第27話 笑えますように

「――というわけだ。大丈夫そう?」

「えっと、『壁の中に入れない人』が外から剣を振った時って?」

「その場合は、『弾かれる』。あくまで中に入ることのできる人の身体に触れているモノだけが対象だよ」

「うん」


 タイタニアはコクコクと小動物のように頷き、長い髪の毛をかきあげた。

 アクセス許可の無いものは、生物・無生物に関わらず、全て我が土地の中へ入ることができないのだ。例えば風に吹かれて飛んできた落ち葉であろうとも。

 土地の中はフレンドリィ・ファイア禁止。別名「対人禁止エリア」になっている。

 オーナーである俺自身であっても、誰かを傷つけることはできない。といってもだ。芝生を引っこ抜くことなんかはできる。

 この辺よく分からないんだけど、ゲーム的に解釈するならキャラクターを傷付けることは不可能で、オブジェクトは自由に操作できるってことかな。

 じゃないと、食事も摂れなくなってしまうし。

 っと。

 

「食べながら聞いてくれてよかったのに」


 タイタニアだけでなく、ワギャンまでバケットを手に持ったまま聞き入ってくれていた。

 殺伐とした世界の二人だけど、こういうところは律儀で彼らともっと歩み寄っていけるんじゃないかと予感させる。

 平和な世の中になり、いつか彼らが心に負った戦争の傷跡も癒える日が来たらいいな。

 

「どうした? ふじちま」

「いや……きっと草原はうまくいくと願っていたんだよ。食べようぜ」

「食べられるって本当に幸せ……」


 シチューにバケットを浸してもぐもぐと食べているタイタニアは本当にいい顔をする。

 そうだよな。当たり前だと思っていた食事だって、彼女からしたら特別なことなんだ。普通に接することができている彼らとはいえ、認識が異なるってことは忘れてはいけない。

 

 よし、俺も食べよう。

 タイタニアの真似をしてバケットをシチューへ浸し……パクっと。

 お、適当に作った割にはいけるいける。鶏肉よりベーコンにした方が良かったかもしれない。

 

「ふじちま。お前の魔術で作る料理は味がしっかりついてておいしいな」

「口に合うようでよかったよ」


 俺とワギャンは揃って言葉も忘れて食べ続けるタイタニアを見やり、お互いにニヤニヤと笑いあう。

 どんだけ飢えてんだよって話だけど、彼女曰く祭りのときにしか肉を食べられないとかなんとか言ってた気がするし……決して彼女は食いしん坊万歳ってわけではないはず。

 おっと、タイタニアの食事事情のことばっかさっきから考えてるな。そうじゃなくてだな。

 

「ワギャン、タイタニア。君たちの協力があって今回の作戦はうまくいった。ありがとう」

「それを言うなら、僕らこそだよ。誰も死なずに済んだ。これがどれだけ素晴らしい事か!」

「こちらも死者は二名に飛竜が三匹で、他の人たちは怪我もしてなかったよ」


 タイタニアは缶ビールで食べていたものを飲み込んだみたいだけど、急いで口を挟んだからかむせていた。

 事前検証、兵を取り囲んだ後に「導師」や「魔術師」と叫んでくれたことなどなどワギャンたちのやってくれたことは多岐に渡る。

 彼らがいなければ、今回の作戦はうまくいかなかったと確信できるほど、彼らの果たした役割は大きい。

 面と向かって手放しに彼らを褒めることは気恥ずかしくてできないけど、本当にありがとう。ワギャン、タイタニア、マッスルブ、ジルバ。

 心の中で再度お礼を言った時、バケットを口に突っ込むタイタニアと目が合った。

 

「フジィ、顔を赤くして……もしかして酔ってる?」


 え? 顔が赤い? 考えが読まれてしまったようで恥ずかしさから赤くなったんだけど……。

 タイタニアがいい感じに勘違いしてくれたから、そういうことにしておこう。

 

「あ、久しぶりに飲んだからかなあ」

 

 いけしゃあしゃあとそんなことを呟く。


「余り無理するなよ。お前は今日一日魔法を使いっぱなしだろう? 疲れるんじゃないのか? 魔法は」


 今度はワギャンから俺を案じる声。


「そ、そうだな、う、うん」


 挙動不審になってしまったが、これも酔っ払っていると認識してくれたようだ。

 ははは。

 

「そ、そうそう。ワギャンたちのこれまでの生活ってどんな感じなんだ?」


 あからさまな話題逸らしだけど、ワギャンは気にした様子もなく俺の話へ乗っかってくれた。

 

「半遊牧生活とでも言えばいいのか。季節によって家畜を連れて住処を変える」

「へえ。どんな動物を育てているんだ?」

「羊、鶏、ダチョウ、草食竜……といろいろだな」

「移動するのって、家畜の餌が無くなるからかな?」

「その通りだ。草を食いつくしてしまうと移動するしかないからな。夏は北へ、冬は南へ行くことが多かった」


 ふむふむ。家畜の都合で移動しているわけか。

 草の生育期間と気候を加味して決まったところを移動してるのかな。


「他は狩りをしたり、山で山菜を採ったりするのかな?」

「その通りだ。狩猟もするし、採集もする。鉄も集めるし、鍛冶もするぞ」

「移動しながらだと鍛冶とかは大変そうだ」

「そこは、慣れだよ」


 明日はリュティエのところへ顔を出す予定だったから、今の話を参考にして寝る前に俺のできることを練ってみるか。

 ゴルダの消費をできる限り抑えつつ、彼らの助けになるような事を。

 

「ん? どうした? やはり疲れがたまっているんだな?」


 ワギャンが頭を捻って考え込む俺を酔いと疲労で朦朧としていると勘違いした様子。

 

「いや、何ができるかなあと思ってさ。タイタニア。人間は農耕でよかったのか?」

「うん、王国から輸入していた穀物をとマルーブルク様がおっしゃっていたよ」

「穀物ってことは小麦かな?」

「小麦、大麦、カラスムギ……みたいだよ」

「今って秋だっけ?」

「フジィ……転移してきたって言ってたから仕方ないけど、いまは早春よ」


 早春か。少なくとも東京よりは冷涼であるけど、夜に凍り付くほとではない。

 広がる大草原と潅木(低木)にモンゴルのようなステップ気候と思っていた。でも、ここはアメリカ中央部の穀倉地帯のようなプレーリーに近いと判断していいだろう。

 ステップなら夜はもっと冷えるし……。

 

「小麦、大豆、大麦ってところかな。気候的に」

「その辺りは詳しい人がちゃんと調べるって言ってたよ」

「農家の人も来るんだな」


 当然と言えば当然か。

 占領した後、農業従事者がやってきて開拓する予定ってことだな。

 素人の俺が口出すより、彼らだけでやった方がいい。


「うん。きっといっぱい穀物が実るよ!」

「そうだな。うん。俺も何か手伝えないか考えてみるよ」

「ありがとう。フジィ」


 ニコニコと少女のような笑みを浮かべるタイタニアに微笑ましい気持ちになる。

 最初会った時は二十歳くらいかなと思ったけど、彼女はもう少し若いのかもしれないなあ。

 無表情で戦争に赴くと言っていた彼女からは想像できないような快活さで……これが生来の彼女だと思うと胸が締め付けられる。

 やっぱり、殺し合いはよくないよ。

 みんなが笑っていられればいいなあ。

 自己満足だって分かってるさ。草原での争いが無くなろうとも、クリスタルパレス公国はゴブリンと魔族と抗争中だ。

 その他の国……帝国も王国もドンパチやっている最中。

 

「どうした?」

「フジィ、大丈夫?」

「あ、ごめんごめん。また考え事を」


 これは俺のエゴだ。でも、せめて俺の目に見えるところでは争いが無くなって欲しい。そう願う。

 

「何を考えていたんだ?」

「みんなが笑える世界になりますようにと願っていたんだ」

「『みんなが』と種族問わずなところが、フジィらしいね」


 あははと全員で笑いあう。

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