第41話 計画案

 ハトが喰われるというハプニングも起こらず、三日が経過した。

 たった三日間だというのにハトは一回りほど大きくなっている……。こいつ一体どこまで大きくなるのか、ちょっと怖い。

 

 そんなハトだが、公国側で役に立っているというのだから何が起こるか分からないよな。

 

『行ってくるっす!』


 ハトは噴水にある柱のモニュメントの上から羽ばたき、公国側にある「畑予定地」へと飛び立っていく。

 滑り台の上に登って双眼鏡から様子を伺ってみると、小麦色に日焼けした筋骨隆々の中年の男達がハトに手を振っていた。

 働き者の屯田兵の男達はすぐに作業を再開する。

 ある者は鎌を持ち草を刈り取り、ある者はクワで雑草を根っこから掘り返す。

 そこに並び立つのがハトである。

 奴は「くるっぽー」と喉を鳴らしながら首を上下に揺らすおなじみの動きから、地面を嘴でつつく。

 産まれた初日でさえブリキのジョウロをへこます威力があったハトの「つっつき」は、容易に草の根っこから土を掘り返す。

 ミミズを探す行為なのかもしれないけど、結果的にクワを持つ男と同じくらいのスピードで土を耕していくのだ。

 

「何を見てるの?」


 滑り台の下からこちらを見上げるのはタイタニアだった。


「ハトの様子をだな……一応俺のペットだしさ」

 

 双眼鏡から目を離し、タイタニアへ向け手を振る。

 何か用なのか、遊びに来ただけなのかどっちかなあと思いながら、滑り台を滑りおり地面へ着地した。

 

「お昼過ぎに第一陣が到着するってマルーブルク様から」

「おお、いよいよか」


 獣人の方は公国より少し遅いようで早くても今日の夕方ごろらしい。日没までに到着できないようだったら、明日の昼前になるとリュティエから直接聞いている。

 道中、トラブルなく到着してくれることを願う。

 何が起こるか分からないからな……この世界。


「到着したら、まずフジィに代表者と会わせたいって」

「分かった。ついにこの地も駐屯地から村……しいては街に発展していくんだなあ」

「うん。楽しみだね」

「タイタニアは畑で何を育てるんだ? 小麦?」

「ううん。わたしは農作業よりフジィとの連絡役を優先しろって言われてるんだ。だから農業じゃなくて、文官? ていうのかな」

「なるほど。行政側ね。人も増えたら農業や酪農に従事する人以外にも街を暮らしやすくするために働く人も必要なんだ」

「ふうん。いろいろあるんだね!」


 ちょっと分かり辛かったのかもしれない。

 タイタニアはうんうんと快活に頷いているけど、たぶんそのまま流している。

 

「ほら、タイタニア。役割分担だよ。クワを振る人と食事を作る人」

「そっか。うんうん!」


 ポンと手を打ち、タイタニアはひまわりのような笑顔を見せた。

 

 ん、リュティエがこちらに向かってくるな。

 あ、あああ。忘れてたあ。

 これから会議だった。

 

「タイタニア。そろそろ行かないと。君も来るか?」

「ん?」

「他に今仕事を抱えていないんだったら、一度参加してみるといいかなって。街のことをどうするかの会議だから」

「うん!」


 リュティエへ向け、ごめんごめんと右手をあげ早足で彼の元へ向かう。

 後ろからタイタニアもついて来て、俺たちは三人で集会場へ足を運んだ。

 

 ◇◇◇

 

 集まったのはマルーブルクと護衛の二人にリュティエとワギャンの五名に加え、俺とタイタニアだ。

 

「お待ちしておりました。どうぞおかけになってください」


 フレデリックがぴしりと背筋を伸ばした姿勢から優雅に礼を行う。

 右腕を水平に曲げ、白いシーツを腕にかけた姿はとても決まっていてどこかの貴族の館に来たように錯覚させる。

 残念ながら、内装は田舎風レストランで庶民的なものなのだが……。

 

 そうそう、彼の要望で湯沸かしポットを追加したんだよ。

 俺が毎回、お茶を淹れていたところ彼が自らの主人と並び立つ俺自ら動かすわけにはいかないと譲らなくてさ。

 そんなわけで、給仕は彼が受け持ってくれている。

 

 椅子に座るとすぐにフレデリックがコトリとカップを置き、淹れたての紅茶を注ぐ。

 

「ありがとう」

「いえ」


 ぐうう。ポットから紅茶を注ぐだけでもさまになっているよなあ。

 どういう教育を受けたらここまで優雅なふるまいができるようになるんだろう?

 

 感心していると、クラウスと目が合う。

 

「どうした? 兄ちゃん?」


 無精ひげを指先で弄んでいたクラウスとフレデリックは水と油ほどに様子が異なる。

 でも、彼らは仲が良いと主人のマルーブルクから聞いていた。

 案外、馬が合うもんなんだな。


「いや……あ、そうだ。家を作るんだよね?」

「そうだぜえ。それも含めてこれから話合いをするんだろ?」


 指をパチリと鳴らしニヤリと笑みを浮かべるクラウス。

 これはこれでカッコいいよな。組織に対して右にならえはしないけど、できる男って感じで。

 

 おっと、そろそろ始まるな。

 リュティエが立ち上がり全員の顔を見渡した後、口を開く。

 

「それでははじめさせていただきますぞ。マルーブルク殿へ協力いただき、概略図を作成いたしました」


 リュティエの合図にワギャンが起立して、クルクルと巻かれた大きな羊皮紙を掲げる。

 スルスルと開いていき、反対側の端をクラウスが持ってみんなに見えるように羊皮紙を開いた。

 

「中心地となる『街』のエリアは公国、獣人ともにこの場所から南北に三キロ、東西に二キロの範囲に構築します」


 モフモフの指を羊皮紙に向け、説明を続けるリュティエ。

 俺はいつものごとく、彼の言葉を復唱しながらもできあがった羊皮紙へ目を向ける。

 羊皮紙には俺の家を中心として外側に太線で長方形が描かれ、内側に升目状の薄い線が引かれていた。

 

「想定される住人の数以上の土地を確保していますが、最初は畑や牧場も無理のない範囲で街のエリアに作ることになってます」

「今後住人が増えた場合を考慮して、かなり広くエリアを確保してるんだよ。でも、街は『居住空間』の想定だから、農業や牧場は街のエリアが過密になったら外へ移動だね」


 俺の復唱を待ってから、リュティエの説明へマルーブルクが補足する。

 「街の区画を四角にして欲しい」と頼んだのは俺で、「なら碁盤目のようにしよう」と提案したのがマルーブルクだ。

 それを下敷きに、街となるべく区画を想定したのはリュティエである。

 リュティエの算出した区画の広さへマルーブルクが更に広いエリアを確保しようと意見し、このような形となった。

 

 そもそも、獣人側の方が住民の数が遥かに多いんだ。

 しかも、彼らは放牧を行う。

 公国は集まっても千人以下と獣人の三分の一くらいの規模ではあるけど、鍛冶場を作ったりと工業や繊維業も担ってくれる。

 それに、公国領全体で見ると人口は万を軽く超えているから、今後、人口増加が加速する可能性があった。

 

 その辺を考慮して、区画の広さはどちらも同じとして羊皮紙に記すことになったんだ。

 

「ふじちま殿、魔術を構築する資源は足りそうですか?」

「おかげ様でいけそうだよ。みんなの協力あってこそだ」


 これだけの人が集まるとなると、避難所を運用することが難しくなってくる。

 そこで、考えたのが街の「外壁」を作ること。

 人が集まってからと思っていた俺の案とは街全体を土台で覆い、街の中へ避難さえすれば外敵から防衛できるようにしようというものだった。

 

「ね、ねえ。フジィ」


 みんなの前だからか、タイタニアが俺だけに聞こえるよう耳元で囁く。

 

「ん?」

「いつの間に、『街』になったの?」

「あ、村と表現するより街の方がいいだろうとマルーブルクがさ」


 利発過ぎる少年へ目を向けると、マルーブルクは天使の微笑みを俺へ返した。

 

「ヨッシー。重要なことを決めてないよね」


 ん? なんだろう? マルーブルクの表情から察するにとても嫌な予感がする……。


「街を覆う土台のことは、出来上がったそこの見取り図を参考に俺の方で練るけど?」

「そうじゃなくてさ。街なら名前が必要だろう?」

「名前かあ……」


 確かにいつまでも草原じゃあ、獣人はともかく外とやり取りをする公国側はしっくりこないだろう。

 

「『ふじちまタウン』はいかがかな?」

 

 思いっきり紅茶を吹き出してしまったじゃねえか。

 「何言ってんだよ!」と思いっきり突っ込みたい気持ちはやまやまなんだけど……リュティエが大真面目に言うもんだから、ググっと我慢する。

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