第47話 秘策現る
黒板の後ろに入り、ゴソゴソとタブレットをタップして目的のお品物を注文する。
出てきたのは、「幼児用ひらがな学習絵本」だー。
こいつは表紙を開くと、ひらがなが並んでいてそれぞれの文字にボタンが付いている。
「あ」のボタンを押すと「あ」と音が出る仕組みなのだ。ゴミ箱さんのことから日本語の音は翻訳されてここの人達に伝わることは分かっていた。
これを使えば、文字の形を見つつ音を聞くことでひらがな学習が進むってわけである。
問題点があるとすれば、幼児向けだけに表紙の中も可愛らしいことくらいか(もちろん表紙も)。
この本も御多分に漏れず、幼児の興味を引くようなイラストが描かれている。それは虎とうさぎを擬人化したキャラクターで、彼らが笑顔で「がんばろー」と手を振っているものだった。
……フレデリックが眉ひとつ動かさずボタンを押していたり、クラウスがニヒルに顔をしかめボタンを……や、やべえ、笑いそうだ。
ニヤニヤする内心を気合いで押さえ込み、黒板の前に戻る。
「こいつを使って学習を進めて欲しい。人数分ある」
「可愛い」
タイタニアが無邪気に歓声をあげた以外は、微妙な空気が漂う。
「使い方は単純。タイタニア、ちょっとこっちへ来てくれるか」
「うん」
「本を開いて、どこでもいいから文字が描いてあるボタンを押してくれ」
言われた通りに人差し指でボタンを押すタイタニア。
『え』
「お、おおー!」
みんなから驚く声が。
見た目はともかくとして、ひらがな学習絵本の使い勝手のよさは理解してくれたようだな。
「なるほど。この文字? を押すことで文字の意味する音が出るのですな」
リュティエがうんうんと感心したように何度も小刻みに頷く。
「うん。これで『ひらがな』がどの音に対応してるか学習できる。同時に描かれている文字を書けるようにしてもらえれば」
「うまくできているね。キミの言葉はボクたちに自分の言葉として伝わる。つまり、音を使うことでボクたちの言語の音で聞こえるって算段たね」
「その通り。学習用にノートとボールペンを準備するから、こちらも使って学習を進めて欲しい」
マルーブルクの言葉を復唱してから、ひらがな学習用絵本をみんなに配る。
その後、再び黒板の裏に行き、ノートとボールペンを人数分注文して、こちらも全員に供給した。
各々が興味津々にノートやひらがな学習絵本に触れているのをよかったと思いつつ目を細めながら、説明を続ける。
「ひとつ注意点が。タッチパネルはひらがなを覚えてくれた後に持ち出してくれて構わないんだけど、ノートや絵本は集会場の中だけにして欲しい」
「そうだね。こういったモノはボクらの国には無い」
「了解しました。集会場の中だけで使うようにしますぞ」
マルーブルクとリュティエが快く賛同してくれたところで……。
「このノートに何か描いてみてもいい?」
「うん」
ボールペンを手に持ったタイタニアが、ノートを開く。
「それ、反対だよ」
「こっちかな?」
「そそ」
タイタニアに続き、他のみんなもボールペンを手に持ち思い思いに試し書きを行う。
「俺からの説明はこんなところだけど、受け入れが進んでいるけど何か問題は起きている?」
「まだ来たばかりで皆が浮足立っていますな。落ち着いてきたところで様々な問題が出るやもしれません」
リュティエがノートから目を離し、顔をあげ現在の状況を伝える。
彼の言葉を復唱したら、今度はマルーブルクが頬杖をつき手をあげた。
「こちらもまだ来たばかりだからこそ混乱が起きていない感じだね。『物見』は彼らが落ち着く前に建築しておきたいかな」
「分かった。明日、東西南北に物見を作ろうか」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
物見は東と北は公国用で西と南は獣人用になる。リュティエとマルーブルクに相談した結果、ゲートについては南北に関してそれぞれに作ったけど、物見は南北に一か所のみにと決めたんだ。
理由は、公国と獣人が連携して事に当たれるように期待してのもの。北は公国に監視を任せないといけないし、南はその逆になる。
こうすることで持ちつ持たれつの関係が生じ、お互いが持つ敵愾心を緩和したいというもくろみから一つにしようとなった。
「それじゃあ、今日のところはこんなところかな。これからしばらく毎日会議する感じでいいかな?」
「それでお願いいたします」
「そうだね。毎日問題点が無いか確認した方がよいかな」
代表の二人が賛成の意を示す。
そんなわけで解散となったんだけど、何故かマルーブルクが一人だけ席に座ったまま動こうとはしない。
いつもは真っ先に出て行くのに。
「どうしたんだ?」
マルーブルクの向かいに座って、彼へ問いかけた。
「二人きりで話をしたいことがあってね」
なるほど。リュティエ達には聞かれたくない話なんだな。
「どんな話だろう?」
「キミの耳には入れておきたいと思ったんだ。人ってさ、そんなすぐに切り替えれるものじゃあないんだよね」
「そらまあ……そうかもしれないなあ」
婉曲的で的を射ないマルーブルクの言葉へ首を捻る。
「中央に公国と獣人を隔てる道があっただろう? あとは避難所も」
「うん」
「あの場から三百メートル離れたところに杭を打って、ロープで仕切りをしたんだよ」
「獣人たちが見えないようにか?」
「うん。新しく来た人々はボクやリュティエみたいにキミの偉大なる力を目の当たりにしたわけじゃあない」
「偉大かどうかはともかく……力によって黙らせることはできないってことかな?」
「家族を殺された者もいるし、なかなか『はいそうですか』とはならないんだよね。いずれ問題が大きくなるかもしれない」
「そうならないように、少しずつ慣らしていけたらいいんだけどなあ……」
「幸いなのは、最初にここへ来ていた者たちは皆、キミの信奉者であり獣人たちの人となりを多少なりとも理解していて、少なくとも獣人たちを切り捨てたいとは思っていない」
「そっか……大ごとにならなきゃいいんだけど……」
「そうだね……人間ってとてもあさはかなもんなんだよ。ボクも含めてね」
ふうと達観したように大きく息を吐くマルーブルク。
そうだろうか? 少なくともマルーブルクやタイタニア、フレデリック、クラウスの四人はとても誠実で、協力的だと思うんだけどなあ。
リュティエ達ともうまく付き合ってくれているし。
困惑する俺の態度を見て取ったマルーブルクが人差し指を立て、俺の目をじっと見つめてくる。
「一つ、聞こう」
「うん」
「ボクは普段からずっと護衛がついているんだ。それがキミの前では唯一人でいることが多い。何故だと思う?」
「それは……俺のことを信頼してくれているからかな? 俺なら君を害さないと思ってくれている」
「やっぱり、キミはキミだね。そう答えると思ったよ」
マルーブルクはいつものいたずらっ子のような笑い声ではなく、ふんわりとした邪気の無い少年らしい笑顔を見せた。
これが彼の本来の顔なんだろうか?
「その言い方だと、違うのかな?」
「間違ってはいないよ。ボクはキミがそう答える人物だと信じることにして動いたのだからね。でも、それとは別にキミが聞くと気分が悪くなるだろう理由もある」
「なんだろう?」
「それはね。別に護衛が何人いようが、キミの腹の中にいるボクらが、キミを止めることなんてできないからだよ」
「ん?」
言っている意味がどういうことなのかイマイチ飲み込めないな。
※明日からしばらく隔日更新になるかもです!
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