第17話 究極の二択
タイタニアは慣れた仕草で地衣類を火種に炭へ火をつける。
炭ってなかなか火がつかないんだけど、あっさりとつけてしまうところに彼女はこの世界の人なんだなあと思う。
一方、ワギャンらも解体が終わったようで大きな肉ブロックを手に枠の中へ戻ってきた。
し、しかし。
さっき解体を手伝っていたタイタニアを始め手元が草食竜の脂や血のりで……。
「水を汲んでくるから手を洗ってくれ」
「お、それは助かる」
ワギャンが口を開き牙を見せた。これは笑顔だ。声色から分かる。
そんなわけで、バケツに水を注ぐこと四回……全員の手が綺麗になった。
再度バケツに水をいっぱいにして、コップやらフォークを用意する。
「焼いていくぞ」
ってええおい、肉ブロックのまま焼くのかよ。豪快だ。中まで火が通らんと思うが。
しばらく経つと肉の焼ける香ばしいにおいが漂ってきて、謎の肉とはいえ食欲をそそる。
「この皿に乗せればいいのだな」
ワギャンは焼けた表面をナイフで切り取り皿に乗せた。
全員分行き分たったところで、いよいよ実食だ。
「いただきまーす」
少しだけかじってみる。
お、案外いけるなこれ。鳥の胸肉みたいな食感でジューシーさにはかけるが臭みもなく食べやすい。
しかし、何も味付けをしていないのは調味料に慣れた俺にはキツイ。
「美味しい……」
タイタニアは目に涙を浮かべ肉をほうばっている。
「人間は何を言っている? 僕たちの食事を野蛮だと泣くほど嫌がっているのか?」
ワギャンが目を細めチラリとタイタニアを見やるがすぐに目線を離す。
「表情が理解できないのか? 彼女はこんな美味しいものを食べることができて嬉しいんだ。顔を見たら分かる」
俺の言葉を聞いたワギャンは驚きからか皿を落としそうになっていた。
「肉を食べられるなんて……それもモンスター達から……信じられない」
タイタニアは顔をあげ、困った顔になる。
肉の魅力に勝てず思わず食べてしまったけど、肉を準備したのがワギャンたちだったものだから複雑な気持ちなんだろう。
「タイタニア。そんな時は素直に言うんだ。憎い相手でも同じ事だろう?」
「そうだな」
タイタニアはワギャンらの方へ体ごと向き直り、頭を下げた。
「ありがとう」
タイタニアに声をかけられたことで、あからさまに警戒する様子を見せるワギャンたち。
「ワギャン、マッスルブ、ジルバ。彼女は君たちへ『感謝する』と言っている」
「に、人間に感謝の気持ちなどあったのか……」
ワギャンたちは目を見開き口をぽかーんと開けたまま顔を見合わせる。
「ふじちまが一緒にと言うんだ。遠慮せず食べろ」
「彼は何と?」
「好きなだけ食べろってさ」
タイタニアはワギャンらの思わぬ言葉に呆気にとられた様子だったが、首を振りはにかんだ笑顔でお辞儀をした。
言葉が通じないからジェスチャーで伝えようとしたのだろう。敵対心が強ければここまではしない。
彼女はこの場においてだけだろうけど、ワギャンらを敵性ではないと認めたのだ。
「もう皿がからになっているぶー。皿を寄越すぶー」
マッスルブがタイタニアから皿を奪い、新たな焼けた肉を乗せる。
「あ、ありがとう」
最初はどうなることかと思ったけど、人とモンスターの食事会はうまく行きそうだ。
ホッとする反面、俺の中の違和感が確信に変わっていく。
◇◇◇
「じゃあまずは、ワギャンから話を聞かせてくれるか?」
「分かった」
少し和んできたところで、いよいよ本題に取り掛かるとしよう。
「フジシマ、塩とってぶー」
っとマッスルブは見た目通りよく食べるなあ。
味気なかった肉へタイタニアへ塩水を作った時に使った塩の残りを持ってきたところ、みんな群がるように塩を肉に振りかけた。
「ふじちま。大草原は人と僕たちの係争地なのだよ」
「うん」
そう言われても地理がまるで分らんし、彼らの人口規模はどうなっているのかも不明。
基本的な情報を聞かなければまるで本質が見えん。
「ワギャン、この辺の地勢とできれば君たちの規模を教えて欲しい」
「
「そ、そうなんだ。魔術でここへ転移してきて、しばらく住もうと思っててね」
「分かった。これも何かの縁だ。お前は二度も僕たちの仲間を埋葬してくれたことだしな」
「君たちの規模については、タイタニアには伝えないから安心してくれ」
ここでタイタニアへ目を向けると、彼女も無言で頷きを返す。
俺だって敵対者同士ってことは忘れてはいない。漏らしてはならない情報くらい理解してるさ。
できれば聞かずに済むといいのだけど、事情を把握するためには知っておかないと見えるものも見えなくなってしまう。
「まずこの辺りの地理だが、僕たちの拠点を中心に説明しよう」
ワギャンは身振り手振りを加えながら、説明を始める。
ワギャンたちはここから東へ徒歩で一日ほど進んだ荒地に住んでいる。ここは大草原と呼ばれているところで、荒地との境目に川が流れているんだそうだ。
彼らの規模は荒地全体を合わせて三千ほど。ワギャンの話から想像するに、彼らの生活圏に含まれる荒地の面積は徒歩三日ほどの範囲だと言うので……だいたい半径百五十から二百キロってところか。
現代人の歩行速度がだいたい一時間で五キロ弱と言われれているからそこから計算した。
草原の広さは彼らが踏破できていないから、推測でしかないものの荒地と変わらぬくらいの広さがあるとワギャンは想定している。
「大草原や荒地と言っても、ちょっとした森になっているところとか池や川もあるんだよな?」
「もちろんだ。面積の多くを占めるのが草原なのか荒地なのかの違いに過ぎない」
「荒地での生活に問題があるのか? 例えば食料問題とか」
「それもあるが……一番の問題は竜人どもなんだ」
「何やら強そうな……」
竜人はそもそも山でひっそりと生活をしている部族だったそうだ。しかし、彼らの地は大噴火が起き植生が壊滅してしまった。
そのため、コボルトやオークたちの住む荒地を圧迫し始める。竜人たちは飛竜や騎竜という強力な龍族を眷属に持つものだから、彼らは苦戦しているそうだ。
これ以上耐え忍ぶのは難しいと判断した彼らは、大草原に進出し竜人たちから逃れようとしている。
何十年後か分からないけど、山が元の姿を取り戻せば竜人たちも山に帰っていくことを期待して……。
ワギャンらはいずれ故地である荒地は戻ってくると彼らの族長たちが皆を説得し大草原へと繰り出してきたってわけだ。
「致し方ない切迫した事情は分かったんだけど、大草原に出れば人間とやりあうことになるって分かっていたんだろう?」
「今となっては把握しているが、進出した当初は想定になかった」
ワギャンは腕を組み苦渋の表情なのか喉元をぐるるると威嚇するように鳴らす。
「人間が大草原に住んでいるのかそうでないのかは分からない。しかし、僕らと接触した彼らは問答無用で襲い掛かって来たのさ」
「……それがこじれて大規模な争いに発展していったのか?」
「大まかに言うとそうだ。そこが竜人と違うところだな。竜人は両手をあげ抵抗しないことを見せれば、僕らが逃げるまで時間的な猶予はくれる」
「ふうむ。竜人が相手だと、太刀打ちできないのかな」
「窮鼠なら僕たちも竜人と戦う。しかし、僕たちが死力を尽くして戦ったとしよう。僕らが勝利したとしても、竜人か人間のどちらかは残るだろう?」
「なるほど。君たちが人間と戦う理由は分かった」
そらまあ、究極の二択なら人間と戦うよな……うん。
戦わずして荒地に留まることは竜人が許さず、大草原に出れば人間と勢力争いしなければならない……思った以上に過酷で頭が痛くなる。
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