第23話 マルーブルク
「グバアの話はこれで終わりにしよう。次からは飛竜を連れてこなければ、それでいいじゃないか」
「重々承知しております」
グバアという超生物が来襲した今となっては、タイタニアにここへ来てもらった方が話ははやいのだけど……貴族っぽい少年の前では難しいよなあ。
当初案では、タイタニアやワギャンらが俺の協力者だとバレたら話がこじれると思っていたんだよね。
だから彼らは直接俺に干渉してこない。もし彼らのうちだれか一人でも、軍内で中堅クラスの身分を持つなら交渉の場に来てもらう案も考えたんだが。
今更無い物ねだりをしても仕方ねえ。
リュティエの時と同じく、名前を先にこっちから告げることでイニシアティブを取ろう。
タブレットに少年の姿を映しこむと彼の頭上へ名前が表示された。
『マルーブルク・バン・クリスタルパレス』
コホンと咳を一つ。
「マルーブルクよ、お主の立ち位置を述べよ」
リュティエの時と異なり、少年マルーブルクを含め人間たちは誰も驚きを見せなかった。
俺が彼の名を知っていたところで、飛竜の件の驚きが大きすぎたってことかな? グバアやらに比べたら確かに名前のことなんて些細な事かもしれない。
「私はクリスタルパレス公爵の息子、第五公子マルーブルクです。お見知りおきを」
膝をついた姿勢を崩さず、マルーブルクはハキハキと答える。
さっきの考えは訂正だ。この少年は公国領では有名人なんだろう。だから、彼の名前を告げたところで知ってて当たり前って認識なんだな。
しっかし、彼は公国のボスの直系か……第五ってことは上に四人の兄がいる。
となれば公爵の息子であってもそこまで高い地位ではないかも。こんな辺境に軍を率いて来るくらいだし。ここに来た軍勢も公国の規模からしたら小さい。
「しばし待て。マルーブルクよ。その間に謝罪ではなく、小うるさくならぬにはどうすれば良いか考えておくがいい」
「……了解いたしました」
「全員、面を上げよ。私はかしづかれることを望んでいるわけではない」
いつまでも平伏されていたら、やり辛くて仕方ねえ。
さてと、マルーブルクのことは後からだ。先に待たせたままになっているリュティエの方からだな。
椅子に座らず立ったままこちらの様子を伺っていたリュティエへ軽く手をあげ少しだけ頭をさげる。
「待たせたな。リュティエ」
「いえ、
「そうだな。私は全ての言語を理解し、我が言葉は言語を理解する者全てに届く」
ただし、自分の土地の中に限る。
これって良し悪しなんだよな。グバアと話をしていたら、リュティエにもマルーブルクにも俺の言葉は理解できる。
理想は相手の言語に合わせて俺の言葉が理解されるようになることだけど……今のままでも十分チート万歳だからこれ以上は欲張りすぎだよな?
「先ほどは飛竜やグバアに邪魔されてしまったが、ここをお主らが『安住の地』とする条件を告げよう」
「はい」
リュティエがゴクリと息を飲む姿が見て取れた。
一体俺がどんな過酷な条件を出すんだろうとか思っているんだろうけど……。
たっぷりと間を取ってから、厳かに彼へ告げる。
「人と争わずこの地で共存しろ。さすれば我が魔術でお主らを手助けすることも行う」
「……それは不可能では……」
「何も一緒に住めと言っているわけではない。我が家を中心として東西に草原を分けるのはどうだ?」
「しかし、野蛮な人間どもは我らへ問答無用で襲い掛かってきます。これでは常に血を流す争いになりますぞ」
「違うんだ。リュティエ。君らも人間も大きな勘違いをしているんだよ!」
つい素の口調に戻ってしまった。
突然声を荒げた俺へリュティエは目をぱちくりしているじゃあないか。
「勘違いですか……」
「そうなんだ。ワギャン、マッスルブ、ジルバから事情を聞いて欲しい」
「ワギャン……コボルト族の若者ですな。彼の父と私は友人です」
「そうか。それなら話が早いな。君たちと人間は接触しないように配慮をする。まずは君たちの勘違いを認識してくれ」
「分かりました」
「ワギャンらをここに呼ぶといい」
俺の言葉を受け、リュティエはすぐに近くにいた者へワギャンらを呼ぶように指示を出す。
すぐにワギャンら三人が俺の前にやって来て手をあげた。
「ふじちま」
「ワギャン。リュティエへタイタニアのことを説明してもらえるか?」
「もちろんだ」
「後でまた来る。頼んだ」
◇◇◇
枠の外で待っているマルーブルクの元へ顔を出す。
「どうすればいいのか案はでたかな?」
こっちでも素のままでいいや。俺の言葉は聞こえているだろうしな。
俺の問いかけにマルーブルクは顔を伏せかぶりを振る。
「……いえ……」
護衛の二人も沈痛な表情でマルーブルクをじっと見つめている。
こちらを伺う人間の中には俺を睨みつけるような目線も感じた。こんな短時間でいい案など浮かばないってところかな?
長時間考えても答えは出ないと思うぞ。
「一つ。もしリュティエらが矛を収めると結論を出し、君たちが戦争を続けようと決めたのなら、俺はリュティエにつくぞ」
「……導師様と事を構えることは……」
「脅しと受け取ってもらっても構わないけど、俺はどちらに対しても中立でありたいと思っている」
「ならば何故」
「最初に言った通りだよ。俺はここで戦いをして欲しくないだけだ。君たちが平和的に共存してもらえるのなら、俺は何も文句を言わないさ」
「草原は導師様の領土ではないと?」
「その通りだ。俺は俺の家さえあればいい。他は勝手にしてもらって構わないと思っている」
この辺が人間らしいよな。領土主張とか俺にとってはどうでもいいことなんだよ。
俺は家さえあれば生きていける。自分の土地の外には出たくないしな。
「しかし、モンスターと共存など不可能です。奴らは我々に敵対的で言葉を理解しない野蛮な者どもなのです」
「マルーブルク。彼らはゴブリンとは違うぞ。君たちと同じ感情を持ち、むしろ君たちより平和的で牧歌的だ」
「……公国の事情もお見通しというわけですか」
タイタニアから聞いているからな。俺が大いなる者と見せるためのはったりの一つに「知っている」ことを利用しているに過ぎない。
効果はそれなりにあったようだ。
マルーブルクも彼の護衛からも俺への敬意と畏怖を感じるのだから。
「うん。君たちは食糧を自給するために草原が欲しいのだろう?」
「はい」
「リュティエらと我が家を挟み東西に草原を割るのはどうだ? 同じことをリュティエにも提案している」
「それは……争いに発展するとしか思えませんが……」
そこで、これまでじっと話を聞いていた年配の方の護衛がマルーブルクへそっと何か耳打ちする。
彼は「なるほど」と頷き、俺へ顔を向けた。
「導師様。この地を導師様が治めて頂き、導師様の差配によって自由にされるのはどうですか?」
「権威か。俺を恐れ、お互いに争いにならないと?」
いかにも人間らしい考え方だよな。それじゃあ根本的な解決にならない。
一番重要なのは相互理解なんだよ。
いや、でも……んー。
「もちろん、公国の領民をここへ移住させるつもりです。我々は元よりこの地で農業を行う予定でしたので」
「それでうまくいくと考えているのか?」
「きっと。導師様が目を光らせているとなれば……」
全て丸投げかよ。
この地をおさめるとか面倒で仕方ないぞ。俺は家から出るつもりなんてないんだから。
ならば……。
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