第37話 お腹が減って力がでないぶー
「家畜の排せつ物が肥料になるから必要ない。お前たちが使うなら全て使ってくれていい」
「分かった。ありがとう。申し訳ないけど、回収したら芝生の近くにでも集めておいてくれないかな?」
マルーブルクの依頼へワギャンは快く応じた。
公国側へ受け渡しする際だけ、アクセス権限をいじるか。
「せっかく来てくれたついでにもう一つ。キミたちに考えてもらいたいことがあるんだ」
マルーブルクは天使の微笑みを口元にたたえ、肘を机の上に置き両手を組む。
しっかし、唐突にお願い事がきたな……。
俺が彼の言葉を復唱すると、ワギャンは特に気分を害した様子もなくマルーブルクへ続きを促した。
「キミたちの呼称をどうしようかってのが、ボクらの中で議題にあがっていてね。モンスターと呼ぶと(ボクらにとっては)あまりいいイメージがないから」
「僕らはコボルト族、オーク族、虎族、猫族、ヒョウ族、オーガ族と雑多だ」
「ひとまとめにしてどう呼んだらいいのかってね。キミたちはボクらをまとめて人間と呼んでいるけど、正確にはエルフとドワーフもいるんだ」
「分かった。検討するようにリュティエに伝える」
おお、マルーブルク。それはとてもいいアイデアだと俺も思う。
モンスターって呼び名は俺にも違和感があったんだよなあ。だから最近は「リュティエたち」みたいな曖昧な呼称を使っていた。
ずっと復唱して話を聞いているだけだった俺は、二人へ声をかける。
「新しい呼び名は是非俺にも使わせて欲しい」
三人で握手を交わし、この場は解散となった。
◇◇◇
彼らを見送った後、コーヒーを飲みながらテラスでぼーっと外を眺めていた。
本当によく動くよなあ、みんな……。彼らは嵐が去って方針が決まるとすぐに動き始めている。
それにこんなに厳しい世界だというのに笑顔も見せていて逞しいよなー。
逞しいと言えば……ピラニアの粉末を肥料にするとか公国は侮れない。彼らならなんでも肥料にしそうだよ……。
「ふじちまー」
「おー、今行くー」
おっとそろそろ、動かなきゃだな。
ワギャンへ手を振り、芝生へ向かう。
さてと、リュティエたちから集められたピラニアの入った麻袋を台車に乗せ公国側に運ぶとするか。
量を確認したところ、タイタニア、ワギャン、マッスルブ、ジルバと俺で充分事足りると判断したんだ。
なので、アクセス許可を追加したりパブリック設定にする必要はない。もし、運ぶ人手が足りなくなったら考えよう。
ちなみに、台車を一台追加している。これで作業量は二倍になるんだぜ。ははは。
何気にここへ転移してから台車さんが一番活躍しているんじゃないだろうか。
台車さんは、我が土地の外へ出た時にはいつも一緒だった戦友だ。
そう思うと、ところどころにスリ傷が入ったこいつも愛おしく思えてくる。
これからもよろしくな。台車さん。
もう君と遺体を運ぶことのないよう願う。
ポンポンと台車の握りを軽く叩いて黄昏ていたら、容赦なくマッスルブがピラニアの入った麻袋を台車にゴンゴン乗せていく。
「ぼーっとしてると危ないぶー」
「ごめんごめん」
感傷に浸っている場合じゃあなかった。頑張るぞー。
夕方頃になり、全てのピラニアを運び終える。
双方百名以上で集めたから、ものの数時間で完了した。人海戦術って素晴らしいな。
作業が終わったのでタイタニアたちとテラスで麦茶を飲んでいたら、ワギャンが思い出したように耳をピンと立てる。
「ふじちま。僕たちの呼び名だけど」
「お、決まったの?」
「うん」
「おー!」
「いろいろ検討したが、獣人と決まった。荒地の民って候補もあったけど、これからは『草原の民』になるから」
「分かった!」
無難なところに落ち着いたんだな。オーガ以外はみんな何かしらの動物に似ているし、分かりやすいと思う。
「フジィ。ワギャンは何を言ってたの?」
「あ、ごめん。復唱してなかった。彼らのことは獣人と呼ぶってことで」
「分かったわ。マルーブルク様へ伝えておくね」
「うん」
タイタニアはまだ伝えたいことがあるらしく、目を閉じ何かを想像しながら言葉を続ける。
「でも、いつか人間とかコボルトとかのくくりなんて無くなって、『草原の民』って呼ばれたいね」
「お腹すいたぶー」
タイタニアがいい事を言ったのに、マッスルブの声に遮られてしまった。
黙って話を聞いていたと思ったらこれだよ。彼が静かだったのは空腹だったからしい……。
これに対し、声をたてて笑うワギャンとタイタニア。
あれ、ジルバは笑わないんだな。表情から微笑んでいるのかなあと思うんだけど。
「ジルバってとても無口なんだな」
俺は未だに白銀のモフモフを持つジルバの声を聞いたことがないな。
つい目線がジルバの方へ行くと、ジルバではなくワギャンが俺へ声をかけてきた。
「ふじちま。ジルバは喉に古傷があるんだ」
「ごめん」
「さっきもジルバだけ笑い声を出さなかった。それに……前々から気になっていたのだろ?」
「そういえば、ジルバの声だけは聞いたことがないなあと思っていたよ」
これまで、ジルバだけは挨拶もせず手をあげるだけ。
会話にも参加しなかったし、マッスルブと違って腹が減って黙って無口になっているわけでもなかった。
「ふじちま、気にすることはない。な、ジルバ」
ワギャンがジルバへ目を向ける。
すると彼は親指をグッと前に突き出し『問題ない』とおどけたように首を左右に振りピコピコと耳を揺らしたのだった。
「フジィ、ワギャン、ぶーちゃんが倒れてるよ」
ちょ、少しの間会話していただけでぶっ倒れるとかどんだけ腹が減ってたんだよ。
タイタニアがうつ伏せに倒れ込んだマッスルブの肩に腕を通して起き上がらせようとするが……持ち上がらない。
「ま、待ってて。すぐに何か食べられる物を持ってくる」
開きっぱなしの窓から部屋の中に入ってタブレットを手に持ち、メニューを閲覧……。
え、ええと何がいいんだ。
焦るとパッと思いつくメニューがない。レンジでチンする? いや、注文したらすぐに食せる物の方がいい。
お、これで行こう。
ちゃちゃっと注文を済ませ、宝箱を開く。
焼きそばパン、メロンパン、コロッケパン、明太子フランス、コッペパン(マーガリン/あんこ)……を各五個。
ついでに俺たちも食べることにしようかなと。
「ワギャン、ちょっと手伝ってもらえるかな?」
「わかった」
ワギャンと一緒に宝箱へ戻る。
「また見たことのない食べ物だ。一体、お前の魔法はどれだけ種類があるんだ」
「今更驚かないぞ」という強い意志がワギャンから感じられた。
でも、俺は知っているんだ。彼が驚いた時、耳がピコピコするってことを。
「まだまだ種類はあるぞ。今後も楽しみにしておいてくれ」
「ああ」
ワギャンと頷き合う。
彼と共に宝箱から菓子パンをテラスへ運び込んで、テーブルの上に一旦それらを乗せる。
「マッスルブ、飯だぞお。パンだけどー」
マッスルブのピンク色の耳をつまんで囁く……お、起き上がった。
ゆらりと椅子に腰かけた彼は焼きそばパンを手に取ると、そのままむぎゅううっと口の中へ丸ごと押し込む。
喉が詰まるってそれ……。
しかし、俺の心配など露知らず、彼はゴクリとそのまま焼きそばパンを飲み込んでしまった。
オークすげえ、なんかこう迫力が違う。
「ぶーちゃん、すごい食べっぷりだね」
タイタニアはマッスルブへ次から次へと菓子パンを手渡していく。
受け取ったマッスルブは、全て一口で食べていくじゃあないか。
「マッスルブは特別なんだ。全てのオークが食いしん坊ってわけじゃない」
目を輝かせながら楽しそうにマッスルブの猛然とした食事風景を見守っていたタイタニアへ、ワギャンが首を振り苦言を呈するのだった。
※明日から連日更新に戻るぶー。更新時間は夜になるかもです。
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