第38話 外はやはり危険
マッスルブは十二個ほどの菓子パンを腹の中におさめたところで麦茶をぐびぐび飲み干し、大の字になって仰向けに寝転んだ。
こんなに食べるなら甘くないパンばかりにしたらよかったかな……。
予想以上の食べっぷりに戦慄した。
「お、俺たちも食べようか。どれがいい?」
三人に問いかけると、それぞれ思い思いのパンを掴む。
新たに紅茶を淹れて、軽食タイムとなる。
「変わった味だな。この赤いバターみたいなものは」
「口に合わなさそうなら……」
「いや、おいしい。お前の出してくれる料理は全部、非常に美味だ!」
ワギャンが鼻をヒクヒクさせながら、明太子フランスをむしゃむしゃと。
そういや、海鮮って食べないのだろうか? 海はあるのかなあ、この世界。
「ワギャン、君たちは海や湖に行ったりしないの?」
「海は盛夏に余程食物が無いか、酷暑の場合しか行かない」
「その言い方だと寒いところに海はあるのかな?」
「僕らが知っているところはね。冬は海までの道が雪に閉ざされる」
「へー」
海があるところはここからかなり北に進んだところなのかな? これまでのワギャンの話を総合すると、北へ行けば行くほど気候は冷涼になる。
雪で閉ざされるほどだったら、海には流氷があるほど寒冷なのかもしれないな……。夏場ならともかく、気軽に釣りに向かうとかは難しそうだ。
コッペパン(マーガリン/あんこ)を「幸せー」と呟きながら童女のように目を細めるタイタニアへワギャンの言葉を復唱する。
どうやら、彼女は海を見たことがないようだった。
それでもあんこを頬っぺたにつけたまま、タイタニアは思い出したように呟く。
「王国と帝国には海があるって聞いたことあるよ」
「そうかー。世界は広いんだなあ」
普通ここで、世界のいろんなところを見てみたいとか思ったりするもんだけど……俺はそんなことなぞ微塵たりとも思わない。
外には出ない。モンスター、猛獣、野盗、戦争、そしてこの前のピラニアみたいな天災……この世界は厳しすぎるのだから。
ん?
一つ疑問が浮かんだ。
なんでこんな基本的なことを今まで聞いて来なかったんだろう。
「そういや、ワギャン。君たちは以前から草原に来ていたりしたんだよな?」
「そうだ」
「荒地から草原へ居住地を拡大しなかった理由ってあるのかな?」
「古くから荒地に住んでいたことが一番の理由かな」
ワギャンはふさふさ毛皮の指を立て、語り始める。指先にパンくずがついていることはご愛敬。
彼らの住む荒地は、俺の想像するような草木一本生えない荒涼とした不毛の地ではなかった。
土肌の見える土地ももちろんあるけど、樹木が生い茂り森のようになった場所も川や池だってある。
草原との大きな違いは、起伏に富んだ地形だ。
農地には向かないところが多いけど、放牧なら特に問題はないという。彼らが農業を行わないのは土地柄なのかも?
彼らは古来から半遊牧生活をしていて、これまで竜人とは取引したりと交流があった。幸運なことに獣人と竜人はお互いの言葉が似通っているため、意思疎通ができる者も多い。
言葉の壁がないことが、交流を行えた一番の要因だろうと思う。
でも、草原に行かなかったわけではない。
荒地に実りが少ない時は、草原にも顔を出すことがあった。飢饉で全滅してしまっては、元も子もないからな。切迫すれば食料が手に入りそうなところだったらどこだって行く。
厳しい世界だものな……困窮したら背に腹は代えられないってね。
普段は荒地だけで事足りたし、竜人がとにかく草原を恐れ穢れた地だと忌避していた。
竜人は「草原に入る者とは取引しない」とまで宣言しているそうだ。
そんな背景があり、竜人と様々な物のやり取りをしていた彼らは表立って草原に行くことがなかったってわけだ。
「なるほど。彼らの顔を立てたってわけだな」
「それもあるが、草原にわざわざ行かずとも生活ができたからな。こちら(草原)には鉱物資源が見当たらなかったし」
「ふむふむ」
「草原はスカイイーターや、翌年同じ場所へ行ってみると広範囲に地形がボコボコになっていたり……と天災にも不安がある」
前者はともかく、後者はなんだろう。
地震? んー、でもこの辺りは高い山やらは無さそうだし……局所的に地形が変わるほどとなると……地震じゃなさそうだよな。
「スカイイーターのような災害が他にもあるってことだよな?」
「詳しくは分からない。僕は直接見たことが無いけど、聞く限り徒歩で一時間程度の範囲に点々と散らばっていて、大穴があいてたり……地面が溶けた後があったり……」
「それ、洒落にならないんじゃ……」
俺が知らないだけで、この世界には空襲でもあるのか?
空から焼夷弾かなにかが降ってくんのかよ。いや、空飛ぶピラニアがいたくらいだ。空飛ぶダイナマイトがいてもおかしくない。
そいつらが……どかーんと爆発して……。
「ねえ、どうしたの? そんな青い顔になって?」
「ごめんごめん。すぐに復唱するよ」
タイタニアの手に持つメロンパン(残り半分くらい)が、ポロリと地面に落ちた。
余談だけど、さっき食べていたコッペパンは既にタイタニアの腹の中に入っている。
甘い物の方が好きなのかな?
なんて俺が呑気なことを考えている間にも、タイタニアはようやく再起動して今度は頭を抱えて首を振っていた。
しかし、何が来るか分からないな……。明日の朝起きたら「突然崖ができてました」とかでも不思議じゃないと肝に命じておこう……。
「他にも何かあるかもしれない。竜人の地では噴火があったし、荒地ではたまに地面が揺れる」
「うーん。避難所も外枠を囲うだけじゃ充分じゃないかもしれないな……。外枠から中は俺の魔法の適用外なんだよ」
地面から竹やりが出て来たり、空から槍が降って来たりしたら……空は侵入できないから大丈夫か。
ってそんなことじゃないんだ。異世界独特の謎天災以外にも、地震や地割れなんかが起きると外枠だけじゃあ防御不可能なんだ。
全てを土台で埋めるとなると……資金がかかる。
これからここに住む住民の数が一気に膨れ上がるから避難所の拡大も必要だし。いや、それならいっそ。
「ワギャン、君たちは全員が集合したら三千人程度になるんだっけ?」
「全員が生き残っていればそれくらいだな」
しれっと怖い事を言うよな……。本当に命が軽いんだよ……この世界。
獣人が三千人、公国は千人には満たないと思うけど、公国領全体としてみたら人口は多い。
なので、農業がうまくいったら、今後公国から草原にやって来る人が増える可能性は高いと思う。
やはり、やり方を変えるしかないか。
幸いゴミ捨てのおかげで順調に資金は増えている。
俺の計画は広い分には問題ないが、狭すぎると意味をなさなくなるんだ。
住民が集まって、家を建て始めるくらいになったらゴルダをみつつ改めて練るとするか。
「すまない。ふじちま。呼ばれた」
考え込んでいたら、ワギャンの声があって顔をあげる。
彼の視線の先を見てみると、手招きするオークの姿が目に入った。
「今日はありがとう。みんなと作業ができて楽しかったよ」
「僕もだ」
ジルバがマッスルブの腹をポンポンと叩き、彼を起き上がらせる。
三人は俺とタイタニアに手を振って獣人の住む区画へと消えて行った。
「じゃあ、わたしもそろそろ行こうかな」
「タイタニア、少し待ってて」
立ち上がろうとするタイタニアを手で制し、窓から家の中に入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます