第18話 追い詰められている人間

 俺のファンタジーな知識を加味すると、コボルトやオークがドラゴンとお仲間の竜人相手に勝てるとは思えないし……。

 ワギャンは強気に竜人とやりあっても何とかなると言ってはいるけど、人間とやる方が話が通じずいきなり襲い掛かってくることを抜いてもまだマシなことは違いない。

 

「話をしてくれてありがとう」

「いや、弔ってもらった者たちの事情を知っていて欲しかったという僕の意思が多分にある。気にするな」


 ワギャンは何のことは無いと言った風に肩を竦めた。

 

 さて、お次はタイタニアだ。

 

「タイタニア。君にも事情を聞きたい。言えることだけでいいから話をしてくれるか?」

「うん。大草原から西に一日ほど進むと森に入るの」


 タイタニアはコップに入れた水をゴクリと一口飲んでから語りはじめる。

 彼女が住む国は森林が多く占める土地で、中心地はクリスタルレイクと呼ばれる美しい湖のほとりになる。

 国の名前はクリスタルパレス公国と、彼女らがクリステルレイクを象徴としていることが分かるものとなっていた。

 さて、森にはエルフ、ゴブリン、丘陵にドワーフが住んでいて鉱石もとれるらしい。

 聞いている限り平和な国に思えるのだが、実のところこちらもワギャンたちと同じく結構詰みつつある状況なんだ。

 

 クリスタルパレス公国の南に魔族と呼ばれる黒い翼の生えた異形種がいる。彼らはガーゴイルを使役し人間たちへ攻勢をかけていた。

 公国の人口は三万人ほどでエルフとドワーフを合わせると更に数は増える。また、魔族の攻勢は今に始まったことではないらしい。

 

「ん? これまでもずっと魔族の攻勢を受けていた?」

「うん。わたしたちは魔族とゴブリン、そしてここと三正面作戦を強いられているの」


 なんでわざわざ余裕が無いのに、草原でコボルトらとやりあう必要があるんだ?

 これまでずっと魔族とやりあっていてうまくいなしていたんだろうに。それがここに来て何故草原に進出しようとしたのか、無理して草原に行くべき状況ではないように思えるけど。

 

「人間の国は公国だけじゃないの」


 首を捻る俺へ、タイタニアは察したように捕捉説明をする。

 

「そういうことか」

「うん。魔族らと接するように帝国、王国とわたしたち三か国があるの」

「三か国で魔族を押さえていたんだな」

「その通りよ。でも、一番の守備隊を出していたのが帝国だったの。わたしは下っ端だからそこまで詳しくないけど……だいたい全体の半分くらい?」


 もうだいたい予想がついてきた。

 

「帝国で内紛か何かがあって、兵を派遣できなくなったんだな?」

「さすが導師ね。これだけの情報で分かっちゃうのね」


 タイタニアは目を伏せ、かぶりを振る。

 嫌なことを思い出させてしまったらしい。


「帝国が継承者問題で荒れ、王国との連携が途切れてしまったの。だから、わたしたちと王国は別個に魔族へ対処せざるを得なくなった」

「それって……対応しきれるのか?」

「魔族が公国だけに集中してくれば一たまりもないわ。でも、魔族は全方位的に攻勢をかけるから」

「一応確認だが、国力比は公国が他の二国と比べて断然低いんだよな?」

「うん。本当に察しがいいのね。魔族の対応で精一杯だったから、抑えていたゴブリンも大繁殖しちゃって……」

「ううむ……まだピースが足らない」


 大草原に進出する理由がない。


「えっと……」

「そうか。帝国か王国から食料を輸入していたんだな?」

「その通りよ。王国は肥沃な大地が多くて食糧を大量に生産していたの。それが……王国とのルートが魔族に寸断されてしまって……」

「苦しい中、穀倉地帯を求めて草原へ来たってわけか」

「うん。でも、そこにはゴブリンのようなモンスターたちがいたの……」

「草原で戦争状態になるのは、想定外だったってわけか」

「うん。そう聞いているわ」

 

 ならこうなる前に草原を開拓しておけよと思うかもしれない。

 でも、開拓するには膨大な人手と資金が必要だ。公国は常に魔族とゴブリンに対処しなければならない。

 だから、ことここに至るまで草原へ出て行く余裕はなかった。彼らとて決死の判断で草原へ来たのだろう。

 しかし、現実は厳しかった。

 

「でもタイタニア。公国はいずれにしても判断を迫られるんじゃないのか?」

「わたしには難しい事はわからないよ。あなたはどう考えているの?」


 顔を伏せたままタイタニアは問いかけてくる。

 

「もし草原を無傷で取れたとしても、君の国に本土を防衛しつつ草原の開拓を行い、農業を始めることは不可能なんじゃないかってね」


 二兎追うものは一頭も得ずだよ。

 

「そ、そんな……クリスタルレイクを捨てることなんて……」

「どう判断するかは俺には分からないけど……」


 ワギャンもタイタニアも情勢が深刻だよなあ……。

 人間たちがコボルトらへ問答無用で襲い掛かった理由も分からなくはない。タイタニアらは「ゴブリン」を常に狩っているのだ。

 おそらく、ゴブリンは俺のファンタジー知識にあるような人とは相いれない敵対種族で、人を見たら襲ってくるんだろう。

 同じとは言わないけど、人とまるで違う姿をしたコボルトは「モンスター」であり、ゴブリンと同じと考えても自然といえば納得できる。

 

「んー。もしこのまま放置していたら……どっちも全滅するかもしれないぞ」


 ワギャンとタイタニアへ交互に目線を向けた。


「どういうことだ?」


 ずっと押し黙って俺とタイタニアの話が終わるのを待っていたワギャンが声をあげる。

 

「タイタニアの国もワギャンたちにもやむにやまれぬ事情があり、お互いに争っていることは確かだ。征服欲を元に動いているわけではない」


 一旦言葉を切り、全員を眺める。

 彼らは一様に真剣な目で無言で頷きを返し、俺の言葉を待っているようだった。

 

「お互いに草原へ進出しなければ、座して死を待つ状況と思ってくれてもいい。まず最悪のパターンを俺から述べよう」

「興味深い。お前の考えを聞かせてくれ」

「わたしも聞きたい」


 まだもしゃもしゃと口を動かしているマッスルブ以外の三人は身を乗り出して俺に続きを催促する。

 

「ワギャンらが人に敗北し、立て直せないほどに打撃を受けたとしよう」

「僕たちは負けない」


 ワギャンは強い口調で俺の言葉を否定してきた。


「仮定の話だから堪えて聞いてくれ」

「分かった」


 どうにか落ち着いてくれたようで、ワギャンは浮かせた腰を降ろす。

 

「その場合、人の軍もそれなりの損害を被っているだろう。ただでさえギリギリの兵力なのに疲弊し、削られる。となると魔族とゴブリンからの防衛は不可能になる」

「……そうならないことを祈るわ……」

「タイタニア。さっきワギャンにも言ったんだけどこれは仮定の話だからな」

「うん」

「それで、守り切れなかった人たちを犠牲にしつつ、逃げる場所はここ大草原しかない。逃げたところで全方位攻撃をかけてくるっていう魔族が止まると思うか?」

「思わないわ……」

「そうなりゃ、人間は全滅だ。一方、草原を追われたコボルトたちも竜人に圧迫され……衰弱しつつも生き延びたところで今度は魔族が来るかもしれんな」


 その結果、コボルトたちも全滅。

 これが最悪のシナリオだろう。

 お互いが草原で頑張れば頑張るほど、消耗しお互いが滅亡へ舵をきっていく。

 どちらかが早々に諦め手を引いた場合は、片方だけ生き残るかもしれないけど……生きるか死ぬかの状況でどちらも簡単に手を引くとは思えない。

 

「なんということだ……」

「そんな……」


 ガクリと肩を落とす二人へ俺は殊更明るい声で宣言する。

 

「俺の知恵で思いつく限り、解決策は一つある」

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