第22話 超生物

「私は小うるさいと言ったはずだが? 聞こえていないのか?」


 人間側へ向け、大音量で呼びかける。

 飛竜は爆音に驚いたようで、翼をバタつかせ嫌がるように首を振った。背に乗る人間が飛竜を落ち着かせようと何やら行っているようだが、ここからだと見えない。


 数歩ゆるりと進み、人間達がいる枠の手前で止まる。

 腕を組み彼らを見下ろすように顎を少しあげねめつけ、仕方ないなあといった風にはああと息を吐く。


 一方でシーンと静まり返っていた人間たちは、奥の方で何か動きがあったようだ。

 人垣が割れ、空いたところを一人の少年が傍に二人の護衛の男を連れこちらに向かって来る。

 あの少年が彼らの代表者に違いない。

 しかし、彼は栗色の髪をした利発そうな少年だぞ。歳は十二歳程度。小学校高学年から中学生くらいに見える。

 腰下くらいの黒いマントを身につけ、赤い長袖のシャツをは金糸の刺繍が施され手が込んでいることが伺えた。

 足元は頑丈さに重きをおいた黒色ブーツで、ブーツにズボンの裾を入れている。

 腰には細身の剣をさしているけど、剣の柄が金色で大振りだ。あれは戦いの中で使うものには見えない。

 こんな年少の者が代表者?


 彼の傍を固める男二人も、さっき嫌らしく叫んでいた男とは様相が異なる。

 一人は三十手前くらいの無精髭を生やした茶色の髪でボサボサの短髪。

 服装もどこかだらーんとしたゆるい感じだ。

 一方でもう一人は、五十代半ばほどの白髪に少し茶色が混じった紳士で、口元だけに生やした髭がお上品に見える。

 服装もビリヤードのハスラーみたいで、とても戦いの場にくるような衣装ではない。彼は「坊っちゃま」とかいいつつテラスで紅茶を注いでいる姿が絵になりそう。


 貴族か。

 公国とタイタニアが言っていたから、身分制度はあると思っていた。

 しかし、彼らにとってここは抗争しているとはいえ本線ではない。

 魔族やらゴブリンやらの方へ大半の兵を差し向けているはずだから。


 となれば……それほど高い地位の者ではないのかもな。

 俺にとっては地位など関係ない。決定権を持つかどうかだ。少年であろうが、交渉できるのなら不足はないさ。


「導師殿。此度の非礼申し訳ない」


 少年が頭を下げると護衛の二人だけでなく、周囲もざわつき出す。


「未だ不届きな獣が空を飛んでいるようだが?」

「飛竜を下げろと言ったであろう! 早くしろ!」


 俺が居丈高に問うと、若い方の護衛が声を荒げ部下に命令する。

 ふむ。どうやら彼の護衛二人は、既に飛竜が手を引いていると思っていたらしい。

 飛竜らを呼び寄せた時のように、銅鑼を鳴らせば済む話ではないのか?

 と思っていたら、銅鑼の音が鳴り響き飛竜二匹は踵を返し――。


 その時、ゾクリと肌が泡立つ。


『愚かな、実に愚かだ。約定に従い……』


 俺でさえ気配を感じることができるほどの圧倒的な存在感。

 全く次から次へと、何だって言うんだよ。まだリュティエとの話も終わってないってのに。


 空を悠々と飛翔する鳥に似た生物がこちらに向かってくる。弧を描き翼を広げ滑空するその姿は神々しいとさえ思う。

 青みがかった灰色の羽毛を持ち、頭が体の比して大きく、枯葉のようなくちばしと凛々しい目が特徴的な鳥。

 この鳥は巨鳥と言っても過言ではない。なんと翼開帳した時の大きさは、四メートルを超えるのだから。

 サイズこそ異なるが、俺は地球でこれに似た鳥を見たことがある。

 そう、動物園で大人気のハシビロコウさんだ。


『消え失せるがよい……』


 神々しい鳥は枯葉のような嘴をかぱあと開き、右を向く。


 ――グバアアアアアア!


 ものすごい轟音と共に開いた嘴からレーザーのような水ブレスが発射される!

 奴は右を向いた頭をぐるりと左へ向けると水ブレスが水平に右から左へと走った。

 

 水ブレスは踵を返した飛竜を真横から薙ぎ、騎乗する人間ごと真っ二つに切り裂く。

 それだけでなく、水ブレスが当たったところが爆発し――

 飛竜は爆散、粉々の塵と化したのだった。

 

 我が土地の見えない壁はというと、当たったところが爆発しているもののビクともせず、凄まじい水ブレスの衝撃が中へ伝わってきさえしない。

 ヒヤリとしたが、さすが絶対安全の壁だ。あれで大丈夫なら、トマホークミサイルであっても見えない壁を抜くことはできないだろう。


『おもしろい術を使うのだな』


 鳥は空中で停止したまま、爆発を防ぎきった壁を見やる。

 

「少年、そしてリュティエ。しばし待て」


 二人と話すのは後だ。まずはあの巨大鳥を何とかしねえと……交渉どころじゃねえよ。

 

「何て呼んだらいいんだ。そこの鳥。俺は藤島良辰ふじしま よしたつだ」

 

 ここはビビらず強気にでなきゃらなねえ。弱きに出たらせっかく交渉のテーブルについた人間とモンスターを逃してしまう。

 内心ドキドキだけど、我が家にいる限り俺は大丈夫だ。


『我の言葉が分かるのか? 矮小なる者よ』

「ああ、分かるぜ」

『我が名はグバア。案ずるな我はこう見えて慈悲深いのだ。矮小なる者どもが何をしようと関知せぬ』

「ということは、ここにはもう用がないってことだよな?」

『いかにも。我は約定を違反した「古龍グウェイン」の眷属を滅ぼしに来たまで』


 用が済んだのならとっとと帰って欲しいんだけど……。

 しかし、また来られても困るよな。あんなブレスを地上に向けられたら大災害になるぞ。

 

「眷属とは飛竜のことであってるか?」

『うむ』

「一つ聞いていいか? グバア」

『よいぞ。我と会話できる者は久しいからの』

「古龍との約定は矮小なる者たちは知っているのか?」

『矮小なる者どものことなど知らぬ。我とグウェインの約定だからの』

「分かった。ひょっとしたらそのグウェインとやらが飛竜を差し向けたのでないかもしれない」

『ほう?』

「人間に事情を聞いておく」

『約定は約定だ』


 お堅い奴め。

 一度折を見てちゃんとグバアと話し合った方がよさそうだな。しかし、今はダメだ。

 交渉中だからな。

 

「グバア。君の管理する地域は大草原全域なのか?」

『そうだな。我の住処へ龍の眷属は入れぬ』

「分かった。彼らに説明しておく」

『面倒ごとを起こさぬよう、矮小なる者へ言伝をしておくがいい。話はそれだけか?』

「俺からはもうない」

『ならば、今はこの場を去ろう。近くまた来る。お主の話を聞かねばならぬからの』


 グバアはそう言い残し、悠然と弧を描き北へと飛んでいった。

 

 思わぬ邪魔が入ったが、何もせず帰ってくれたからこれで元通りだ。

 

「リュティエ。少しだけ待っててくれ」

魔術師メイガス殿……」


 リュティエはワナワナと震え、呟くのが精一杯といった様子だった。

 そらまあ、グバアを見たらそうなるわな……。あんな超生物がいるなんて、怖すぎる世界だぜ。

 戦争にグバア……外は危険と改めて認識したよ。俺は我が土地へ引きこもる。これは確定事項だ。

 

 芝生をテクテクと歩き、人間たちのいる側の枠の際の前で立ち止まる。

 先ほどの少年へ目を向けると、彼と護衛から波を打つように周囲の人間たちまで全て地に膝を付け、頭を下げたではないか。

 

「どうした?」

「導師殿。我らを救っていただき感謝いたす」


 少年は膝をついたまま頭だけを起こし、真っ直ぐに俺を見つめながらそんなことをのたまった。


「飛竜は残念だったが、堪えて欲しい」

「いえ、飛竜だけで済んだのは導師殿あってのこと。しかし、信じていただきたい。我らはこの地へ飛竜を入れてはならぬと知らなかったのです」

「そうか」

「まさか、草原に守護神がいるとは……」


 俺だって知らんわと叫びたかった。

 しかし、導師という役柄上、それはできないんだよお。

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