ!
「……ま、まあ。もしダメな時は討伐を手伝ってもらえるか?」
タイタニアが先ほど思いついた案をクラウスへ伝えると、彼は愉快そうに笑い了承してくれた。
「それにしても、兄ちゃん。それ、そのまんまで平気なのか?」
クラウスが俺の髪の毛を怪訝そうな目でみやる。
「いや……先に洗ってくるよ……」
俺だって、唾液を一刻も早く落としたいんだよ。でも、報告が先だと思ったから……。
ぶすーっとしたまま、自転車にまたがり一旦家に戻ることにしたのだった。
◇◇◇
「ん?」
「うん?」
現在、我が家の脱衣場の中である。唾液が付着したジャージの上着を軽く洗面所で洗って、洗濯機に突っ込む。
お湯張りボタンを押し、あとは「お湯張りが終わりました」のコールを待つだけだ。
ここまではいい。
しかし、何故タイタニアが?
いや、ついて来るなとは言ってないし、ウネウネを討伐する際にはついて来てくれと言った。
だから、未だに彼女はついて来ているんだろうか?
「あ、あの。お風呂に入るんだけど……」
「行水だよね。井戸水は……あ、そっか。フジィの魔術で水栓があるんだったね」
「うん。この中で行水をだな」
「大丈夫? その唾液……濡れても?」
「大丈夫なはずだよ。さっき上着を水で流したじゃないか」
「心配だったから……」
なるほど。タイタニアなりに考えがあってここまでついてきてくれたってわけか。
しかし、俺が脱ごうとしているのに多少は恥じらってくれても……あ、そうか。
「もしかして、行水の時って男女関係なく?」
「うん。水を運ぶのが大変だし、一緒に入らないと水が勿体ないから。あ、でも川があるなら、若い子たちは男女別だよ?」
「確かに。水資源が豊富だったら……ならではだよな。手間を考えると水があったとしても一人一人専用の風呂で毎回お湯をはるなんて、ありえないことだよな……」
「フジィのは魔術だから! 水を生み出して自分で使ってるわけじゃない! だから、一滴の水も使わないから、もっと節約だよ」
「う、うん」
水やらの話は置いておいて、タイタニアは男女一緒に体を洗うことに慣れている。
恥じらいと唾液による危険性を天秤にかけたら、どっちが大切かなんて彼女にとって考えるまでもないってことだ。
しかし!
「大丈夫だから……あ、紅茶でも淹れて待っててくれないか?」
「うん! 一人でやっていいの?」
「もちろんだ。やり方は覚えてる?」
「バッチリだよ!」
よし。うまくタイタニアを外に追いやることができた。
別に俺の裸なんぞ見られたところで、構わないんだけど……どうせ風呂に入るならゆっくりと入りたい。
彼女が脱衣所から出て行ったところで――。
『お湯張りが終わりました』
とゴミ箱さんと同じ声が風呂場から聞こえて来た。
「じゃあ、入るとするか!」
ガラリと風呂扉を開け、中に入るとさっそく蛇口を捻りシャワーをどばばばーと出す。
頭を洗い、「さあ浴槽」へと足先を付けたその時。
『パネエッス!』
リビングから煩い声が聞こえてきた。
知らん。俺は知らんぞ。
ゆっくりと風呂に入るんだ。
鉄の意思を持って、そのまま体を湯船に埋める。
「あああああああ、気持ちいい」
◇◇◇
風呂から出てリビングに行くと……長さ二十センチ程の羽毛が大量に散らばっていた。
犯人は明らかである。
ソファーで未だにばっさばっさやっているハト以外にありえない。
「紅茶、できたよ!」
タイタニアの花の咲くような純真な笑顔も、今の俺の心を癒すなんて不可能だぜ。
すうううっと息を吸い込み、叫ぶ。
「ハトおおおお! 何やってんじゃー!」
『興奮してるんす!』
「何に興奮してんだよ」
『良辰が僕のために、ミミズを捕らえてくれたからっすよ! パネエッス!』
断じて違う。
ハトの為に俺がわざわざあそこまでやるわけねえだろうが。
ん?
待てよ。
「まさか、ハト。君はあのウネウネを食べるつもりか?」
『ま、まさか……僕の為じゃなく、良辰が自分で食べるため?』
首を前後に激しく揺するハト。目が怖い。狂気しか感じない……。
「食べるわけねえだろおお! はあはあ……」
『僕が食べていいんすよね!?』
「構わないけど……ウネウネがあの中にいる限り、傷をつけることはできないぞ」
『マジっすか! パネエッス!』
ハトは激しく翼をばたばたとさせる。どんだけ食べたかったんだよ……。
「フジィ、それなら、あれ、倒しちゃう?」
俺たちの会話を聞いていたタイタニアが口を挟む。
「んー。明日の昼まで待ってもらえるか? あんまり長い間放置しておくのもよくないものな……」
「分かった! ジャイアントワームが弱ってくれたら、もっと安全に倒せちゃうもんね」
『明日の昼っすね! 分かったっす!』
ハトは喜び勇んで開けっ放しの窓から去って行った。
後に残されたのは大量の羽毛……。誰が掃除すると思ってんだよ……。
腹が立つだけの俺だったが、タイタニアにも手伝ってもらってハトの羽毛をゴミ箱に「おいちい」させた時、奴を許す気になった。
あいつの羽毛……いつか全部むしってやろうかな。
ついつい、口元に手を当てて邪悪な笑みを浮かべてしまった。
ククク……。
横にタイタニアがいたことをすっかり忘れていて、彼女にまじまじと見られてしまう。
「なんだか、男らしい顔してるけど……どうしたの?」
「え?」
タイタニアからの突っ込みに膝をガクリと落とすという落ちまでついてしまった。
ああー。今日も平和だなあ……ははは……。
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