第14話 イケメンの俺が食事に誘ってみる

 一瞬悲哀に満ちた表情をしたタイタニアだったが、すぐにもとの気が強そうな強い目つきに戻る。

 彼女は熱中症から起き上がった時も戦友の墓を見た時もこのような弱さを見せる顔はしなかった。おそらく人に弱みを見せることが、よろしくない社会なのだろう。

 恐ろしいことに。


「あなたは導師じゃあなくて、伝説の聖人なの?」


 彼女は表情こそ変わっていないが、縋るような声が俺の胸をチクチクと刺激する。

 何かあったのか?


「いや、俺はただの人間で藤島良辰ふじしま よしたつって名前だ」


 コボルトらにも答えたように同じことを繰り返す。


「……あなたにも何か言えない事情があるのね……」

「あ、うん」


 勝手に勘違いしているようだけど、あえて正す必要もないだろ。どんな理由にしろ、敬意を払われた方が安全だ。

 俺からは嘘なぞついてないし、後で何を言われても問題ない。

 我ながら悪いやつだな……俺は。


 心の中で謎の理屈を組み立てている俺をよそに、彼女は王に傅く騎士のように片膝を落とし見上げてくる。


「フジィ。また死者を弔ってくれたことに感謝する」

「いつも通りでいいって。なんか調子が狂う。何度も言うけど、俺は俺のためにやったに過ぎない」


 だからもう家の前で切った張ったをしないで欲しいと言えない弱い俺である。


「……次は翌々日なの。何でこうなっちゃったんだろうね」


 ワギャンからも聞いたが、やっぱりまた来るのね。


「君はどうするんだ?」


 言ってからしまったと思った時にはもう遅い。戦争中の人に聞く言葉じゃねえよ……。


「どうしようかなあ。いっそ……」


 彼女は空を見上げはにかむ。儚げになにかを偲ぶように。


「ごめん、変なこと聞いて」

「何も変なことじゃあないよ? 天気のことを聞くのと同じくらい定番じゃないの」

「は、ははは」


 曖昧に笑って返すことしかできなかった。


「それじゃあね」

「……ん。何か伝えにきたんじゃないのか?」

「ううん。もう大丈夫」


 自分から大丈夫と言う人で大丈夫だった試しがない。しかも笑顔なら尚更。


「些細なことだって、変な願いだったって、どっちにしても俺は気を悪くしたりしないから、言うだけ言ってみてくれよ」

「……そっか、そうだよね。でも、聞くとあなたの気分はきっと悪くなるよ。これでもわたしはあなたに感謝してるんだから」

「気にするな。なんならお昼を食べながらでもいい」


 中途半端にチラチラされると気になるし……昼食のお代は君たちの遺品で稼いだゴルダだしな。


「ごはん……」


 呟いたタイタニアはぱああっと顔が明るくなるが、すぐにそっぽを向いて首を振る。

 食べる物にも困っていたんだろうか……。

 そこまで切迫しているのなら、逆に迷う。一応俺なりに考えて彼女を誘っているわけだが、彼女からしてみれば俺の「一時的な気まぐれ」で施しを受けるようなものだろう。

 一度、甘い体験をしてしまえばまた欲しくなる。自制がきかなくなってしまう。そんなことを懸念しているのだろうか。

 

 甘かった。

 俺はとんでもなく甘い。

 飽食の時代に育った俺だから、そこまで気が回らなかったんだ。

 でも、それでも。

 いや、そうだからこそ。

 

「本当に大した食べ物はないんだけどな。ほんの少し付き合ってもらえないか? 一人で食べるだけの生活も寂しいから」

「う、うう……」


 逡巡するタイタニアへ俺は追い打ちをかける。

 

「君のためじゃなく、俺のためにと思ってくれよ。感謝しているってさっき言っただろ?」

「わ、分かったわ」

「食事にガッカリしないでくれよ」

「それはないわ」


 ゴクリと喉を鳴らしたタイタニアへ芝生全体へのアクセス権限を与え、彼女を迎え入れたのだった。


「そこへ座って待っていてもらえるか?」

「うん」


 タイタニアは芝生の上でペタンと座ると、素直に俺の指示へ従う。

 

 彼女を残し家の中へ入った俺は、何を持っていこうか少し悩む。

 彼女が普段食べているものと余りにかけ離れて豪華な食べ物を持っていくとよろしくない。

 かといって手間暇かけて調理するのも……。

 

 ファンタジーな世界で食パンは余り見ないし……皮が固めの丸パンにするか。

 付け合わせはハムよりソーセージの方が見かけることが多いからソーセージにしよう。

 

 コーンやジャガイモはあるかどうか分からないので、シチューにするか?

 いやでも、牛乳もあるか分からんな。悩んでいても仕方ないか。

 ポタージュスープの素が残っているからそれで。

 

 タブレットを出し、カスタマイズリストを眺めて家具を物色する。

 折りたたみの小さな机があったから丸パン、ソーセージと一緒に注文した。

 

 ◇◇◇

 

「お待たせ」

「うん」

「机を置くからそのまま座っててくれ」


 折りたたみ机の脚を出して、芝生の上に設置する。

 シュールだけど……使えるから問題ないだろ。

 

「パンとスープだけだけど、食べようか。あ、あと野菜ジュースもある」


 机の上に丸パンとカップにいれた暖かいポタージュスープ。そして一リットルの紙パックに入った野菜ジュースとグラスを二つ。

 

「……」


 黙ったまま手をつけようとしない彼女へ丸パンを手渡し、俺も同じように丸パンを手に取る。

 

「柔らかい……これってかなりの高級品だよね?」

「久しぶりのお客さんなんだ。保存用のパンじゃないんだ、それ」

「だから柔らかいの?」

「そうだよ。スープは熱いから気を付けてくれ」

「う、うん。食べちゃうよ? いいの?」

「気にせずガブリといってくれ! いただきまーす」


 先にパンをガブリといった後に気が付いた。

 ソーセージを持ってくるの忘れたじゃねえか。

 バターさえつけずに丸パンをかじったから、味が素っ気なさ過ぎる。

 

「すぐ戻る」

「う。うん」


 ソーセージを皿に乗せて戻ってきたら、彼女ははやくも一個目の丸パンを食べきっていた。

 

「おいしい!」

「そうか、よかった。これと一緒に食べてくれ。パンはまだまだ家の中にあるから、ここにある分が無くなってもすぐに補充するから」

「う、うん」


 ソーセージを食べた時のタイタニアの顔は本当に幸せそうで、見ているだけで埋葬でささくれだった俺の心を癒してくれる。

 何度もおいしいと呟き、野菜ジュースの酸っぱさに眉をひそめたものの二度おかわりするほど気に入ってくれたようだ。

 

 腹が膨れたところで、食後の温めた牛乳を彼女のコップへ注ぐ。

 ふーふーとコップへ息を吹きかけながら、彼女はふわふわした笑顔で牛乳を少しだけすすった。

 

「ありがとう。こんなおいしい食べ物」

「お口にあってよかったよ」

「……お祭りがあるの。収穫祭っていってね。年に一回なんだけど、その時だけお腹いっぱい食べられるのよ」

「そうなのか」

「うん、その時以来だよ。こんなおいしいもの食べたの」


 懐かしむように目を細めたタイタニアは急に顔を引き締め、俺の目をしかと見つめる。

 

「どうした?」

「話すよ。フジィは聞きたいんだよね?」

「うん」

「分かった。あなたへの感謝の気持ちだからね。気を悪くしないで」

「もちろんさ」


 タイタニアはポツポツと自分のことを話し始める。


「お父さんがね、死んじゃったの。この前の戦いで」

「うん」

「それでね。昨日、弟も。あなたが埋葬してくれた」

「う、うん」


 聞いてて既にかなり辛いんだが……。

 彼女は肉親が昨日亡くなったというのに、涙の跡も見せずに俺へ挨拶をしてきたんだぞ。

 戦いから戻らなかったから、死んだと分かったのかな? 

 そんなことよりも、どうしてここまで達観できるんだ。人間とは環境が違うだけこうも気質が変わるのかよ!

 

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