第6話 もう一人発見

 台車をゴロゴロと押し、草原へ降り立つ。

 土台から一歩進んだだけで大げさなと思うかもしれないけど、外はプライベート設定が有効ではない。

 危険、危険である。


「まずは……家の周囲からやるか」


 治療したコボルトから数メートル先に騎乗狼の遺体が転がっていた。

 他にも亡骸はあるけど、慣れるためにこのワンちゃんからいこう。


「ぐううおおお」


 なるべく声を抑えてはいるが、余りの重さについ声が出てしまう。完全に持ち上げるのは無理だったから、台車を斜めにして狼の背中と地面の間へ挟み込みテコの要領で持ち上げることにした。

 狼の毛は真っ黒に見えたけど、太陽の光に照らされると薄っすらと青みがかっている。大きさ以外は地球の狼と姿は変わらない。どうやら、この狼は首元を一突きされて絶命したようだな……。

 目を背けながらも騎乗狼を台車に乗せ、ここから二十メートルほど先にある灌木の下まで運ぶ。


「一旦ここへ降ろすか」


 大きな狼をここに降ろし、次の亡骸へと向かう。

 逃げようとして手を伸ばしたまま倒れ伏しているコボルト、首が無いオークも同じようにしてここへ運び込んだ。

 オークはピンク色の肌をした豚顔の人型なんだけど……首が無い遺体を見た時、その場で吐いてしまう。傍の草むらの影に彼の首から上が横向きに転がっていて……目を開いていたものだから、目が合ってしまったんだよ。

 顔は豚そのものだから、海外旅行した時の露店で見たこと無いわけじゃなかった。

 それでもこの体から首が跳ね飛ばされたのだなあと思うとこみ上げてくる嘔吐感を抑えることなんてできなかったんだ。


 これで慣れたのか、その後更にコボルト、オークを運んでも淡々と作業を進めることができた。


「ここからが問題だな……」


 ゴクリと喉を鳴らし、遠目に見える死体に向け首を振る。

 そう、人間の亡骸だよ。

 ここまで運んだのは何のかんの言っても俺にとってはリアリティの無い死体であり、ファンタジーだからとどこか他人事に思えるところがあった。

 気持ちを誤魔化しながら、作業を進めることで何とかやれたんだけど、ここからは違う。

 

 倒れ伏す人間の傍まで行くものの怖気つき、先にコボルトたちのお墓を作ろうと問題を先送りにすることにした。

 

 シャベルがあるとはいえ、人力だとなかなか掘り進めないな……コボルトたちの死体は合計で五体もある。

 とにかく掘る。無心になって掘るんだ。

 

 腰が痛くなり汗をダラダラ垂らしながらも、一時間くらい掘り続けた。


「こんなもんかな」


 大きく伸びをして、額の汗を拭う。

 さて、コボルトたちを埋葬するか!

 一体目のオークを引きずろうとした時、あることに気が付く。

 

 彼らの遺品を取っておいた方がいいよな……あのコボルトに渡したら親しい人へ届けてくれるかもしれない。

 彼らにだって人と同じように帰りを待っているコボルトだっているだろう。

 

 着ている服をはぎ取るのは……冒涜に当たると思うし何よりそこまで死体に触りたくない。

 よって、腰にあるポーチとか転がっていた布袋、剣、斧などは回収し一旦自宅のある芝生へそれらを保管しておくことにした。

 

 続いてコボルトらの遺体を全て掘り返した穴の中へ寝かせて上から土を被せる。

 最後に彼らの遺品から一つ錆びついた剣を拝借し、盛った土の中央に刺した。これを墓標がわりとしよう。

 手を合わせ、目をつぶり彼らの冥福を祈る。

 どうか、安らかに……。

 心の中で呟き、台車を押して自宅へと戻ることにした。

 コボルトの怪我を治療してから数時間経っているので、彼の様子を確認しようと思ったからだ。

 

「まだ寝ているか……」


 胸の上下を見る限り呼吸は安定しているようでホッとしたよ。

 自宅に入り、手だけ洗って再び死地へ向かう。

 後からタオルと洗剤か石鹸を注文したい……俺の服はもう血や脂やら土で汚れきっている。このまま寝ることは図太い人でも難しいと思う。

 ましてや、死体に慣れていない俺が平気でいられるわけがない。

 

 なんて考えているとすぐに人の亡骸の前へ到着する。

 

「コボルトたちと争ってたし、お墓は別の場所にするかな」


 決して顔をみないようにして、背中に剣が突き刺さったままの男の死体を台車に乗せる。

 彼はコボルトらと異なり、ノースリーブの革鎧に長ズボン、長そでの服を着ていた。靴も頑丈そうな革のブーツだな。

 腰にはショートソード。近くに長槍も落ちていた。

 

 先ほどと同じように、人の死体も別の潅木のもとへ集めていく。

 人間の死体はざっと見渡したところ四人かな。

 

 というわけで残り三人!

 やるぜ。一人目ができたんだ。もう大丈夫だ。

 

 二人目の亡骸は人間ではなかった。俺のファンタジー知識から推測するに、この男は獣人に違いない。

 顔は見てないから推測でしかないが、きっと人間と同じ顔をしているはずで、犬耳が髪の毛の間から伸びている。

 それ以外の特徴があるとすれば、ズボンの下に尻尾が生えているのかもしれない。服を剥ぐ気など毛頭ないから確認はできないけどね。

 

 三人目は人間。しかし一人目と違って体躯がかなり小さい。成長途上なのだろうか。中学生くらいかなあ……。

 

 残すはあと一人。

 この死体はワザと最後にしたんだよ。だって……遠目からでも服装が違っていたんだ。

 短いソフトレザーのスカートに革のロングブーツ。そう、最後の一人は女の子の遺体なんだよね。

 三人目の少年もかなり辛かったけど、女性の遺体ってのもショックが大きい。

 

 いつまでもグダグダしてても進まない。

 件の女の子の遺体の前に立つ。

 彼女はうつ伏せになり、手を顔のあたりに持ってきた形のまま動きを止めたようだ。治療したコボルトと同じで地面を右手の爪で引っ掻いた跡があり、生々しい。

 どうやら左腕と右足を骨折しているようで、特に左腕の損傷がひどく変な方向に曲がっていた。

 腰に剣鞘とポーチがあり、他には何も身につけていなさそうだ。


「鞘とポーチを遺品として回収するか」


 九回目ともなると慣れたもので、テキパキと腰のベルトを外そうと手をかける。

 ん?

 まさか。


 布ごしではあるが、彼女の体から体温を感じる。


「生きている!? おーい、返事をしてくれ!」


 彼女の肩を揺するが反応が帰ってこない。

 そこで背中にかかる長い鳶色の髪をそっとかき分けて、彼女の首筋に触れる。


 ……脈はある。

 倒れた原因はなんだろう?


「仰向けにするよ」


 反応が無い彼女へ向け声をかけてから、肩を掴んで彼女の体をひっくり返す。

 ささやかな胸が規則的に上下していることから呼吸は問題ない。

 当たり前だけど、呼吸が止まっていたら戦闘から半日近く経過した今、生きているわけがないんだけどね。一応の確認だ。

 上半身は袖のない腰上までの丈がある焦げ茶色のソフトレザー。血が垂れている様子は無し。

 折れている左腕からも出血は認められなかった。右足も膝下辺りで折れているが、それ以外に外傷はないようだ。

 完全に他は無傷ってわけではないけど、概ね問題なさそうに見えるなあ。

 流石に艶めかしい太もも、膝、肘に擦り傷くらいはあるけど……。


「分からん。骨折はしているけど、気を失ってしまうほどではないはず。ひょっとして寝ているだけか?」


 腕を組み考え込むが、何も浮かばない。

 このまま放置でよいならそうしたいところなんだけど……できれば自宅に連れ帰りたくはないんだよね。

 コボルトを治療中だし、意識を取り戻したお互いが血みどろの戦いに突入したらたまらない。


 しかし、意識を取り戻さないまま夜になるとよろしくない状況になるな。

 肉食の獣に襲われたらひとたまりもないだろう……。


「大丈夫?」


 彼女の肩を再度揺するが反応はやはり帰ってこない。

 ん?

 ひょっとして……。

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