第26話 見えない壁とは?
鍋に水を入れ直して、枝豆をさっと湯通しして皿へ乗せ換える。
メニューは何にしようかなー。ルンルン気分でタブレットに表示されるメニュー一覧を見ていたら、とあることに気がついた。
チラリと目をやると、向かい合わせに座ったワギャンとタイタニアはカマボコをつまみ缶ビールを口に運んでいる。
ワギャンの表情は取り辛いけど、タイタニアを見る限り目を細めて美味しそうにビールを味わっていることが分かった。
「ふじちま。僕はビールを飲んだことがある。こんなに冷たくはなかったけど」
「フジィ。カマボコって不思議な塩味だけど美味しいね」
俺の目線に気がついたのか、二人はふんわりとした笑顔をこちらに向ける。
いや、そうじゃなくてだな。
「不思議に思わないのか?」
この家にしても、出てくる飲み物も……彼らはそれらを目の当たりにしてもまるで驚いた様子がないんだ。
「突然出現する土台。僕と会話できることなんかに比べたらこれくらい」
ワギャンは缶ビールを片手に朗らかに笑う。
「見えない壁とか……もうわたしはいろいろ麻痺しちゃって、全てありのままに受け止めることにしたの」
タイタニアは長い髪を指先でかきあげて、グッと拳を前に出す。
なるほど。ライフが削られ過ぎてもう「いいやーあははー」ってなってたのね。
だが、それは俺にとって好都合。
全ては不思議なとんでも魔術。俺だから仕方ないと思って思考放棄してくれた方が、いろいろ突っ込まれずに済む。
「そ、そっか。もうちょっと待ってくれ。すぐできるものにするから」
乾いた笑みを浮かべ、彼らに伝えると彼らはビールとカマボコだけでも十分だとか言ってくれた。
客人にアテとビールだけなんてありえんだろ。ちゃんと作るさ。
必殺レトルト攻勢だけどさ。
◇◇◇
冷凍食品なんかもメニューにあったけど、レンジやオーブントースターがないから、すぐに出来る料理は限られている。
そんなわけで、簡易的なシチューもどきとバケットにした。
切るだけでいい野菜……白菜、ブロッコリーなどに加え、鶏の胸肉とモモ肉を突っ込んでグツグツ煮込んだだけ。
玉ねぎとかネギ系はワギャンがアレルギーで倒れるとこを懸念して入れてない。
あ、でもシチューの素って玉ねぎ入ってなかったっけ……一応食べる前にワギャンへ確認するか。
「ワギャン、玉ねぎを食べても大丈夫?」
「火を通せば問題ない。生だと中毒になるかな」
「わたしは平気よ」
聞いてないのにタイタニアまで答える。何やら言葉が通じないのに彼らは二人で仲良く飲んでいて微笑ましい。
ともあれ、シチューの素に玉ねぎが入っていても大丈夫だな。
「あ、缶ビールは勝手にそこの箱の中からとってくれ。無くなってもすぐに魔術で補充できる」
「フジィ。あなたのお家なら……みんな飢えずに暮らせそうね」
思考を放棄したはずのタイタニアは無限に俺が食料を出せると考えたのか、呆れたように凛とした眉根を寄せる。
「タイタニア、ワギャン。今は君たちの心の中だけに留めておいて欲しいんだけど」
と前置きすると、彼らは急に真剣な顔になり神妙に首を縦に振った。
話すべきか迷ったけど、いずれ知っておいてもらわなきゃならないことなんだ。これは俺の弱点でもある。
だけど、彼らに協力を仰ぐにはこちらの事情を理解してもらう方がいいだろう。
「俺の魔法は無から有を作り出しているように見えるけど、実のところそうではない」
「僕は魔法のことはよくわからないな。タイタニアは?」
ワギャンが顔を向けるだけで、彼が何を言っているのか察したタイタニアはコクリと頷く。
「エルフは魔法が得意なの。魔法を使うには対価が必要なのよね」
「うん、俺の魔法は等価交換の原理で動いている。それは、俺の魔力と資源だ」
魔力は嘘だけどね。
といってもハウジングアプリは俺だけにしか扱えないから、魔力と言い換えてもいいだろう。
「俺の魔法はこれを使う」
手にタブレットを出したが、彼らの反応がまるでない。
「何も見えないが?」
「そ、そっか……気にしないでくれ。こうして手を開いて魔法を使うんだ。そこの箱を見ていてくれ」
どうやらタブレットは俺にしか見えないらしい……目の前でタブレットの操作をしていたら間抜けに違いないけど……試しに見せてみないと始まらないからな……。
そんな葛藤がありつつも、タブレットからメニューを開き、缶ビールを一本注文する。
「箱に缶ビールが出てきたわ」
タイタニアが宝箱から缶ビールを取り出し、こちらへ掲げてみせた。
「うん、缶ビールという「物」に変換したのは俺の魔力で、その元となる何にでもなれる「物の元」が資源なんだよ」
「えっと、缶ビールを作るには無色のエーテルのようなモノが必要で、缶ビールという指向性を持たせて形作るのがフジィの魔力ね」
「そんな感じ。ワギャンもだいたい理解できた?」
「ああ。エーテルの元となるモノをふじちまに提供できればいいのだが……お前への礼を何もしていないからな」
それこそ相談したいことなんだよね。
「お礼」の品の話はおいおいするとして……今回のは頭出しで、リュティエやマルーブルクに話すかはまた考えよう。
「あ、フジィ。資源って、何でもいいの?」
「そうだな。金属などの素材から古銭、武器などなんでもいけるかな」
「じゃあ。木を切って薪とか炭とかでもいいのかな?」
「お、おお!」
それはいい。この辺りは木が少ないけど……それでも木材なら簡単に手に入る。
俺が外に出ないという条件を遵守するにしても、四方を一マスの土地で囲んでから中の木を切り倒せばゴルダが手に入るじゃないか。
すげえ、すげえぞ。タイタニア。
「ふじちま。タイタニアと話をしているところだけど」
「ん?」
「吹いてる」
「ぬ、ぬあああああ!」
お、俺の力作シチューが吹きこぼれてるじゃねえか。
慌てて火を止めて、机の上へ鍋ごと運ぶ。続いて、バケットを籠に放り込んで鍋の隣へ置いた。
「この深皿を使えばいいの?」
タイタニアがいつの間にかキッチンのところに移動していて、深皿を手に取り俺へ手渡す。
「じゃあ、食べようか」
「ああ」
「うん」
それぞれの神へ祈りを捧げ、シチューを配り……。
「かんぱーい!」
三人の声が重なった。
ビールうめええ。ここへ来てから初めてのアルコールなんだよな。冷えてて最高だぜ。
「それで、ふじちま。用とは何なんだい?」
「一番の目的は君たちと打ち上げをしたかったことだけど……一応体裁があるから理由をつけたんだ」
二本目の缶ビールを開けながら、ワギャンへも新しい缶ビールを放る。
「フジィ。マルーブルク様が朝まで帰って来なくてもいいとか言ってたんだけど……そんなに長い話なの?」
「ぶっ! ゲホゲホ。それは違う。君たちに伝えて欲しいことは見えない壁の仕様だよ」
「そういえば、リュティエの前で説明していなかったね」
「そ、そそ」
何度かせき込むことでようやく収まってきた。タイタニアが変なことを言うもんだから、ビールを吹き出してしまったじゃねえか。
「一応、確認しておく? もう必要ないかな?」
「僕は大丈夫だ」
「えっと、見えない壁へ何かを投げてぶつけた場合、中に入ることのできる人でも壁にぶつけた物が弾かれちゃうのよね?」
タイタニアの記憶があいまいなようだから、もう一度説明しておこう。
外から槍を放り投げた場合、見えない壁は誰が投げようとも弾き飛ばす。これはオーナーである俺でもだ。
しかし、身に着けていた場合とか手に持っていた場合……ようは体のどこかに触れて外から土台の中に入った時には、全て中に入ることができる。
じゃあ、外から剣を構えて振りかぶって中にいる人を切り付けようとしたらどうなるのか?
答えは斬ることは可能。
しかし、斬られてた人は痛みを少しも感じないし、傷一つつかない。
我が土地の中は、ゲーム的な表現を使うと「フレンドリィ・ファイア禁止」エリアなんだ。
さすが絶対安全を謳う我が土地である。完璧だ。
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