第51話 群衆

 ……とてもやり辛い。必要なことだとは理解したけど、それでも緊張から手に汗が滲んでくる。

 というのは、たくさんの獣人たちが俺の挙動を見逃すまいと固唾を飲んで見守っているからだ。

 中には初めて見る種族もいる。

 ウサギ耳がくっついた人間そっくりの顔つきをした獣人の美女や、直立した猫とネズミ……などなど。最初、猫とネズミが仲良く横に並んでいる姿にはクスリときたけど、今はそれどころじゃねえ。


 何が起こったのかって?

 それはだな、現在肩から下げた拡声器さんの活躍によってなのだよ。


 ワギャンと共に北側の物見建設予定地まで来た。必要な分の土地を購入したところで、彼がとある提案をする。


「なるべく沢山の者にお前の大魔術を見せたい」


 とのたまったのだ。

 彼が言うには、俺の見た目は人間で獣人たちは俺を見て敵対心を募らせる者もいるだろうと。

 リュティエとマルーブルクはお互いの住民の接触を現時点では避けている。

 そこで、俺が魔術師メイガスであるところを見せておき、要らぬトラブルを招かないようにしたいとのこと。

 力による統制は望むところじゃないんだけど、これから何度も作業を行いに獣人エリアへ来ることになる。


「お前の見た目と本質が異なることは分かっているけど、見ただけでは理解が及ばないだろう?」


 ワギャンはそんな言葉を付け加えたが、大いなる誤解だ……。

 うん、この誤解は知っていたよ。初めて会った時に彼が言っていたんだもの。

 あの当時は誤解させたままの方が良いと判断し、あえて訂正することをしなかった。

 それが今に至る。

 ふむ。彼の狙いは、俺が「人間」とは違うってことを分かってもらおうってことなのだな。

 恐ろしい魔術を見せたり、何かを強制したりするわけじゃないから……彼の提案で行ってみるか。


 そんなこんなで、公国では「住民が落ち着く前にやっちまおう」とひっそりと物見建築を行ったが、獣人の方では逆にこうやって「魔術で物見を建てる」と群衆に見せることになったのだ。


 拡声器さんを手に持ち獣人たちに呼びかけると、大きな音に驚いた獣人たちが「なんだなんだ」と続々と集まってきて……今に至る。


「フジシマ。もう集まって来る人はいないみたいぶー」


 いつの間にやら最前列にいたマッスルブが腰を下ろした体勢で何かの肉を齧りながら、俺に声をかけた。


「えー、それでははじめます。前の人は座ってくださいー。ワギャン、手伝いを頼む」

「分かった」


 タブレットを出して、カスタマイズメニューを開き格子の意匠を凝らした木の壁を一辺が五メートルの正方形になるようにセットする。

 まだ実体化はさせない。

 ここから修正が必要だからな。五メートルの長さを先に作っておけば長さを間違うことがないから、仮組ってやつだ。

 次に直系五十センチの丸太を選び、四隅に置いてみる。

 お、なかなか良い感じじゃないか。

 

 壁を二メートル、丸太を高さ十メートルまで伸ばし決定をタップ。

 

「おおおおおお」


 突然音もなく出現した壁と柱に対し、群衆から歓声があがる。


「ワギャン、入口をどこに作ろうか? 扉にする? それともゲートみたいにしようか?」

「僕は外側へ開く扉がいいと思う。この壁だと扉がないのは少し寂しいな」

「分かった。じゃあ、二階部分には窓もつけよう」


 タブレットに先ほど出した壁と柱を映しこみ、再びタブレット上で操作を開始。

 壁の一部を撤去して、代わりに両開きの木の扉を置いてみた。デザインは壁と同じだ。

 

 決定をタップしてワギャンに確認を取り、二人で扉の中へ入る。

 

「床はこれでどうだろう」


 一マスだけにこげ茶色をした木目調の床を設置してみた。

 

「外と雰囲気が似ていて良い」

「あ、少し遊んでみようか」

「ん?」


 明るい茶色と濃い茶色で市松模様を作り、実体化させる。

 

「おお、こっちのがいいな」

「じゃあ、これで行こう」


 中は公国の物見と同じような作りであったが、階段が木製だ。

 一階層ごとに十字の木の棒が入ったデザインの丸い窓を作り、屋上まで実体化する。

 

 ワギャンと屋上に出て、木製の手すりをつけてっと。

 

「こんなすぐに完成するとは驚きだな」

「いや、まだあと少し残ってるんだよ」


 丸太を更に二メートル伸ばし、黒ずんだ赤色の屋根瓦を取り付ける。

 これで五階建ての物見が完成だ。

 

「おお、屋根まで」

「鳥居の朱色を気に入ってくれたようだったから、屋根瓦も赤っぽくしたよ」

「これはまた豪華な物見だな。物見にしておくには惜しい」

「もし不都合があったら手直しするから言ってくれよ」

「分かった」


 ワギャンが手すりに掴まって、身を乗り出し外の風景を見つめる。

 彼の尻尾はもうこれでもかとパタパタと左右に振れ、興奮具合が手に取るように分かった。

 

 彼の喜ぶ様子をもっと見ていたいところだが、下に群衆がいることを思い出し……下を覗き見てみたら――。

 誰しもが口を開けてこちらを見つめているじゃあないか。

 

「この後、ここに入ってもらって大丈夫ですので、順番に押し合わないようにお願いします」


 と告げたところ、大歓声があがる。


「降りよう。ふじちま」

「うん」


 ワギャンと共に階段を降り外に出たところで、マッスルブにこの場を任し、次の物見の設置に向かうことにした。

 

 ◇◇◇

 

 残りの物見を設置して公園に戻って来る。

 ん、あの虎頭はリュティエだな。何かあったのかな?

 

「おお、お待ちしておりましたぞ」

 

 俺の姿に気が付いたリュティエは小走りでこちらに駆けて来た。

 

「何か問題が発生したの?」

「ご相談が一つありまして」

「うん」

「ふじちま殿が街を清潔に保つためゴミ箱殿を置いてくださったのはよいのですが……」


 すぐにリュティエの言わんとしていることを察する。

 彼らは全ての人たちが到着すると三千人にもなるんだ。マルーブルクの要請でゴミ箱は五つ並べて設置してあるけど、とてもじゃないけど足らないよな。

 捨てに行くにも中央まで来なきゃならないし。

 ゴミ箱は既にみんなに見せている便利アイテムだから、今更隠す必要もないだろう。

 

「外周に沿ってゴミ箱を二十メートルごとに設置していこうか」

「ご協力感謝いたします。このままですと、我々が暮らす分には問題ないのですが、ふじちま殿の思う清潔さが実現できませぬので」

「清潔に保とうとする気持ちが嬉しいよ。すぐに向かう」

「僕も一緒に行くよ」


 ゴミ箱は盲点だったな。まず最初にやらなきゃならないことだった。

 街中が糞尿に溢れると……公国も獣人も耐えられるかもしれないけど、俺が無理だ。ゴミ箱が足りなくても地面に穴を掘って埋めるとかやってくれそうだが……悪臭は避けられないだろう。

 その点ゴミ箱は優秀だ。一瞬で全てを消してくれるのだから。

 リュティエの頼みは、俺のことを慮ってくれたものだと分かるから好感が持てる。彼らとしては今まで通りどこかしらに汚物を……やっちゃっていいわけだしな……。

 俺が汚物の処理を気にしていることを知っていたから、彼はゴミ箱の増設を提案してくれたんだ。

 

「んー、いっそのこと公衆トイレも設置してもいいかもなあ。リュティエ、明日の会議ではトイレを議題にしたい」

「了解いたしました」


 ワギャンと共に獣人側の外周を回りゴミ箱を設置する。

 その後、公国の方にも同じようにゴミ箱を置いておいた。

 

 ふう……リュティエがゴミ箱のことを気が付かせてくれなかったらと思うとゾッとするなあ。

 

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