第21話 なんかきた
自分の名を呼ばれたリュティエは黄金色の瞳が開きっぱなしになるが、さすが代表者、腕を腹の横へ水平に持ってきて会釈する。
執事の礼みたいだけど、これが彼ら流の公の場における挨拶なのかも知れない。
「では、失礼いたす」
彼は土台へ向け足を伸ばし、芝生の上に足を乗せる。
僅かに彼の肩が震えるのが見て取れるものの、表面上動揺した様子はない。
これまで侵入を許さなかった土台にあっさりと入れたことで、もう少し顔に出るかと思ったけど……さすが代表者に選ばれるだけの人ってところか。
「そこへかけてくれ。君の言葉を聞こう」
偉そうに、大仰に手のひらを上に向け片腕を広げる。
しかし、リュティエは椅子の前から動こうとしない。
なるほど。いい傾向だ。この辺は地球と習慣があまり変わらないんだな。
一見すると、いかにも強者の虎の顔をした獣人が、ひょろ長いモヤシな俺を待っている構図だ。
見る人が見たらとても滑稽に見えるだろうけど、リュティエは真剣そのもの。
ゆっくりとした動作で俺が腰掛けると、彼は再び会釈をしてから俺の対面へ座る。
「ふむ。多少の礼儀は心得ているのだな」
満足気に微笑を浮べると、彼は目を閉じ大きく深呼吸をした。
「お招き頂き感謝いたす。
「うむ」
ワザと彼から目線を外し、モンスターの軍団を眺める。とうやら、彼が手を出して来る様子はないな。
俺の隙を見て亡き者にしてやろうって気はサラサラないようで感心感心。
まあ、剣で切りつけられようが問題ないのだがね。我が土地の中では絶対安全が保障されているのだから。
それでも、間近で見るリュティエの姿には圧倒されそうになる。
「偉大なる力の片鱗へ皆一様に驚き戸惑っています」
「そうか。それでお主らはどうしたい?」
「
「そしてまた人間どもと騒ぎ立てるのか?」
「……人間『ども』ですか。やはり魔術師様は人の姿に変化していたのでしょうか?」
彼の問いには何ら反応を示さず、俺は一気に核心へ迫ることにした。
「リュティエよ。お主たちは草原を『安住の地』としたいのだろう?」
「……さすが
「人間どもと争っている姿を見れば明確だろう? 一つ条件を出そう。受け入れるのならば、お主らの暮らしを手助けしようではないか」
「それは願ってもないことですが。人間どもが」
「ふむ。そうだな。お主らにも人間どもにもこれ以上囀ってもらっては困る」
上位者として振舞うことに慣れていないから、いつボロが出るかドキドキだけど……何とか話を繋ぐことができている。
ここまでの流れは上々。
交渉に入るとするか。
「リュティエよ」
――ドオオオオオオン! ドオオオオオン!
彼の名を読んだ時、人間側から大きなドラの音が響き渡る。
びくううっとしたけど、表面は何とか取り繕うことができた。
「全く……小うるさいと言っているのに」
やれやれと肩を竦め、その場で立ち上がり人間たちの方へ向き直る。
「導師なんぞ本当にいるわけなかろう! すぐにその化けの皮を剥いでやる!」
いつの間にか家の傍まで来ていた髭の男が俺へ憎まれ口を叩く。
「ほう……? それで、ドラを鳴らしたところでどうだと言うのだ?」
鷹揚に余裕な態度を崩さぬよう男を見やり、腰に手を当てぐるりと首を回す。
「すぐに分かる! モンスターもろとも火だるまになるがいい!」
捨て台詞を吐いた男は、軍団の中へと消えて行った。
彼の姿を追っていたら、見知った顔が目に入る。タイタニアだ。
俺を心配して見に来てくれたんだろうか?
「大丈夫だ」と示すよう、彼女へ向けグッと拳を突き出した。
「
ガタリと立ち上がりリュティエは強い口調で俺へ知らせる。
彼らは目も耳もいいからな。
お、あれか。
敵は空にいた。
あれは――飛竜だ。それも三体。
全長は十五メートルくらいで、全身をくすんだ緑色の鱗が覆っている。細身の身体をしているが、長い尻尾にトゲトゲしたのがついていて顔はドラゴン!って感じで怖気を誘う。
俺の目ではハッキリと確認できないが、背に人を乗せているかもしれない。
銅鑼の音で呼び寄せたのはこいつなんだな。
火だるまという先ほどの男の言葉から想像するに、奴ら火を吐くのか?
「心配ない。お主はそこで見ているがいい」
リュティエへ偉そうに呟き、双眼鏡を手に取る。
お。やっぱり人が乗っているんだな。彼らが飛竜を操り、合図が聞こえたからここまで飛行してきたってわけか。
それなら、飛竜には大して知性は無いのかもしれない。
彼らは真っ直ぐにこちらに向かってくる。
しかし、先頭にいた飛竜が見えない壁に衝突し、早く飛んでいたことが災いして頭をしたたかにぶつけその衝撃で首の骨が折れたようだ。
ぶつかった飛竜は力を失い、そのまま地面へ大きな音をたてて落ちた。
先頭の飛竜の惨劇を見て取った残り二匹は急旋回し、壁との接触を間一髪で避ける。
体勢を整えた飛竜二匹は、大きく口を広げ真っ直ぐに俺の家へ照準を合わす。
来るか。
飛竜の衝突にもビクともしなかったんだ。きっとブレスであろうとも問題ない。
背中に冷たい汗が流れるのを感じるが、俺には見守ることしかできない。
「ブレスが来ます」
「問題ないと言っているだろう?」
リュティエの呟きへ内心を隠しながら応じた。
一方、口を開けた飛竜は、喉の奥からちろちろと赤い炎が舞い上がっている。
奴が大きく息を吸い込む姿が見えた。
次の瞬間、飛竜の口から煉獄の炎が直線を進むレーザーのようにこちらへ迫って来た。
ブレスが壁に……
当たる。
しかし、音さえ立てずにブレスは見えない壁に阻まれ、その姿を跡形も無く消す。
「こ、これほどとは……魔術師様の魔法……恐れ入る」
リュティエは一歩後ずさり、ブルブルと何かに恐れるように首を振る。
少しの間だけど、彼の全身の毛がふーふーと怒った時の猫のように逆立っていたのに少し和んだのは俺だけの秘密だ。
ブレスでもビクともしなかった我が土地へホッと胸を撫でおろしていると、再び二匹の飛竜からブレスが飛んで来る。
しかし、先ほどと同じようにたった一マスの我が土地の見えない壁に弾き返されてしまった。
――絶対安全。
これだけの攻撃にもこゆるぎもしないハウジングアプリが司るプライベート設定って……一体どういう仕組みなのだろうか。
不思議現象だとして考えないようにしてきたけど、とんでも性能を目の当たりにすると、ついつい何処から来て、何を成すものなのかとか大いなる意思があるのか……なんてことが頭をよぎる。
しかし、考えてもどうにもなるもんでもないんだよなあ……だから俺は自分が生きていくための手段として割り切ってきたんだ。
そうこうしている間に三度目のブレスが飛んで来る。
無駄だとまだ分からないらしい。
俺は拡声器を握りしめ、大きく息を吸い込む。
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