第48話 水着美女はいない
「逆なんだよ。キミがその気になればいつでもボクらを抹殺することができる。護衛なんて意味が無い」
「そ、それは……」
俺には人をどうにかする力なんてない。持っているのは我が土地の中に限る「絶対防御」だ。
我が土地にいる限り、誰しもが傷付け合うことは不可能になる。俺も含めて。
「さて、話は戻るんだけど……人間はあさはかなもんなんだよ。衣食住足りれば、今度は獣人に、しいてはキミへ敵意を向けるだろう」
「街を作らない方がよかったのかな……」
「ううん。そういう意味で言ったんじゃあないよ。聖人たるキミへ人間の汚いところを知ってもらうと思って言っただけさ」
「確かに……人は善悪を併せ持っているもんだよな……」
俺だって知らないわけじゃあない。平和な日本でさえ、犯罪が無くなることはないんだ。
だから、善意のみを信じるのではなく、法で人を縛る。
マルーブルクは唇を舌で舐めた後、逡巡するように首を振る。
彼にしては珍しく迷う姿だけど……言い辛いことなのかな。
「気にせず全て話てくれないか?」
「うん。統治自体を行うことだけなら難しくはないんだよ。最も簡単なのは『恐怖』によって律すること。キミなら容易にできる」
「でもそれは……」
「うん。キミが望むことじゃないと分かっているよ。人はキミのように誰もが聖人ではない」
マルーブルクの言いたいことは分かる。
だけど……隣の人と仲良くやっていこうってことがそれほど難しいことなのか? 現にこうして八人だけではあるけど、ちゃんと言葉を交わし合い信頼しあえているじゃないか。
戸惑う俺へマルーブルクがくすりと声をあげる。
「さっきボクは言ったよね。『キミならばそう答えると思ったよ』って」
「うん」
「ボクは賭けてみたいんだ。利権や地位ではなく、義や信によって成り立つ街があってもいいんじゃないかってね」
「それは俺の望みと同じだよ」
「うん。キミは絶対者として振舞うことができた。でも、そうしなかった。統治さえ望んでいなかった」
マルーブルクは立ち上がり、頬を紅潮させ拳を握りしめる。
しかと俺を見つめ、彼は言葉を続けた。
「見知らぬ者にさえ憐憫を向けるキミのその誇り高い思いへ協力したい。一緒に作っていきたい。そう思ったから、ボクはここにいる」
墓を作ったことを言っているんだな。タイタニアからマルーブルクが墓に祈りを捧げていたって聞いた。
彼はこの時、ここまでの覚悟を持って俺に接触してきたんだな……。まだ中学一年やそこらの少年が……これに奮い立たない俺ではないさ。
「頼りない奴だけど、一緒に頑張ろう! タイタニアたちもいる」
立ち上がり、彼と固い握手を交わす。
手を離すと、マルーブルクはニヤニヤとした天使の微笑み(悪魔の微笑み)を浮かべる。
「タイタニアたちねえ……。ふうん」
「なんだよ!」
「いやあ、別に。彼女の家を作る必要があるかなあ?」
「待て待て。住むところは必要だろう」
「ふうん」
いつもの調子に戻ったマルーブルクと声をあげて笑いあう。
こんな日が続けばいいなと願いながら。
◇◇◇
その日の晩、久々にゆっくり風呂に浸かろうと湯船にお湯をはり、ルンルン気分で鼻歌を歌いながら脱衣所で服を脱ぐ。
新居の風呂は広々として素晴らしいのだ。
寝そべることができるほどの真っ白の湯船には手すりもついている。自動で湯沸かしすることができるし、追い炊き機能だってあるんだぜ。
シャワーと洗い場も完備しているから、日本で風呂に入るのとまったく変わることなく利用できる。
頭と体を洗って、湯船にどぼーん。
「ああああああああ。気持ちいいいいい」
腹の底から声が出る。
公衆浴場とか作りたいなあ。そうしたら、みんなにも風呂に入ってもらえる。
でも、便利な施設を提供する時にはよく考えないといけない。これまで彼らと接している限り、ここの文明レベルは獣人より公国の方が高いだろう。
それでも、電気を使った技術レベルまで発展していないことは間違いない。
剣で戦っているくらいだし、服や鎧にしても全て手作業で作られていると分かるからだ。
単に便利だからといって公共施設として「ふじちま湯」なんて温浴施設を作ってしまったら、現地の文明レベルに比してありえないモノとなってしまう。
特に外部に影響が出ないのなら構わないんだけど、どういう影響を及ぼすのか分からない手前、慎重に検討する必要がある。
シャワー施設くらいならいいのかなあ……。
いや、どうせやるなら、プールを作りたい。
夏になったら、みんなでキャッキャとスライダーを滑ったりとかさ……楽しそう。
水着美女がいないのは残念なところだけどね!
「や、やべえ……のぼせてきた……」
風呂に入りながら長考し過ぎた。
慌てて立ち上がったものだから、頭がクラクラしてきた。
で、出よう。
風呂から出て、洗濯済みのボクサーパンツと黒いノースリーブのシャツを着てから二階に移動。
自室のクローゼットを開くと黒と濃紺のジャージ一式が畳んで置いてあった。
自分で洗濯して畳んだものだけどね!
さあて、今日は濃紺にするかな。
いそいそとジャージを着て、ベッドにダイブする。
ゴロゴロと転がったところで、のぼせたことにより水が欲しくなり一階へと戻った。
まあ、いつもの日常だ。平和なのが一番。
水分補給して、ベッドに寝転がりながら夜空を見ているとすぐに眠たくなってきた……。
一度、風呂を誰かに見せてみるのもいいかもしれないなあ……むにゃ……。
っていけねえ。
物見のことを思い出し、ガバリと起き上がる。
タブレットを出して、クラシックハウスと庭・庭カテゴリーを順に見ていく。
結構いろいろあるんだなあ。
一番豪華なのは砦か塔かなあ。これはクラシックハウス扱いで、砦は二十マスの正方形。塔は二十マス×十五マスであるが、高さが凄い。
外観映像を見た限り、五階建てくらいの高さがあるんじゃないだろうか。
逆に簡素なのは木の櫓で、こちらは丸太を組み合わせて出来ている。底が四角くなるように丸太をロープで縛り、長い丸太の支柱を中央に立ててそれを覆うような形で丸太を組み上げたものだ。
無難なのだと……石の物見かなあ。石材を使った一辺が五メートルほどの四角柱のような建物で、てっぺんに柵があってそこから縄梯子を下へ吊り下げている。
どれがいいのかは、明日の付き添いの誰かに聞いてみるとするか……。
◇◇◇
――翌朝。
『パネエッス! パネエッス!』
「うるせえええ!」
朝日と共にハトの奴が窓際で鳴くもんだから飛び起きた。
「どうした?」
窓を開けてハトを中へ迎え入れる。
『朝の挨拶っす!』
「そ、そっか……完全に目が覚めたよ」
『朝は挨拶をするものだって教えてもらったっす! 良辰は僕の飼い主っすから!』
「う、うん」
用事はそれだけだったらしく、ハトはすぐに部屋からはばたいて行った。
んじゃま、朝食を食べてから公園で迎えが来るのを待つとしますか。
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