第15話 聞かない方がいいこと
「やっぱり辛そうな顔をしてる。あなたなら気に病むと思ったの。だから、聞かない方がっていったじゃない」
「そんなことないさ。ほら、続きを聞かせてくれ」
半分くらい空になったタイタニアのコップへ牛乳を注ぐ。
「うん。それがあなたの願いなら、正直に思ったことを全部話すね」
「おう」
牛乳を飲んで喉を潤したタイタニアは、話を続ける。
「わたしは弟が死んだことが信じられなくて、ここまできたの。でも、やっぱり……」
「君の弟かどうかなんてわからないじゃないか」
「ひょっとしたら、どこかで迷子になっているだけかもしれない……」なんてこと言えるわけがない。
土を掘り返して、遺体を確かめることもできるけど彼女がそれを望んでいないのならやるべきではないよな。
「いいの。きっとあなたが弔ってくれたんだと思って、お礼の一言くらい言おうと考えてたのね」
「うん」
「でも、やめたの。事情を聞いたらあなたは今みたいな顔になって悩むと思って。あなたはどんな命であれ慈しみ悲しむことができるのでしょう?」
「ま、まあ。間違っていない」
彼女の言う通りだ。彼女の弟が死んだとか聞いたら、苦渋に満ちた顔をしていたことだろうよ。
感謝しているからこそ、俺の気質を理解した彼女は何も言わなかったんだ。
彼女は殺伐とした冷淡な人なんかじゃない。思いやりのある俺と何ら変わることのない同じ人間だ。
泣かないのにもきっと理由があるはず。泣かないのか泣けないのかは分からないけど……内心、肉親の死を悲しんでいるに違いない。
「これ、預かってくれるかな?」
タイタニアは胸元に手を突っ込んで、革紐でできたチョーカーを服の中から引っ張り出した。
チョーカーにはアメジスト? かルビーのような親指の先ほどの大きさをした宝石が通されている。
「それは?」
「お守りみたいなものなの。もうわたしには肉親は残されていないから」
「なんで俺に……」
「……言いたくない」
顔を背け、ずずいっとチョーカーを俺の方へ差し出して来るタイタニア。
「言いたくない」か。
嘘を付こうと思えば何とでも言えるのに。俺への報酬のつもりで話をしているからなのか、彼女は正直に誠実であろうとしている。
だからこそ、彼女がこれからどうしようと思っているのか察してしまう。
「……行くのか、君も」
「うん。未練はもうないの。みんなわたしを待っていてくれるから。だから、『少しでも国の役に立ったよ』って言いたいんだ」
やはりか……。
彼女は明後日の戦場に出て、死ぬつもりなんだ。
「戦いきって戻るかもしれないじゃないか」
しまったと思った時には遅かった。
俺は激情のまま、彼女へ思いの丈をそのままぶつけてしまう。
それが彼女のことをまるで考えない言葉だということを分かっていて……。
「すぐにまた戦いがはじまる。ずっと出る。わたしが……倒れるまで」
「ごめん……」
「どうしてあやまるの? あなたは感謝こそされ、謝罪するようなことなんてしていないじゃない」
「そうじゃなくて。デリカシーがなくてごめん」
「死に関することを気軽に言う事は悪いことじゃないよ。わたしたちはいつも死と隣り合わせで生きているのだから」
なんでそこで笑顔になれるんだよ。
あまりにも軽い。命が軽すぎる。
どうしてそこまでして戦わないといけないんだよ。全滅するまでやるのか?
事情が全く分からない俺がどうこう考えても仕方ないことだけど、他人事に過ぎないんだけど……それでも、憤りを感じる。
勝手な怒りだってわかっているさ。俺は当事者ではない。一人ここでぬくぬくと安全に過ごしているのだから、どの口が言えたってやつだよ。
彼女がチョーカーを俺へ渡したのは、自分がここで死に俺へ埋葬してもらうことを見越したものだ。
埋葬費変わりなのか、一緒に埋めて欲しいのかは分からないけど。
「逃げてもいいじゃないか?」
「うん、いっそ逃げてしまおうかなって少しは思ったよ。でも、おいしいものを食べて」
「え?」
「わたしにはもう残されたものはないけど、他の家族がいる人たちは違うって。こんなおいしいものをいつだって食べて欲しいなって。だから、モンスターとの戦いに少しでも……ね」
「……違うよ。そうじゃない。そうじゃないって! 君が一人戦って死んだところで変わらない。戦争自体が何ともならないのか?」
「難しいことは私にも分からないよ。モンスターとは言葉も通じないし、出会ったらお互いに叩き合う。モンスターはそんなものなの」
「決してそうじゃないと思うけど……でも、君たちの陣地やら国にはいないんだろう? コボルトたちは」
「うん……だけど……」
タイタニアはうつむき、じっと牛乳の入ったコップを見つめる。
「ふじちま!」
「フジシマー!」
その時、遠くから悲痛な叫び声が耳に入る。
なにかと思い、声のした方を見てみたら……ワギャンたちだった。
ワギャンは切迫した顔で物凄い勢いでこちらに迫り、オークのマッスルブと白銀の毛並みのコボルトであるジルバは何やら大きな獲物を抱えていたけど、それを放り投げこちらに駆けてくる。
「ふじちま! すぐに行く。それまで耐えてくれ!」
「フジシマ―!
ん、ちょっと待て。
物凄い勘違いがあるって。
「きゃんきゃん、ぶーぶーと……フジィ。この場はわたしが何とかする。あなたは逃げて」
一方でタイタニアもスクッと立ち上がり、腰の剣を引き抜いた。
「待て、待ってくれ! みんな!」
できる限り声を張り上げ、両手をめいいっぱい振るいながら俺はみんなへ呼びかける。
「心配しないで、フジィ。あなたは必ず逃がすから」
「ふじちま! 人間から逃げろ! 後は僕たちが何とかする!」
左から落ち着いたタイタニアの声。
右からワギャンの叫び声。
「だからあああ! 俺の話を聞けえええ! みんな、俺のことを護りたいなら、武器をおろしてその場で座れ!」
やっと彼らは俺の言葉を聞いてくれた。
ワギャンたちは立ち止まり、その場で腰を降ろす。タイタニアも剣を握りしめたままその場に座り込んだ。
「ワギャン、マッスルブ、ジルバ。ゆっくりとこっちに歩いてきてくれ。武器は構えないで欲しい」
「ふじちまがそういうのなら……」
納得できていないようだったが、ワギャンらは一応俺の言葉に従ってくれた。これまで培ってきた俺の埋葬事業の徳が為せる技だな。
「フジィ。あなた……あいつらの言葉が分かるの?」
「うん。タイタニアと同じ言葉を話しているじゃないか」
「そんなことないわ。わんわんとかぶーぶーとかにしか聞こえないわよ。あなたの言葉はちゃんと分かるけど……」
タイタニアと会話をしていたら、今度はワギャンらも驚いた様子だ。
「ふじちま、さっきから疑問に思っていたんだが、まさかお前、人間の言葉が分かるのか?」
「うん。ワギャンたちには人と話をしている時の俺の言葉は、ちゃんと分かるのかな?」
「分かる」
うわあ。
何だかややこしいことになってきたぞ。
しかし、俺が間に立って通訳することはできそうだな。
幸い今は戦いの真っただ中ではなく、一応平時だ。
武器じゃあなく、話し合うことだって不可能じゃないだろ。
「そうだ! ワギャン、タイタニア」
「どうしたの?」
「何だ?」
俺は全員の顔を一人一人見つめ、にやあっと笑みを浮かべる。
「みんなでバーベキューしよう」
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