第20話 やるぜ
翌朝、朝日が昇ってから二時間ほど経過したところだろうか。
ソワソワして睡眠がとれないかもという不安があったけど、予想外に風呂からあがるとすぐに寝ることができた。おかげさまで朝日が昇る前に目覚めて、頭もスッキリだぜ。
筋肉痛はまだとれないけど……。しかし、体は五体満足、健康そのもの。
作戦を実行するに俺の体長に問題はない。
行けるはずだ。
グッと拳を握りしめ、モニターを見つめる。
「来たか」
先に姿を現したのはモンスター軍だ。規模は俺の予想したくらいだな。ざっと見た所、三百名には届かない。
陣形も前回と似たような形で、兵数だけが増えたというところ。
豚に騎乗したオーク、狼に騎乗したコボルト、中央後列にオーガってのは変わらない。違っているところは中央前列の種族かな。
俺のファンタジー知識から判断すると、あいつらは獣人だろうか。
狼と虎のタイプがいるけど、手足の長い直立した犬という見た目のコボルトと違って、体格が頑強な人間と変わらない。
虎タイプは特に巨体で身長が二メートル程度ある。彼らは弓を持ち、背中に槍を装備していた。一発弓を射た後、槍を構え突撃する算段と思う。
っと、モンスター軍を観察している間に人の軍団も来たな。兵数はモンスター軍と同じくらいか。
今度は左翼に騎兵。右翼に竜騎兵? でいいのか。右翼が騎乗している生物は、ダチョウの首を短くして翼を短い腕に変えたようなシルエットで、全身が羽毛ではなく鱗に覆われている。
地球の生物に例えると、小型の恐竜に近い。
他には前回見たエルフとドワーフも人間に混じって軍団に加わっている。
「状況開始だ」
両軍の展開範囲は想定内。竜騎兵の速度が不明だから、少し早めに動くほうがいいか。
しかし、余りに早く動き過ぎると……彼らが散開してしまう危険性もある。
難しいところだが……自分の判断を信じる!
家の外に出て、北側へ。
タブレットへ風景を映しこみ、緑のマスを伸ばす。
まだだ。
もう少し……。
「竜騎兵は騎兵より遅いのか」
戦術的に扱い辛いな……竜騎兵。馬と違って戦闘力があるなら話は変わって来るけど……。
余計なことを考えている場合じゃねえ。
集中。集中だ。
――ワアアアアアアアア!
――ガアアアアアア!
両軍の開戦の雄たけびが俺の鼓膜を揺する。
竜騎兵の方が遅いってのは幸いだ。
騎兵と豚騎兵が衝突する目前――。
「決定」をタップ。
一マスの土台が縦に二百メートル出現したことを確認し、真後ろへ向きを変える。
間に合えよおお。
最速でしかし、誤操作をしないよう慎重に。
「行けええええ!」
再び「決定」をタップ。
こちらも茶色い土だけの土台が二百メートル伸びる。
「うあああああ」
「何だこれは!」
「魔法か!」
「あの家と同じ壁か!?」
北からも南からも動揺しきった大きな声が聞こえて来た。
両軍は衝突することなく真後ろへ弾かれ、ある者は落馬し地面に体を痛打し、ある者はよろけるだけにとどまり、槍を前方に突き出そうとしたが再度弾かれていた人もいる。
しかし、皆一様に目の前で起こった不可思議な現象に首を捻って戦闘どころではなくなっていた。
前方の騎兵集団の様子を見て取った後方から攻めあがる中央にいる両軍の歩兵たちは、それでも直進し、射程距離が長いモンスター側の弓兵が矢を放つ。
しかし、矢は見えない壁に当たりそのまま地面に落下した。
これを好機と見た人間側の歩兵が急ぎ足で前進し、無傷のまま射程距離まで来たところで投槍を投擲する。
残念ながら、槍も矢と同様に壁に当たり弾き飛ばされた。
どうやらうまくいったようだ。
全軍が突出し狭い位置でひしめき合っている。
あっけにとられ脚を止めている今がチャンス。
今度は家から左右に縦一マス×横五十マスの「土地を購入」する。
すると瞬時に購入した範囲の草むらが土台に変わった。
全速力で人間側がいる左の道を走り彼らの後ろ側の土地を購入。
続いて、反対側へ走りモンスター側の後ろの土地を購入。
そのまま北へ走り、今度は中央と左右の縦の土地と繋げるように土地を購入。
これで、彼らを南側以外の三方向、一マスの土台で囲い込んだことになる。
ここに至って、彼らの硬直も解け動き出す者も出て来た。
もう少しの時を稼ぐため、奥の手を使う。
肩へたすき掛けする形で持ち運んでいた「奥の手」を手に取り持ち手のところにあるスイッチを押しなながら叫ぶ。
「全員、待機しろおおおおおお!」
とんでもない爆音が周囲に響き渡った。
そう、俺の用意した奥の手とは拡声器なんだ。電池で動くタイプのものだから、電源など必要ない。
思った以上に大きな音が出て内心焦ったけど、効果のほどは抜群だったようだな。
突然の音へ馬が騒ぎ立て、人やモンスターは耳を塞ぎ再び硬直する。
時間を稼ぐことに成功した俺は南側の端まで到着し、最後の蓋を閉めることができた。
両軍の四方を一マスだけ囲い込む「俺の土地」。
たった一メートルの細い道とはいえ、プライベート設定である限り俺以外の何物をも通さない。
第一フェーズは成功。
では、第二フェーズに移行するぞ。
息を整えながら、中央にある家の前まで戻った俺は拡声器を再び手に取る。
「我が地へ何用だ」
できる限り低い声で威圧するように声を出す。
「や、やはりあの藁ぶき屋根の小屋は隠遁の
「このお方こそ、
モンスター側から声があがり、動揺が広がっていく。
「あのお方は、導師に違いないわ!」
若い女性が周囲に喧伝する。
彼女の言葉へ反応した兵は口々に自らの推測を呟いていく。
「導師様ならば……騒ぎ立てることを嫌う」
「移動式家屋を持つというが……まさかここへ?」
「まずくないか? 導師様を怒らせた?」
ざわざわと両陣営で俺を噂する声が大きくなっていく。
「鎮まれ! 小うるさい奴らめ!」
そこへ拡声器を通した俺の声が響き渡り、水を打ったように辺りは静寂に包まれた。
さてと、ここからどう彼らをおさめるのかは俺自身の力でなんとかしなければならない。
いける。俺ならやれる。
自分に言い聞かせ、拡声器を持つ手に力を入れた。
「お主らは全て、我が手の中。しばし頭を冷やすがよい」
彼らに思考する時間を与える。
タイタニアやワギャンらはそれぞれの集団の中での実力者ではない。ここで彼らを頼ることはできないからな。
土台の檻から出ることができないと分かった彼らは、俺と「話ができる人物」を交渉役にしてくるはずだ。
俺は彼らに通じる言葉を話すことができることは示したのだから……物理的になんともならないんだったら話すしかないもの。
お、意外に早かったな。
五分ほど経過したところで白に黒の縞模様が入った虎の獣人が前に出て来る。
その姿、まさに威風堂々。虎頭に全身が艶のある毛皮に覆われた姿は強者の雰囲気を如何なく醸し出している。
彼はノースリーブの胸だけを覆う革鎧に、何かの獣の皮を使った腰巻をつけていた。
身長は他の獣人より頭一つ大きく、腕なんかタイタニアの腰くらいの太さがある。
「
「聞こう」
内心、獣人の姿へビクビクしながらも極めて素っ気なく冷静に言葉を返す。
相手が俺の動きを待っていることを横目で見つつ、拡声器から手を離し代わりにタブレットを出現させた。
『リュティエ』
虎の獣人の姿を映すと画面に彼の名前が表示される。
「リュティエ。そのまま前へ進むといい」
予め準備していたテラス用のテーブルと椅子へ彼を促す。
もちろん、我が土地の中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます