第28話 草の貯蔵は充分か?

 シチューを食べおわった後はちくわやらカマボコを追加して、缶ビールを片手に語り合った。

 とりとめのない話が多数だったけど、周辺地域の気候や地理を聞けたのは収穫だ。

 草原と呼ばれる地域は南北に百五十キロ以上、東西に八十キロほど広がっている。我が家のある位置は南端に当たり「草原の入り口」として重要拠点とのこと。

 タイタニアら公国にも近く、我が家の南は山脈が、東には川を挟んでワギャンらの荒地。

 川があることから、水資源も豊富で農業をするにもいい。北へ行き過ぎると冷涼で、冬になると地面が凍り付き農業ができなくなるんだと。

 

「とまあ、こんなところだよ。人間の領域のことはよく分からないけどね」

「ありがとう。さすが半遊牧生活をしているだけに詳しいな」

「この場所は何かと使いやすい地域なんだ。だから、人間と僕たちの戦争になった」


 ワギャンはどういたしましてといった風におどけてみせる。

 結構時間が経っているなあと思って、タブレットに表示されている時間を見てみたら……。

 

「あ、ごめん。帰らないとだよな」

「僕らの方はお前が言う『法』やら『身分』なんてものは無いから、リュティエたちもそれほど決める内容は無いと思う」

「えっと」

「要するに僕がやる仕事はそんなにないってことだよ」

「そっか。それならよかった」


 安心したところで、今度はタイタニアだ。

 

「マルーブルク様が泊ってきてもいいと言ってたよ」


 そのネタはもういいから! 

 狙ってるのか、俺が口にビールを含んでいる時を……。

 うん、またしても吹いた。


 しかし……首をコテンと傾けて不思議そうな顔をしているタイタニアを見ていると――。


「……それ、マルーブルクがどんな意味を込めて言ったかとか理解してる?」

「ん?」


 あ、こら、まるで意味が分かってないな。

 戦いに明け暮れ、他のことはおろそかになってしまったんだろうか。

 俺の知っている映画とか本だと、切迫した世界ほどアンアンしているんだけどさ。

 いつ死ぬか分からないし、人口が減りまくるから……長い恋人期間なんてせず、すぐに子を成し……。

 まあ、それはいい。

 

「マルーブルクらへ伝えて欲しいことは、さっき確認した『見えない壁』の仕様な。だからもう話す内容は終わってるんだ」

「うん!」

「あ、あと。『俺がとても満足していた』って合わせて伝えてくれるか?」

「分かった!」


 タイタニアが意味を分かる必要は無い。俺からの伝言を聞いたマルーブルクは、きっと次からも彼女を使いに寄越すはずだ。 


「じゃあ、ちょうどいいところでお開きにしますか」

「そうだな。また明日な、ふじちま」

「おう」

「うん、またね。こっちは明後日だっけ?」

「そのつもりだ。ワギャンたちのところが早く終わったら顔だけは出すかも」

「分かったわ」


 そんなこんなで、作戦成功の打ち上げ会は終了したのだった。

 でも俺はこの時、何も不思議に思わなかったんだ。聞いた限りワギャンらの住む荒地に比べ草原の環境は悪くない。

 それなのに何故、彼らは草原に定住しなかったのかということを。


 ◇◇◇

 

 ――翌朝。

 朝からメロンパンとコーヒー牛乳を楽しんだ俺は、芝生まで出てリュティエが来るのを待つ。

 俺が外に出て来たのに気が付いたオークが、すぐにリュティエを呼びに行ってくれたようでテーブルセットの椅子へ腰かけるとすぐに彼がやって来た。

 

「おはよう。リュティエ」

「おはようございます。いい天気ですな」


 彼の言う通り、空は雲一つない青空で早春の暖かな陽射しが眠気を誘う。


「昨日、ワギャンからだいたい聞いているんだけど、畜産を行うってことでいいのかな?」

「狩猟や採集も行いますが、一番は畜産ですな」

「おっけー。ついてきて」


 芝生から伸びる東側の枠へ数メートル入ったところで立ち止まり、リュティエへ目をやる。

 

「そこの人ー、少しよけててもらえるー」


 興味深そうに枠の手前まで来ていたコボルトとオークへ距離を取ってもらう。

 タブレットを手に取り、草原を映しこんでっと。

 

『十マス×十五マス で 一万五千ゴルダになりますがよろしいですか? はい/いいえ』


 もちろん購入だ。

 購入をタップした瞬間、音も無く草原が茶色の土が剥き出しの土台へ変わる。

 

「三度目とはいえ、いつ拝見しても凄まじい魔法ですな」


 リュティエはほへえと出現した土地へ驚愕していた。

 

「少し考えがあってさ。今からそこの茶色の土を草に変える」


 床材のメニューを開き野原を選択、決定。

 すると、赤茶けた土が一瞬でこの辺りに生える雑草と同じような草っぱらに変わる。

 

「そこの人たち、申し訳ないんだけど手伝ってもらえるかな?」

「何するぶー?」

「僕も手伝う」


 俺の姿に気が付いたワギャンとマッスルブがここまで駆け付けてくれた。


「ここの草を全部引っこ抜きたい」

「私も手伝います」


 ◇◇◇

 

 大人数でやったからものの数分で全ての草を引っこ抜き、野原の土台は赤茶けた土が剥き出しになる。

 さて、ここでだな。

 

 再び床材メニューを開き、野原を選択。

 決定。

 

「お、予想通りだ!」


 剥き出しの土地が再び野原へ戻る。

 これは……チート過ぎるぞ。

 床材はいくら設置してもゴルダが必要ない。しかし、床材を選んだことによって出て来た草なんかは刈り取ることができる。

 今みたいに再度設置しなおせばすっかり元通り。

 草が再び生えてきたのを見て取った群衆はどよめきの声をあげ、声はすぐに歓声に変わる。

 

「すごいぶー。草が元に戻ったぶー」

「ふじちま、これはとんでもないぞ」

「そ、そうだな……」


 喜色をあげるマッスルブとワギャンに肩を叩かれるが、余りのとんでも性能に乾いた笑い声が出てしまった。

 

 床材の一つに池と表示された深さ一メートルほどの水たまりがあるんだけど、これも中の水を抜いて再度設置すれば……水が使いたい放題だぜー。

 いや、水に関しては他の案がある。

 

「水栓とゴミ箱を置くので、使い方を見せるよ」

「なんですかな? それは?」


 リュティエはまるで想像がつかないと首を捻った。


「見てもらった方がはやい」


 すっかり忘れていたのだが、畑・庭(ガーデニング)ってカテゴリーがあったのを覚えているだろうか?

 これは庭用の道具や花壇をつくるためのカスタマイズパーツが多数取り揃えられている。

 その中にある「水栓」。これが今回使おうと思っている超アイテムなのだ。

 家のキッチンや風呂にある蛇口もそうなんだけど、水やお湯は無限に出る。

 どこから水を引いてきているのかとか想像もつかないけど、そこは目をつぶって……要は水栓を設置したら水がどんだけでも使えるってことなんだああ。

 

 と内心興奮しつつ、「水栓」を選び設置位置を調整して決定をタップする。

 

 出て来たのは、一般家庭の庭先によくあるアレだ。

 細い四角い柱が一メートルほど伸び、柱の先から蛇口が伸びている。

 

「リュティエ、この蛇口をひねってみてくれ」

「分かりました」


 リュティエは緊張した面持ちで、静かに蛇口を捻りはじめた。


「リュティエ、反対側に回して」

「はい……う、うおおおお」


 蛇口から水が勢いよく出てくる。

 よし、性能通りに動きそうだな。

 

「この水はいくらでも出る。もしため池とかも必要なら俺の魔術で作るから言ってくれ」

「わ、分かりました。水があると非常に助かります」


 リュティエは虎の顔だから表情を察することは難しいけど、肩と指先が僅かに震えていることから驚きの閾値を越えて固まっているのかなあと思う。

 でも、自重しない俺はすぐに次の手を繰り出すのだ。ふふふん。

 

 ゴミ箱行くぞ。

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