第36話 おかわり
もしゃもしゃとピラニアを咀嚼したグバアだった。
だが、いくら大規模な竜巻だろうと全てのピラニアを食い尽くすどころか、全体から見るとカップアイスをスプーンで一口すくった程度にしかピラニアは減っていない。
何しろ数が数だもんな。
大群という言葉じゃ生温い。
イナゴ被害を受けているテレビ映像を想像してみるといい。十メートルやそこらを削り取ったところで、そうそう空一面に広がるピラニアを食い尽くすことなんてできないからな。
『美味だ』
「まだ食べるのかよ!」
グバアは再度竜巻を出し、おかわりする。
更に四度ほどおかわりしたところで、満足したのか口から「ぐえええ」と下品な声を出す。
その頃にはピラニアの大群は三割ほど数を減らしていたものの、グバアを避けるように半分に分かれて北の空に消えて行った。
『スカイイーターは季節物なのだぞ。この時期しか食すことのできない早春の楽しみなのだ』
死んだ魚のような目でぽかーんと口を開いたままグバアを眺めていたら、奴がそんなことをのたまいやがった。
こっちにとっては、自然災害でしかねえんだよ。ピラニアの大群なんぞ。
「用が済んだのなら帰った、帰った」
あいつが上空にいたままじゃ、開拓なんぞできやしねえ。
いつ「グバア水爆」や「グバア竜巻」をこちらに向けられるか分からないから、退避所の外にみんなが出て行けない。
『お主、忘れておらぬか?』
覚えてるけど、衝撃的なピラニアの捕食シーンだけで胸焼けを通り越して倒れそうだ。
なので、そのままお帰りいただきたいのだが……奴の態度、明らかに俺の言葉を待ってやがる。
仕方ねえ。
俺は嫌そうな顔をそのままにグバアへ言い放つ。
「人間たちは約定のことなんて知らなかった。今後はここへ飛竜を入れないよう通達している。以上、オーバー」
グバアとの約束である、人間の事情を聞くことと今後のことを一息で伝え終える俺である。
ところが、グバアはまだききたいことがあるようで立ち去ってくれない。
『飛竜と人間は繋がっておるのか?』
「飛竜は人間達が卵から育ててる。飛竜と繋がりはあるかもしれないけど、古龍とやらとは関係ないはずだ」
『ふむ』
事情が分かったとしても、グバアの約定とやらは変わらないんだろ?
飛竜が草原に入ったら容赦なくグバア水爆で滅するんだろうに。
「じゃあ、そんなわけで」
シッシと片手をめんどくさそうに振るが、グバアはホバリングしたまま微動だにしない。
なんだよもう。
『お主、我をまるで恐れぬのだな。我にここまで横柄な対応をするのは、お主とグウェインくらいだぞ』
「恐れてるに決まってるじゃないか! 誰が地形を破壊するような奴を見て平気でいられるんだよ」
『お主はまるで動揺しておらぬではないか』
それはだな。
みんなの手前、強がりってやつだよ。彼らにワタワタした態度を見せるわけにゃあいかない。その一心で俺は自分を奮い立たせているんだ。
……と最初は思っていたけど、今は少し違う。
グバアとは一応会話が通じるし、我が土地の中にいさえすれば絶対安全だと分かったから、気合を入れずとも自然体で会話できるようになってきている。
『そこへ入れろ』
「ん? どこ?」
ぶしつけにグバアは嘴を我が白亜のテラスへ向ける。
え、えええ。まあ、いいけど……。
『手は出さぬ。我の矜持にかけて誓おう』
「分かった」
そこまで俺へ誓いを立ててまで降り立ちたいというのなら、構わない。
手を出さないっていっても「グバア水爆」とかで暴れないって意味だろう。あいつの場合、翼を勢いよくばさああっとしただけでも人間の皮膚くらいなら軽く切り裂く。
だが、我が家の中は誰であろうとも傷つかないし、問題ない。
「いいぞ。入ってきて」
『うむ』
グバアへアクセス許可を設定し手招きすると、奴は凛々しい顔でぶわさあとテラスへ降臨した。
「ま、待て。吹き飛ぶだろ!」
グバアは何を思ったのか、地面に足をつけるやいなや翼をバタつかせ嘴を上にあげて騒ぎ出す。
すぐに奇行を止めたグバアだったが、いつの間にか奴の足元に見慣れない真っ黒の卵が転がっていた。
大きさはダチョウの卵より二回りくらい大きくて、両手で抱えないと持ち運びできないほどだ。
『お主ら矮小なる者たちが飛竜を育てていると言ったな』
「うん、俺じゃないけどな」
『良辰よ。お主、グウェインと我とどっちを取るのだ! まさか、グウェインじゃあないだろうな?』
「意味が分からん。どうしたんだよ。急に」
『育てるのなら、我が眷属を使え!』
この黒い卵を羽化させて、育てろって言うのか?
俺がやるの?
「鳥だよな? その卵」
「我が眷属だからな。翼と羽毛を持つ』
「育てたことがないんだけど……」
『心配要らぬ。産まれ出でた時より、言葉を理解する』
ただし俺しか分からないって注釈がつくけどな。
ん、卵の大きさから想像するに……番犬ならぬ番鳥代わりにはなってくれるかな。空を飛べるのなら、索敵には一番だし。
くれるっていうなら、もらおうかな。
「分かった。育ててみる。卵を
『お主が寝る際に共に寝ろ。お主の体温で暖まろう」
「お手軽だな」
『話はそれだけだ。また来る』
「えー」
『何か言ったか?』
「いや?」
思わず不満が口をついて出たら、目ざとく聞いていやがった。
グバアはじーっとこちらを伺うようにしばらく眺めていたが、冷や汗をかいた俺が顔を逸らすと満足したように嘴をぐばあっと開き「ぐげっぐげ」とか怪しい笑い声? を出した後飛び去って行く。
◇◇◇
ピラニアとグバアという大災害がようやく去った我が土地と周辺の草原はようやく落ち着きを取り戻しつつある。
見えない壁の活躍もあり人的被害は無かったが、それでも見えない壁の下には大量のピラニアの死骸が折り重なっていた。
これを全て清掃するのはなかなか骨が折れるぞ……。畑を作る前でよかったよ。
「ちょっといいかな?」
「うん」
俺が落ち着くのを見計らったようにマルーブルクが家の前で俺へ向け片手をあげる。
「リュティエでも他の人でもいいんだけど、呼べるかな?」
「聞いてみる」
マルーブルクに集会場で待つように告げてから、近くにいたオークを捕まえていつものメンバーのうち誰か空いてないか聞いてみる。
すると、すぐにワギャンが捕まったので彼と共に集会場へ足を運んだ。
「ごめんね。忙しいところ」
ワギャンへ会釈したマルーブルクはさっそく本題へ入る。
「待って。先に今の言葉を復唱するから」
「りょーかい」
最近決めたことなんだけど、いちいち翻訳を頼む、頼まれたとやっているのもわずらわしいので、通訳をする時はそのまま言葉を復唱して伝えるようにしているんだ。
「ごめんね、忙しいところ」と俺が先ほどのマルーブルクの言葉を復唱すると、ワギャンは「問題ない」と応じる。彼の言葉もいつもと同じように俺が復唱した。
「ワギャン、あの魚もどきは食べられるのかい?」
「骨ばかりで身がほとんどないうえに泥臭く、えぐみも強くて、飢饉でも食すのが難しい感じだ」
マルーブルクとワギャンの言葉の応酬の間に俺の復唱がもちろん入っている。
ワギャンの回答を聞いたマルーブルクは長い睫毛を震わせ、ポンと手を打つ。
「骨が多いのなら、乾燥させて肥料にするかな。キミたちはあの魚もどきをどうするつもりなんだい?」
「捨てる」
「捨てるのは勿体ないよ。僕らが受け持つ。乾燥させて細かく砕いたものをキミたちにも渡すよ。草の育ちがよくなるよ」
草は無限に作ることができるけど、自然に生えてくるものを食べるのが一番だろう。
しかし、ワギャンはマルーブルクの提案に首を振る。
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