第52話 三人でバーベキューだー
戻ったところで、ワギャンとタイタニアが並んでブランコを漕いでいた。
「ワギャン、お待たせ」
「いや、待っていない。この遊具はなかなか楽しいな」
コツを掴んできたようで、ワギャンは膝をかがめて伸ばしブランコへ勢いをつけてみせる。
「あんまり強くやると、くるんと回って落ちちゃうよ」
俺が注意しようとしたところで、先にタイタニアがワギャンへ助言した。
しかし、残念なことに彼には何を言っているのか理解できないので、すぐにタイタニアの言葉を復唱する俺なのであった。
はて、彼女がいること自体は嬉しいのだけど何かあったのかな?
ワギャンとは獣人側のゴミ箱設置が終わった時に、あとで食事を一緒にと約束していたんだ。なので、彼がいるのは分かる。
ふと、疑問に思いタイタニアへ目を向けた。
ワギャンの様子に目を細め口元に僅かな笑みを浮かべている彼女を見ていると、微笑ましい気持ちになってくる。
視線を感じたのか、彼女はワギャンから目を離し、こちらに顔を向けた。
「マルーブルク様が、ゴミ箱のことでありがとうって」
「それだけ言いに来てくれたのか。わざわざありがとうな」
「ううん」
はにかんだまま子供っぽく首を左右にぶんぶん振るタイタニア。
その様子に何か思いつめたような暗い影をチラリと感じたのだけど……気のせいかな。
立ち入ったことを聞くのも憚られるし、どうしたもんか。
「タイタニア、この後時間があるかな? ワギャンと夕飯を一緒にって誘ってたんだよ」
「いいの!? わたしも?」
「もちろんだよ。人数が多い方が楽しいし。な、ワギャン?」
タイタニアの戸惑う様子を見てとったワギャンは彼女の言葉が分からずとも、彼女が遠慮していると感じ取ったみたいだ。
「そうだな。タイタニアもいると楽しい」
ワギャンはブランコから軽やかに飛び降りると、タイタニアに向けグッと拳を突き出した。
すかさず彼の言葉を復唱すると、タイタニアはうんうんと頷き、
「ありがとう。嬉しい!」
と花が咲いたような笑顔を見せる。
「よおし、じゃあ行こうか」
俺たちは我が家のテラスへと向かう。
◇◇◇
「ごめんー。ちょっと中に来て手伝ってもらえないかな?」
せっかく三人で食べるのだからと考えたところ……「バーベキューがしたい」となったのだ。
そこまではいい。
のだが、鉄串に肉やら野菜を突き刺して焼いたらおいしそうだよなあと思ってしまったのが運の尽き。
食材は出した。
だが、しかし、鉄串に食材を刺していくのがなかなか大変なのだ。
そんなわけで、一人だとなかなか進まねえと賢い俺は考えた。
三人でやればすぐ終わるんじゃねえかと。
ともあれ、助勢を頼むとすぐに二人はキッチンの横まで来てくれた。
「また豪勢な食事だ。何をすればいい?」
ワギャンが並んだ食材へゴクリと喉を鳴らし、俺の顔を伺う。
「二人ともそこで手を洗ってから、串に食材を突き刺していって欲しい。肉と野菜が交互になるように」
もう何度も蛇口を使っているから、彼らも慣れたものでちゃんと石鹸まで使って手を洗う。
手を洗った二人はさっそく、鉄串を手に持ち準備に取り掛かった。
「えい」
気合と共にタイタニアが鉄串に肉を突き刺す。
「ふじちま、肉が大きすぎる。三つに切り分けた方がいい」
「そ、そうだな」
確かにワギャンの言う通りだ。
タイタニアにも分かるよう、ワギャンの言葉を復唱する。
すると、彼女は試しに肉の刺さった鉄串を少し持ち上げてみるものの、肉の両端が地面から浮き上がらない。
面倒だから切らなくていいかなあと思っていたけど、横幅十五センチちょっとは長すぎたよな。うん。
「僕が肉を切る」
「ありがとう」
ワギャンは手際よく肉を切っていく。
対するタイタニアは……。
「丸ごとじゃなくて切った方を使ってくれ」
「うん」
なんと切り分けた人参があるというのに、タイタニアは切っていない丸ごとの方を突き刺していた。
豪快だが……しかも器用なことに横向きじゃなく縦向きに刺しているし。それ、人参だけで鉄串が終わる。
……とまあいろいろハプニングはあったが、無事、食材を全て鉄串にセットして塩コショウを振りかけた。
玉ねぎはワザと使わなかったんだぜ。ワギャンは熱を通せば食せるとはいえ、苦手そうだったからね。
「じゃあ、全部テラスに持っていこう」
◇◇◇
少し多いかなと思っていたけど、三人で全て完食した!
「おー、食った食った」
しかしもうこれ以上は無理だ。
ワギャンとタイタニアも同じようで、食べる? と目配せすると二人に首をぶんぶんと振り返された。
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「ご馳走になった。こちらこそ」
「とってもおいしかった!」
笑顔で頷き合い、お開きとなる。
「あ、そのまま置いておいてくれていいから、片付けやっとくよ」
二人が食器をキッチンに運ぼうとしていたのでそう言ったが、ご馳走になったんだからと彼らは口を揃えてお片付けを手伝ってくれた。
バーベキューコンロと網はこのまま放置にして、明るくなったら外の水栓で洗うからと伝える。何しろそのままバーベキューコンロを家の中へ運ぼうとするんだもの。
家の中が灰だらけになってしまうところだった。
全て運び終わった後、ワギャンはすぐに帰って行った。
一方でタイタニアはキッチンの前に立ったままぼーっとしている。
「どうした?」
「これ、洗うんだよね?」
「うん。運んでくれてありがとうな」
ん、本当にどうしたんだろう?
タイタニアが顔をふせシンクをじっと見つめたまま固まっているじゃあないか。
「タイタニア?」
「わたし、何もできないんだ……そのお皿を洗ったら割っちゃうかも」
うつむいたままタイタニアは独白する。
突然の彼女の呟きに驚いたが、時折彼女が見せていた暗い表情の原因はこれだったのかとようやく理解した。
「少し、話をしようよ。そこのソファーに座ってさ」
「……」
動こうとしないタイタニアの背中を押し、彼女をソファーへ座らせる。
すぐにお湯を沸かして、マグカップに紅茶を淹れて彼女へ手渡す。
タイタニアはふーふーとマグカップに息を吹きかけた後、少しだけ紅茶を口に含んだ。
彼女の向かいに腰かけ、俺も同じように紅茶を一口飲む。
「無理にとは言わないけど、聞かせてくれないか?」
「……」
黙ったままマグカップから目を離さないタイタニア。
ううん。俺が彼女の悩みを聞いたところで何もできないかもしれない。それでも、話を聞くだけでも少しは彼女の気が楽になるかもと思ったんだ。
「ごめん」
タイタニアへ謝罪する。
しかし、彼女を無理に座らせて問いかけたことで、逆に彼女を追いつめてしまったかもしれない。
――コトリ。
マグカップを床に置く音が響いたかと思うと、タイタニアは俺の胸に飛び込んできて両手を俺の背中に回しひしと抱きしめてくる。
「フジィが『ごめんね』なんて言っちゃダメだよ。何も悪いことなんてしていないのに」
「う、うん」
「人に弱みを見せちゃダメって。お父さんが」
「うん」
「フジィもそうなの?」
「そうでもないよ。すぐに弱音を吐くし」
「抱き着いちゃってごめんね。でも、少しだけ……」
ずっと気を張っていたんだろうなあ。
どれだけ修羅の世界だったのか分からないけど、人に付け込まれぬよう弱みを見せるなってのは……。
じゃあ、甘えることのできる家族を失ったタイタニアは誰に弱音を吐けばいい?
彼女の悩みは分からない。でも、ずっと歯を食いしばっているだけじゃあいつか潰れる。
俺の今できることは、彼女の背中をそっと撫でるだけ……。
しばらくそうしていたら、そのままの姿勢で彼女はポツリポツリと語り出す。
「わたし、本当に何もできなくて……」
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