第40話 パネエッス!

 ――七日が経過した。

 そろそろ公国、獣人共に人が集まり出す時期だ。昨日、マルーブルクとリュティエに聞いたところ三日以内には新たな住人たちが到着し始めるとのこと。

 この一週間はとても穏やかだった。

 公国は道具がまだほとんどないため、主に草抜きを行い畑を作る準備作業を少しずつではあるが進めている。

 一方、獣人たちは家畜を入れるための小屋や柵を作っている真っ最中。潅木を切り倒して建材にしているようだけど、足りない様子だ。

 なので、マッスルブたちが草食竜をゲットした辺りから木材を運んでいるとワギャンから聞いた。

 

 俺はといえば……グバアからもらった一抱えもある黒い卵と一緒にベッドで寝ていたくらいで、特にこれといったことはしていない。

 いや、ほら、物見を建築する話とかもあったんだけど、住民が増えてどれだけ居住空間が広がるか分からないからってことで保留にしたんだよ。

 なので、俺は人が集まるのを待っているってわけだ。決してサボっていたわけではない。ふふん。

 

「うーん、すがすがしい朝だ」


 昨日は小雨が降るあいにくの天気だったけど、今日は雲一つない晴天だ。

 やわらかな春の日差しが窓から差し込み、起きたばかりだというのに眠気を誘う。

 

「卵はっと……」


 落として割ってないかいつも心配になるけど、ちゃんと布団の中に卵が入っていた。

 ほっと一安心して大きく伸びをし、欠伸が出たところで……。

 

 ――パリッパリ。

 ん? 何やら音がする。

 

 左右を見渡してみるが、特に変わったところはない。

 風も吹きこんでないし、家具はそうそう自然に動くようなもんでもないしなあ……。

 

 ――パリッ、コツコツ。

 布団がゆさゆさと揺れているじゃないか。

 この独特の乾いた音は卵が割れる音か!

 

 すぐに布団をめくり、黒い卵をつぶさに観察してみる……いつのまにか上部にヒビが入っていた。


「産まれるぞ!」


 一週間共に寝ただけに、胡散臭いこの卵にも愛着が出ている。

 無事に羽化するとは感慨深い。


 お、おお。ヒビが広がっていき、卵の中ほどまで亀裂が走る。

 亀裂は卵の外周を覆うようになって、ついに半ばからパカンと割れた。

 

 中から出て来たのは――。

 

「ちょっと待て! これはおかしい」

『パネエッス!』


 開口一番、ふざけた叫び声をあげたのは卵から出て来たばかりの生物だった。

 確かに鳥だ。

 しかも俺だけじゃなく、日本に住む人なら誰でも見たことのある馴染み深くもずうずうしい鳥として有名なあいつ。

 

 ――ドバトだった。

 

 首元の緑色がけばけばしく、青みがかった灰色の羽毛にある種の狂気を感じさせるつぶらな瞳……全てが俺の知るあのハトである。

 ただし、大きさが異なるがな。

 

 大きな卵から産まれてきただけに、既に普通のハトより一回り大きい。

 こいつがグバアの眷属だって言うのか? 

 嫌な予感しかしねえんだけど……。

 

「餌をあげた方がいいのかな……」


 呟きつつ、しげしげとハトの様子を眺めていたら奴と目が合う。

 

『ミミズが食べたいっす! 水も飲みたいっす!』

「やっぱり喋るのかよ!」


 驚いたさ。分かっていてもやっぱり体をのけぞるほど驚愕したよ。

 さっきの「パネエッス」は鳴き声だと思って自分を誤魔化していたが、やっぱり会話できるのね。

 グバアが産まれてすぐに言葉を理解すると言っていたから、覚悟はしていたんだけど……ドバドが喋ると不気味だ……。

 

 コホンとワザとらしい咳をし、ハトへ語りかける。

 

「とりあえず、外に出ようか。水ならある」

『行くっす!』


 おおおい、窓をコツコツとくちばしでつつかないでくれ。

 

「窓は開いてないから! ちょっとは待てよ」


 窓を開けてやると、ハトは俺の声なんぞ待つこともなく外へと羽ばたいていった。

 ひな鳥ってあんな元気なもんだったっけ……。

 いや、俺の常識で物事を計るのはよくない。ここは異世界。何が起こっても不思議じゃないんだ。

 

 ◇◇◇

 

 外に出てみると、ハトは水やり用のジョウロの上にのっかり激しく嘴でジョウロを突いていた。

 一突きするたびに、ブリキ製のジョウロがへこんで行く。

 

「待て! 確かにそこに少しは水が残っているかもしれない。だが、だめだ。ジョウロは水を飲むところじゃあない!」

『どこっすか?』

「俺についてきてくれ。頼むから勝手に動くんじゃないぞ」

『ういっす』


 バケツを持ってきて、蛇口を捻り水をドバドバと出す。

 

「ほら、これを飲むといい」

『パネエッス!』


 ダメだ。かなり疲れてきた……。

 グバアに返却できないかな、こいつ。

 しかし、幸いというかなんというか、手間暇かけて飼育する必要はなさそうだよな。

 

 あ、そうだ。ペットと言えば。

 バケツの水を全部飲み干しそうな勢いのハトへ声をかける。

 

「ハト」

『何すか?』

住処すみかはどうする?」

『屋根の上でいいっす!』

「そうか……」

『そうっす!』


 放し飼いがご希望らしい。

 バケツの水が無くなってしまったところで、再度蛇口を捻り水をためる。

 

 こんなに飲むならハト用に水場が必要だよな。

 タブレットを手に出現させ、「畑・庭」のメニューを出す。

 

 何かあるかなあ。


『注文:庭カテゴリー

 噴水(小) 百ゴルダ

 噴水付き水場(中) 千ゴルダ

 大理石の噴水セット 三千ゴルダ

 ……』

 

 噴水(小)は噴水というより水が出続けるスプリンクラーなイメージに近い。水場とか噴水セットは公園の真ん中にあるような建物風だな。

 場所は取るけど見栄えはよい。

 ついでだから、滑り台(中)も出して公園風にしてしまうか。

 幸い土地はまだまだ余裕がある。

 

 家の南側の土地を購入し、噴水付き水場(中)、滑り台(中)、ブランコ(中)、砂場(小)を設置。床材は芝生にした。

 ハトの住処としてもちょうどいいんじゃないだろうか。

 

 このエリアは公園として解放しよう。

 

「ハト、これでどうだ?」

『パネエッス!』


 どうやら喜んでくれたようだ。

 たかがハト一羽にゴージャス過ぎると思うけど、ここに住む子供たちの遊び場になってくれると嬉しい。

 

 ハトはさっそく公園へ向けよちよちと歩いて行き、くるっぽーと鳴き声をあげる。

 奴は滑り台の階段を登ろうとしていたけど、歩幅的に不可能で進めなかった。

 しかし、そこで諦めるようなハトではなく、今度は滑り部分から逆走するように上まで登って行く。

 登ったら、間髪いれず滑り降り満足した様子だった。


「フジシマ。また何か作ったぶー?」


 麻のタオルを頭に巻いたマッスルブがやって来る。

 彼は作業中みたいで、手や顔に泥が付着していた。


「お、マッスルブ。休憩中?」

「そうぶー。フジシマ。あれ食べるのかぶー?」 

「いや、一応俺のペットだから食べる気はないよ」

「そうかぶー。それならみんなに伝えておいた方がいいぶー」


 確かに。マッスルブの言うことももっともだ。

 新鮮な肉が歩いていて、捕獲しない人なんていない。

 牧場が軌道に乗り始めたら狩猟に頼らずとも肉を食べられるかもしれないけど、現状はそうではないからな。

 あんな間抜け面で歩いていたら即確保で、今晩の食卓に並ぶ。


 ハトは飛行できるし、俺の言う事なんて聞かずに「ミミズ」を探しに飛んでいきそうだ。

 となると、すぐに周知したほうがよいよな。

 

 久々に拡声器を手に持ち、大きく息を吸い込む。

 

『えー、ご町内のみなさんに連絡です。ハトは藤島良辰のペットですので、食べないように願います』


 繰り返し三回同じことを述べた後、拡声器から口を離す。

 数時間後にまた同じことを周知しよう。

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