第13話 バテバテのところを

「ヒャッハー」


 こんなもんだろ。

 遺体一人当りに必要な穴の大きさもだいたい把握している。

 一人一人丁寧に穴の中へ運び……ダメだ。オーガは巨大過ぎて動かねえ。

 仕方ないので掘った土で傾斜を作ってテコの要領で台車にオーガを乗せ、穴の中へゆっくりと降ろす。


「終わった……」


 上から土を被せ、最後に剣を突き刺して完了だ。

 手を合わせて死者の冥福を祈った後、台車の持ち手を握り……。


「きゃんきゃん」

「ぶひい」

「わんわん」

「グゲグゲ」


 動物たちの鳴き声がすぐそばまで迫っている。

 こいつはヤベエぞ。


「わおおおん!」


 ひときわ大きな遠吠え。

 これは明らかに俺へ向けてのものだ。

 気が付かれている!

 急げ! 安全な我が家まで。


 遠目にはシルエットくらいにしか姿を確認できないが、人型だ。

 きっとコボルトやらのモンスター連中だろう。

 猛獣ではないことにホッと……しねえよ!


 後ろから飛び道具で襲われるかもしれんが、一目散に我が家に向かって駆ける。

 台車を押しているから、外から見たら滑稽そのものだろう。

 しかし、外面なぞ気にしている余裕はない。無様であろうが何だろうが脱兎の如く逃げる。

 それだけだ。

 

 ――どさあああ。

 倒れ込むように台車と共に土台の中へ入る。

 

「ハアハア……」


 無事逃げ切ったぞ。俺もやるときゃやるもんだ。

 しかし……昨日から作業をし続けた腕と腰はもう限界を迎えようとしており、先ほど全力疾走したことで膝も笑っている。

 

 倒れたままゴロゴロと転がり、手を伸ばし双眼鏡を掴む。

 どれどれ、どんな連中なんだろう。

 

 彼らは墓の前で一列に並び揃って片手を額に当てて直立不動の姿勢になっている。

 俺の記憶だと敬礼ポーズになるのだが、彼らにとっては祈りのポーズなのかもしれない。

 

 モンスターは三人いて、直立したモフモフしたコボルトが二人とピンク色の肌をした豚頭のオークだった。

 コボルトは毛色がこげ茶色と銀色でハッキリと区別はつく。背格好はよく似た感じで、俺の胸くらいまでの身長だった。だいたい百四十センチちょいくらいか。

 オークの方は俺より背が高く、横にも広い。でっぱったお腹に短い手足で一メートル八十くらいある巨漢だ。

 

 どちらも何度も修繕した跡が伺えるノースリーブの革鎧の下に半そでの薄汚れた灰色の貫頭衣、腰はベルトで縛り、麻か綿の黒っぽいズボンを履いていた。

 腰には見たくないものが……そう、剣を佩いでいる。あれを外で振り回されたらと想像したら背筋がゾクゾクとしてくる。

 

 一人ブルリと震えていると、コボルトたちがこちらにやって来るではないか。

 内心かなりビビっているが、今は安全無敵の芝生の上だ。恐れるものなど何もない。

 

「ふじちま」


 土台の枠の前まで来たこげ茶色の毛並みをしたコボルトが一歩前に出る。

 この声は……。

 

「ワギャンか」

「そうだ。お前の作ってくれた墓には僕の友人が眠っていたから、急いで用を済ましここへ戻って来たんだ」

 

 やはりワギャンで正解だった。まあ、俺の名を知っているのは彼しかいないから当然と言えば当然なんだろうけど。


「そうだったのか。確か……ブオーンだったか?」


 墓標にした錆びた剣の持ち主とか言ってた気が……。


「違うぶー。ブオーンはブーの友人ぶー」


 控えていたオークがぶーぶーと口を挟む。

 

「そうだったのか、君も祈りにきたのか?」

「そうだぶー。魔術師メイガスさん、ありがとうぶー」

「俺はそんな大層な者じゃあなくてだな……藤島良辰ふじしま よしたつという名だ」

「そうかぶー。ブーはオークのマッスルブだぶー」

「よろしく。マッスルブ」


 オークってみんなこんな喋り方なのか……恐ろしい見た目だけどちょっと可愛いと思ってしまった。

 いや、声色は全然可愛くないんだけどな。男としても低めの声だしこれですごんだらかなり迫力のある声になると思う。

 

「フジシマ、ブーの友人を弔ってくれてありがぶー」

「いやいや。俺のためでもあるから」


 会話が途切れたところで、今度はワギャンが白銀の毛並みをしたコボルトの肩を叩く。

 

「彼はジルバ。僕やマッスルブと同じく君が弔ってくれた中に兄弟がいた」

「よろしく。ジルバ」


 ジルバは俺の言葉に会釈を返す。

 

「ふじちま。僕もそうだが、二人からも礼がしたいと申し出があるんだ」


 ワギャンは左右にいる二人へ目配せし、そんなことを言ってくれた。

 その気持ちだけで、俺が埋葬したのも報われるってもんだよ。もちろん、根本にあるのは何度も彼らに言っている通り「自分の為」だ。

 でも、日を改めて再度お礼を言ってもらえると嬉しいものじゃないか。

 

「いや、君たちの遺品を頂いたから」

「それは、埋葬された者からの礼だと思ってくれと。僕たちは残念ながら手持ちもない。日が暮れるまでに戻ってくるから待っていてもらえるか?」

「構わないけど……無理だけはするなよ」

「おいしい肉を持ってくるぶー」


 マッスルブの言葉に俺は喜色を浮かべる。

 肉か、肉はいいな。カップラーメンに入っていたうっすーいチャーシューくらいしか食べていないもの。

 しかしだな……。

 

「ワギャン、また戦が始まるんじゃないのか?」

「……今日は問題ない……」


 戦争のことは否定してこないのね。やっぱりまだあるのか……。

 

「昨日の戦闘は本戦だったのか?」

「いや、次が本番だ。僕たち偵察や昨日の斥候らの出番は多分無いがね」

「……そうか」

「とっておきを狩ってくる。待っていてくれ」


 顔を落とす俺へ殊更明るい声でワギャンが言葉を返す。

 彼らは俺へ手を振り、墓の方向へ歩いて行く。

 

 ◇◇◇

 

 これから狩って来るみたいなことを言っていたけど、彼らは狩猟生活を営んでいるのだろうか?

 確実に獲物が捕獲できるとは限らないが、生活の一部になっているのなら当てが外れる可能性は低いと思う。

 

 獲物はこの場で捌くのだろうから……バーベキューできるスペースが必要だな。

 なら、いっそ土地を増設するか。

 

 現在五マス×五マスの土地を五マス×十マスへと拡張する。

 床材は芝生でいいかな。後からいつでも変更可能だし。

 

『二千五百ゴルダになります。購入しますか? はい/いいえ』


 ダブレットで緑色のマスをきっちりと合わせてタップすると、購入するかメッセージが出てくる。

 迷わず「はい」を選んで土地を購入。

 

 買うのはお手軽だけど、ゴルダのアテはない。

 

「バーベキューセットや包丁とか頼むかなあ。どうしよう」


 注文はすぐにできるし、彼らが戻って来てからでいいか。

 お腹もすいてきたことだし、お昼でも食べるかな。

 

 なんて思って踵を返した時、今度は人間の墓に人が……。

 こちらは一人だな。

 

 双眼鏡を覗き込んでみると、タイタニアだった。

 またタイミングの悪い時に来たもんだ……ワギャンらと鉢合わせにならなきゃいいけど。

 

 墓で祈りを済ませた彼女は真っ直ぐ我が家へ向かってくるではないか。

 

「こんにちは、タイタニア」

「あなたは一体……」


 タイタニアは挨拶も返さず、訝しむように俺を見上げる。

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