最強ハウジングアプリで快適異世界生活

第7話 熱い……

「額に触れるよ」

　手のひらを彼女の小さなおでこに当てる。

　……熱い。

　この世界？　の基準は分からないけど、俺と同じ人間としたら体温が高すぎる。

　体温計は持ってないから正確には分からないが、三十八度以上ありそうだ。

　そういや今朝は朝から日差しが照りつけ、日本なら初夏の装いといっていいくらいの気温だった。

　彼女は足と腕を折り動けなくなったのかな？

　近くに体を支える杖代わりになるものは見当たらないし……。

　まてよ。

　肘、膝に擦り傷ができているのは這って進もうとしたから？

　そう考えてみたら、彼女の服はうつ伏せに倒れていただけにしては汚れていないだろうか。

　考えを整理しよう。

　怪我をした時に意識を失い、起きてからなんとかしようと這って進むが再び意識を失ってしまった。そして、気温は高く日差しが照りつけていて、彼女は高温だ。

　ここから導き出される答えは――。

「熱中症だ」

　彼女が倒れてからどれくらいの時間が経つ？

　熱中症でも軽くみていたら、命に関わる。

　毎年、夏のニュースで熱中症で死亡した人の人数が報道される程度には危険な症状なんだ。

　こんな時どうすりゃよかったっけなあ。

　ともあれ、急いだほうがいい。

　コボルトの時と同じように肩に腕を乗せ抱え上げ、台車の上に女の子を座らせる。

「動くよ」

　意識の無い彼女へ向け呟くと、台車を押して自宅へ戻った。

　さて……彼女をどこに寝かせるかだな。

　藁ぶき屋根の家の中は却下。俺の命に関わるかもしれない。いくら可愛い女の子であろうと、俺のプライベート空間に入れるわけにはいかないのだ。

　コボルトの時と同じように土地を購入して納戸みたいな小屋を建てようか。

「残金が心配だ……って、あれ？」

『現在の所持金は千八百三十八ゴルダです』

　いや、絶対この金額はおかしい。明らかに増えてるじゃねえか。

　コボルトの家を建てる前より金額が多くなってんだもん。

　んー。

　あ、履歴も閲覧できるのか。

『土地購入　マイナス　二百ゴルダ

　カスタマイズ　マイナス　四百ゴルダ

　残り金額――三百二十七ゴルダ

　銀塊　プラス　千ゴルダ

　石貨幣　プラス　二十ゴルダ

　……』

「銀塊とか貨幣なんて手に入れた記憶がないんだけど……あ！」

　そうか。コボルトたちから遺品と思って保管した袋の中に貨幣が入っていたんだ。

　まさか自分の土地の中に置くと勝手にゴルダに変わるなんて……。悪いことをしてしまったけど、もはやどうにもならん。

　ゴルダから元の貨幣に戻す方法は無いみたいだしさ。

　ともあれ、お金はできた。

　◇◇◇

「よし、これで」

　コボルトの家を北とすれば南側に増設した。

　一方でこの女の子用の土地は南西側にニマス確保し、コボルトと全く同じ造りとする。

　女の子を小屋の中に寝かせて……っと先に権限を付与しないと。

　タブレットで彼女を映しこむと、「タイタニア」って名前が出て来た。

　なんだかすごそうな名前だけど……俺の世界の基準で考えても仕方ないことだ。深くは考えないことにしよう。

　タイタニアを小屋の中に寝かせて、バケツに水を汲みに自宅へ一人で戻る。

　バケツに水を溜めながら、シンクの前で熱中症について思い出せる限りのことを思い出そうと頭を捻った……。

　確か。日陰の涼しいところへ避難させたり、体を冷やしたり、スポーツドリンクを飲ませたりだったか。

　俺の拙い記憶ではこの程度しか分からん。

「スポーツドリンクって要は汗をかいた水分を補給するってことだよな……なら、塩水でいいか」

　お父さん、カタログギフトのお時間ですよお。

『購入

　塩　五百グラム　二ゴルダ』

　いずれにしろ、塩は必要だ。食パンに少し入っているようだから、塩を舐める必要はないけど。

　人間、水と塩がないと生存できないんだぞ。

　あとは、体を冷やすために。

『購入

　ハンドタオル　二ゴルダ

　バスタオル　十ゴルダ

　石鹸　二ゴルダ

　シャンプー　四ゴルダ

　コーンスープの素　二ゴルダ

　鍋　三ゴルダ

　マグカップ　二ゴルダ』

　塩と合わせて、合計二十七ゴルダのお買い上げ。

　ついでに俺の石鹸やらも注文しておくことにした。この後必要だしさ。

　タオルとバスタオルを水で絞って、水を張ったバケツと共にテイタニアの元へ急ぐ。

「起きてたら手をあげてくれ」

　仰向けで寝たままのテイタニアに声をかけるものの、相変わらず反応がない。

　冷やすと言っても服を脱がせるわけにはいかねえし。

　そこで登場するのが濡れタオルさんなのだよ。

　彼女の革のブーツの紐をほどいて脱がせると、下に黒の靴下を履いていたのでこれもスルスルとはぎ取る。

　素足に濡れたバスタオルを乗せて、泥で汚れてしまった髪をかきあげ額へ折りたたんだハンドタオルを置く。

「少しでも飲んでくれるといいんだけど……」

　彼女の首の下に腕を回し、頭を起こす。

　用意した塩を少しだけ混ぜた水が入ったコップを彼女の口元へ寄せ、傾けた。

　しかし、塩水はそのままダラリと彼女の顎を伝い流れていく。

　駄目か。

「少し触るよ」

　彼女の両頬を親指と中指で挟みむぎゅっとして少し口を開かせる。

　ちょっとだけ塩水を流してみたら、彼女の喉が動くのが見て取れた。

　むせないように、ちょろちょろと塩水を彼女に飲ませてコップの塩水が空になったところで一息つく。

「後は様子見かなあ……」

　彼女の頭の傍に塩水を入れた水を置いて、この場を後にした。

　日が暮れるまでに、墓を完成させないと。

　◇◇◇

　せっせとシャベルで土を掘り、堀り、そして掘り。遺体を安置して、土を被せる。

　モンスターの墓と同じように、長槍を突き立てこれを墓標とした。

　手を合わせて祈りを捧げる。全てを終えた頃には、夕焼け空になっていた。

「終わった……もう腕がパンパンだ。腰も痛い……明日は筋肉痛で動けないかも」

　重たい足どりで遺品を台車に乗せ、自分の土地の枠のところまで戻る。

　このまま芝生へ遺品を置くと貨幣が消えてしまう。

「遺品だけ外に並べて置くか。付着した血が獣を呼び寄せないか心配だよ……洗いたいところだけどもう今日は勘弁してくれ……」

　芝生へ足をかけようとしたところで、犬の遠吠えが聞こえてくる。

「何だ？」

　俺の言葉に応じるように、今度はきゃうんという犬の鳴き声。

　声は怪我したコボルトのいる納屋からだ。

「起きたのかな」

　扉のアクセス権限は俺しか設定していないから、コボルトには開くことができない。

　一応、安全は確保されているわけだけど、念には念をということで芝生へ入り、内側からコボルトのいる納屋に向かう。

「誰かそこにいるのか？」

「ん？　今度は日本語か。って、あれ？」

　意味のある言葉が聞こえたんだけど、声の主はコボルトで間違いない。

　何だよ。日本語を喋ることができるなら最初からそうしてくれればいいのに。

　俺の声に反応したコボルトが窓枠に手をかけ、痛みからかうめき声をあげながら頭をあげる。

　窓越しに目が合う俺とコボルト……。

「怪我の様子はどうだ？」

「に、人間だと……！」

　コボルトのただならぬ雰囲気に、安全を確保しておいてよかったと胸を撫でおろす。