第39話 チョーカー
えっと確かここに……寝室にある棚を開き、中を覗き込む。
「あったあった」
小さなルビーのような赤い石がついた革紐でできたチョーカーを握りしめ、タイタニアの元へ戻る。
戻るとタイタニアはテラスで立ったままぼーっと獣人たちの様子を見守っていた。
「座って待っててくれてよかったのに……」
むしろ中に入ってソファーで座ってもらった方がよかったな。
と少し後悔しつつタイタニアへ軽く頭を下げる。
「ううん。ここは安全だし、大丈夫だよ」
タイタニアははにかみ首を僅かに傾けた。
少女らしい子供っぽい仕草であったけど、俺は何故か美しいと感じる。
タイタニアの見た目は可愛らしいというよりは、凛とした釣り目がちの美人タイプとでもいえばいいのだろうか。
彼女はスラリとした体躯に長いサラサラとした鳶色の髪を真っ直ぐに伸ばしている。身長は長身ってわけでもないけど、俺の耳くらいまでの高さだから百六十センチはあるのかな?
しかし、彼女は戦闘行為に関わるところ以外の精神は年齢より幼いのではないかと思っている。
所々に見せる、少女らしい仕草は見た目とちぐはぐで微笑ましい気持ちになるのだ。
「タイタニア、これ」
握りしめたチョーカーを手のひらの上に乗せて、タイタニアに見せる。
「持っててくれたんだ」
タイタニアは俺の手からチョーカーを取り、両手で握りしめ頬にすりすりとそれを擦り付けた。
「返そうと思って、忘れてたよ」
戦争の前にタイタニアは「死ぬつもり」だと俺に伝え、形見となるチョーカーを渡す。彼女が死んだら墓にそなえて欲しいって……。
戦争は回避できたし、彼女がもう戦争に駆り出されることもないだろう。今ここに残っている公国の兵士は屯田兵として、これからここで開拓に従事するのだから。
「これ、あなたが持っててくれないかな?」
タイタニアは俺の胸に握った拳をつけ、顔をあげる。
彼女の手には先ほどのチョーカーが握られていた。さっきまでのふんわりとした表情は何処へやら、顔は真剣そのもの。
真っ直ぐに俺を見上げる彼女の瞳からは強い意志が感じられた。
「これはタイタニアの大事な物なんだろう?」
「うん。だから、フジィに持っていて欲しいの」
話が繋がらないぞ。
困惑していると、タイタニアは俺の手を開いてチョーカーを握らせてくる。
首を傾ける俺へ、彼女は両手を腰の後ろにやり、その場でクルリと一回転した。
それに伴い、彼女の鳶色の髪がキラキラと光りに反射して宙に舞う。ついでにスカートもヒラヒラと……そっちに目線はいってないから安心してくれ。
「それは
「お守りなら、身に着けるもんじゃ?」
「ううん。フジィに預けたから戦わずにわたしはこうしてここにいるのだから」
「分かった。預かるよ。でも、俺が持っているってことは」
ここで一旦言葉を切り、タイタニアの様子を伺う。
彼女は口を結んだままじっと俺の言葉を待っているようだった。
言うべきか迷うが、俺が彼女の身の安全を願うお守りを持つというのなら言わねばならないだろう。
「タイタニア、生きろよ。君の安全を願うお守りなのだから」
死ぬことを願っていたタイタニア。
うまく言葉にできなかったけど、我ながらお守りをダシに家族の後を追うことをとどまって欲しいってのはムシがいい話だよな。
ところが、タイタニアはひまわりのように微笑み、俺の両肩へ手を添える。
「うん。今はもう死のうと思ってないんだ。わたしには新しい目標ができたの」
「おお、それはよかった!」
「教えて欲しいー?」
「もちろん」
タイタニアは子供っぽくえへへーと口元に手を当て、もったいぶったように人差し指を唇に当てた。
「わたしは、獣人と人間が一緒に住む草原の行く末を見たいの。戦いじゃない答えを見てみたい!」
「俺もだよ。もう埋葬はしたくない」
はははと照れから頭の後ろへ手をやる。
タイタニアの中で過去のことが吹っ切れたのかどうかは分からない。でも、彼女は一歩前に進んでくれると俺に宣言した。
そのことが嬉しくて、自分から死を願うなんて悲しいことはもう思って欲しくない。
とその時……不意に背後から声が!
「やあ、いい雰囲気のところ声をかけるか迷ったよ」
振り向くと……悪魔の微笑みをしたマルーブルクが「よお」とばかりに手をあげていた。
「珍しい。君が自ら来るなんて」
心の中の動揺を隠し、極々普通に振舞う。
しかし、僅かな揺らぎだろうが見逃すマルーブルクではない。
クスクスと子供のような笑い声を出した後、彼は真面目な顔になって口を開く。
「みんな忙しいんだよ。受け入れ準備でね。キミに一つお願いがあってここへ来たんだ」
「何だろう?」
「物見を作ってもらえないか? 石材を運び込むのは大変でね。家のために木材を運ぶだけで精一杯なんだ」
「俺も賛成だよ。いつ危険が迫るとも分からないから……」
空飛ぶ生物にも危険な奴らが多数いることが分かったからな……。
「歩哨はボクらが抽出するよ。何かあれば危急を伝える流れも、獣人たちと打ち合わせしておきたいところだね」
「分かった。リュティエも呼んで相談しようか」
「うん、明日の朝でもいいかな?」
「了解。リュティエ次第だけど、俺は大丈夫」
「じゃあね。邪魔してごめんごめん。クスクス」
手をプラプラと振って、マルーブルクは公国側の陣地へ戻って行った。
残された俺とタイタニアへ吹いてもいないのに変な風がぴゅーと駆け抜けた気がする。
全く……マルーブルクのやつめ……。
「あのお方がここまで気さくに話かけられるのは、フジィくらいよ」
「そうなんだ……。あの傍若無人ないたずら公子がねえ」
「マルーブルク様はあのお歳で、徹底した現実主義者だと言われているわ」
「そうだろうなあ……恨みなど忘れすっぱりと獣人と付き合うことを決めたり……できる文官って感じ」
「利用できる人は利用する。だから、フジィにもって思ってない?」
「……うん」
そら、そうだろう。
マルーブルクの立場からしてみたら、俺ほどおいしい存在はいないって。
うまく懐柔して力を使わせて、安定的に食料供給を実行できるようにする。
でも、それだけじゃないって俺には分かっていた。だから、彼に協力しようって気持ちになっているんだ。
紅茶の件とかにしてもそう。彼は現実主義なだけじゃなく、情も併せ持つ。俺は彼のそんなところに好感をもっている。
「マルーブルク様は墓の前で祈る私に言っていたわ」
「ほうほう?」
「獣人側にも墓を作った話をしたら、マルーブルク様は満足そうに頷いて、自ら膝をつき故人へ祈りを捧げたの」
殊勝なところもあるもんだな。
「その時、あのお方の呟きが聞こえてしまったの」
「教えてもらえるか?」
「うん。『こいつになら賭けてもいい』って」
「ははは。マルーブルクらしいな」
なるほど。彼の信頼というか協力的な態度の根幹は、俺の人格を考慮してからのものだったわけか。
聞けてよかったよ。
しかし、この話は決してマルーブルク本人の前で漏らしてはいけない。百倍以上でやり返される……。
悪魔の笑顔が頭に浮かび背筋が寒くなり、ぶるっと震える俺なのであった。
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