第19話 炊飯

 指を一本立てニヒルな笑みを浮かべたつもりが、ぎこちない不気味な表情になってしまった。

 と、ともかく。

 みんなが続きを待っている。

 

「それは……バーベキューだ」


 バーンと言い放ったが……。


「ふじちま。訳が分からない」

「フジィ。もうちょっと詳しく説明してくれないかな?」


 余りに緊迫した空気だったので、少しでも和ませようとしたのが大滑だ……変な考えをするもんじゃねえな。

 コホンとワザとらしい咳をして気を取り直し――。

 

「君たち両勢力がこれ以上血を流すことなく、和解する。それが一番の道だと思う」

「……人は野蛮だ」

「フジィ。すでに幾人もの命が失われているわ。彼らは言葉が違うだけで、人と同じような感情を持っていることは分かったけど……でも」


 そんなことは重々承知しているさ。

 しかし、お互い既に満身創痍なのにこれ以上削りあっていては彼らの未来はない。

 お互いに協力しあって生きていくまでに昇華してくれることが理想だけど、難しいだろう。

 なら。


「お互いに不干渉を貫き、草原を二つに割って共存する道もあるだろう?」

「目の前に人間がいては、不可能だろう?」


 当然だとばかりにワギャンは首を振る。

 タイタニアもずっと無言のジルバも同じような反応を見せた。

 

「そうでもないさ。いずれ和解してくれれば最高だけど……まずはお互いを隔離する。俺に考えがあるんだ」


 四人へ俺の案を説明すると、彼らは半信半疑といった様子だったが一応頷きを返してくれる。

 

「フジィ。あなたの案は分かったわ。本当にうまくいくとは思えないけど……」

「俺だって、まだ完全に実行できると思っているわけじゃあない。だから、君たちに少し検証に付き合って欲しい。すぐに終わるから」

「分かったわ。わたしはそれでいい。実際にあなたの案が実現可能か見させて欲しいかな」


 腕を組み眉間に皺をよせながらも、タイタニアはそう言ってくれた。

 

「ふじちま。僕にも協力させてくれ。僕たちは戦いで相手を殺害することに、意義を感じているわけではない。味方に傷がつかぬのなら、それにこしたことはない」

「ぶーも見たいぶー」


 見たいなら、食べる手を少しはとめような。マッスルブくん。

 

 食べ終わり、後片付けを済ませバーベキューコンロやらは全て家の横辺りへ運ぶ。

 場が広くなったところで、いよいよ検証開始だ。

 

「まずは、みんな芝生の外へ出てくれ」


 俺の指示に従い、彼らは枠の外へ出ると次の指示を待つ。

 

 こうして、俺の「みんなでバーベキュー作戦」が実現可能か検証が始まったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 ――その日の晩。

 俺は今、炊飯に挑戦している。

 蓋付きの小さな鍋に米を入れ水を注ぎ火をつけ……沸騰するのを待つ!


「アプリの仕様はだいたい分かった。後は当日の俺の動き次第だな……一発勝負だから心元ないけど……」


 俺は一人事を呟きながら、鍋の前で腕を組み時間が過ぎていくままに立ち尽くしていた。

 ブクブクと水から水泡が上がってくる。

 じーっと鍋を見つめてがいるが、俺の心はそこにはない。

 俺一人で、彼らの戦いを止める。

 荒事の経験も無い俺がだ。

 考えただけでぶるると身震いし、不安に押しつぶされそうになった。


「でも……やるしかねえんだ」


 この戦いを止めて、俺にメリットがあるのか?

 なんて弱気になってくる気持ちを抑え込み、グッと拳に力を込める。


 この作戦が上手くいけば、俺にとっても利益は大いにある。

 放置して様子を伺っているだけでも、戦乱は終わるかもしれない。しかし、長期化することは必須。

 ゴルダを得る手段もないなか、ずっと籠城し続けるのもいずれ破綻するだろう。その時になっても、外が危険極まりない紛争地帯だったら……。

 「遺品を回収していけばいいじゃないか」と邪な俺が囁くけど、正直……埋葬することは俺の精神が激しく消耗するんだ。

 こんなことを続けていたら、俺の気持ちがもたない。

 

「ってええええ。吹いてる吹いてる」


 お、俺のいとしの炊飯がああ。

 噴きこぼれまくってるやないか。だ、大丈夫だ。まだ失敗したと決まったわけじゃあねえ。

 

<しばらくお待ちください>

 ――ドロドロになった……。ぐうう。

 俺は粒の立ったご飯が食べたかったのにい。これじゃあ、粒が無くなったおかゆだよ。

 

「う、うう。しかし俺にはこれがある!」


 じゃじゃーんと自分で謎のメロディを口ずさみ手のひらサイズの素焼きの壺の蓋を開ける。

 中に入っていたのは、梅干しだ。

 

 鍋に梅干しを入れ……鍋をタイタニアとの食事の時につかった折りたたみ机の上に乗せる。

 

「いただきまーす」


 おおお。懐かしきご飯の匂い。梅干しを潰しながら、スプーンでおかゆをすくって口に放り込む。

 

 熱くてむせた……。

 

 ◇◇◇

 

 ――翌日。

 明日になったら、ここへ両軍が対峙する。

 慎重に動くモノが無いか確かめつつ、おっかなびっくり歩きながら草原を見渡した。

 

 東にはちょっとした丘がありコボルトとオークがあのあたりに布陣していた。人間は西側だったよな。

 両軍がぶつかるのは我が家を中心に南北へ五十メートルから百メートルほどだったっけ。目算だから正確な距離は分からないなあ。

 そもそも、凄惨過ぎてまともにモニターを見ることができなかったし……。

 

 ワギャンらの情報によると、次の戦いは本隊同士になる。

 規模は二百から三百くらいだろうと予想している……聞いとけばよかったんだけど、もし俺が口を滑らせて兵数を言おうものなら敵対相手に兵数がバレてしまう。

 万が一のことも考えて、彼らに兵数規模は聞かなかったんだ。

 

 墓へ手を合わせた後、我が家へ戻る。

 

「んー。家を挟んで南北ってのがちょっと厄介だな。練習しておくか」


 モニターを手に取り、緑色のマスを一気に伸ばすやり方を模索する。

 真っ直ぐ伸ばすだけなら、長い距離でもいけそうだな……。焦って失敗すると全てが台無しになるから、慎重にやらねえと。

 

 ギラギラ照り付ける太陽へ目を細めつつ、はああと大きな息を吐いた。

 

 この後は暗くなっていても仕方がないと気持ちを切り替え、上手くいった後のご褒美をルンルン気分でチェックすることにする。

 

「終わったら、まず家を建て替えたいなあ」


 クラッシックハウスは全部で三十種類くらいあって、大きさも健在も様々だ。

 中にはこれ……住みたくないってのもあるけど……。

 例えば、石壁の塔やら廃墟屋敷ってやつだ。

 一番大きなクラッシックハウスは、なんと城。

 城は七百マス×七百マスとか、でかすぎて使い辛いだろう。

 

 別荘風のヴィラとか、南欧風の大理石ぽいタイルを使ったテラスがある家とか素敵だな。

 一人で住むには少し広いけど……。

 

「そう考えると、二LDKより大きな家は要らないかなあ。お、これはおもしろい」


 段ボールハウスって、こんなもの誰が使うんだよ。

 ゴルダが余ってきたら、興味本位で建ててみるのもいいかもしれない。

 クラッシックハウスのリストは外観しか分からないからさ、建ててみるまで家の中がどうなっているのか分からないんだ。

 

 ざーっとクラッシックハウスを閲覧した俺は、次に床材のリストを出す。

 床材もいろいろあるなあ……毒々しいのまであるけど……踏んだら毒に侵されたりしねえだろうな。

 

 タブレットでいろんなリストを眺めていたら、あっという間に日が暮れた。

 いよいよ明日は、決戦の日。

 なあに、うまくやってやるさ。

 

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