第5話 治療するであります
残りゴルダは九百七十七ゴルダ。
出来れば土地を足して作りたいところだが……。
そう、やろうとしていることは小屋を新たに作ることだ。
土台の中は「絶対安全」とチュートリアルさんに表記されていたが、「中に入れた者」に対しては本当に安全性が確保できるのか分からない。
そこで思い出したのが扉のアクセス権と「窓」である。
とりあえず価格を見てみよう。
タブレットで風景を写し込みつつ、藁葺き屋根の家と反対側の枠沿にニマス横に薄緑の表示を広げる。
『二百ゴルダです』
ふむ。検討できる価格だな。土地は一マスあたり百ゴルダで固定ってことで間違いない。
最初に購入した土地が二十五マスで二千五百ゴルダ。大きく買っても細かく買い足しても金額は変わらない。
床材は無料なので何にでも変更できるとして、壁、扉、屋根の価格を見てみよう。
一番安いのは板張りの壁で窓付の壁も価格は変わらない。引き戸の木の扉も同じで藁葺き屋根も同様。分かりやすい価格設定で助かる。
壁に五マス分、扉が一。屋根はニマスの合計八マスで四百ゴルダか。
かなり痛いが、後で取り壊したら七割戻ってくる。
今ある芝生の上に納戸やプレハブのようなさっき建築しようとした家を建ててもいいけど……ガッチガチになり狭すぎ何も作業ができなくなってしまう。
「よし、建築するぞ」
土地を購入し、床材にフローリングを選択。
続いて板の壁で購入した土地を囲むように設置して、タブレットを操作し引き戸、屋根を仮組みしていく。
完成したところで、一応漏れがないかチェック。
窓は芝生側にあるかどうか……。
「いや、待てよ」
コボルトをどうやって小屋の中に入れよう。土台の枠側に引き戸を作れば外から直接入ることができるけど……そうなると扉を開けるためには俺が外に出なければならない。
えっと、北側に藁ぶき屋根の家があるとして、南に一マス張り出して東西南側は枠だ。
「んー。東側に一マス芝生を足すか、それとも北側から回り込むかだな」
考えた結果、百ゴルダが惜しいため、芝生のうちニマスにもコボルトにアクセス権を与えることにするか。
「よっし、じゃあこれでいこう」
決定をタップすると音も立てず一瞬で家が完成する。
「うん、物置にしか見えん」
これでも何も無いより遥かにマシだろう。雨風をしのげるし。
続いてエリアのアクセス権限だ。
家の中のニマスと外に出るためのニマスのみコボルトへアクセス権を与える。扉の開閉は俺のみだ。
治療はやれるならば窓越しまたは引き戸を開けて芝生にて行う。芝生でやる場合は俺がコボルトの侵入できないエリアから出ないことを忘れないようにしないと。
「あれ? アクセス権を与えるのってどうやるんだろ……」
説明が書いてないものか……タブレットをいじってみたけど記載が無いな。
いずれにしろタブレットで行うはずだから、タブレットを持ってコボルトのところまで行くか。
って言っても目の前だけどさ。
コボルトをタブレットで映すと彼の頭の上に名前が表示されている。
『ワギャン』
変な名前だけど、そこはまあいい。
名前の表示にタッチするとタブレットに「名前登録しました」とメッセージが出た。
なるほど。後は登録済みの名前をアクセス権に設定すりゃいいだけみたいだ。
おし、設定はできたぞ。
「今から君をその小屋の中に運ぶ。治療するためだ。暴れないでくれよ」
コボルトの腕を肩の上に乗せ、担ぎ上げるように彼を引き上げた。
俺より小柄だから軽い軽いなんて思っていたけど……彼の足を引きずってしまいながらもなんとか引き戸を開けて彼を中に寝かせる。
「ふう……」
額の汗を拭い、医療キットを取って再び小屋に。
あ、小屋の中でコボルトの太ももに巻かれている包帯を取るのは余りよくないな。
あの包帯は血濡れで、未だにジュクジュクとしている箇所もあるんだ。あれをほどいて床に包帯をおくとだな……血でベッタリとなってずっと残ってしまうじゃないか。
いずれにしろ、掃除はしなきゃならないけどわざわざ今盛大に汚す必要はないだろ。
そんなわけで、コボルトの下半身だけを小屋から出し太ももに巻かれた包帯に手をかける。
実際に血に触れると……少し頭がクラッとしたけど……何とか踏みとどまった。
俺が女子なら少しは血に耐性があったんだろうか……。女子は血を見るのに慣れているというし、何故かまでは言わない。
包帯に目を合わせないように芝生へ置いたけど、手に残る湿った感触が怖気を誘う。
ベッタリと赤く染まった手をバケツに入れた水で注ぎ、バケツの水を入れ替えた。
「痛むかもしれないけど、我慢してくれよ。今から水を傷口にかける」
意識がないコボルトへ声をかけてから、バケツの水を傷口へと注ぎ込み、汚れと血を洗い流す。
ハッキリと見えるようになった傷口は、よくこれで血がドバドバ出ていないと感心するほど……深い。
横に斬られた傷だと思っていたけど、深く刺された傷のようで骨まで達しているかも。
これで良くなるのか分からんが、抗生物質が無いから化膿と破傷風が心配ではある……なんとかなってくれ。
医療キットからオキシドールを出して、ドバドバとコボルトの太ももの傷口へ流す。
「こいつを使えってことだよな」
小瓶の蓋を開け、中のドロッとした緑色の液体を傷口へ。
すると、患部からシュワシュワと白い煙をあがってきた。
「うおお。すげえ。これは……高いだけはある」
なんと傷口が塞がったのだ。といっても薄皮一枚修復された程度な気がするから、塞がっただけと見て置いた方がいいだろう。
次に新品の包帯を巻きギュッと縛った。
「ふう。後は様子を見るしかないな」
再びバケツに水を汲み、コボルトを小屋の中へ入れて頭の傍にバケツを置いておいた。
喉が渇いたら飲めるように。コップもバケツの隣に準備しておくか。
作業が完了する頃にはお昼前になっていた。
◇◇◇
コップを追加でもう一つ注文して、食パンを手でちぎってもしゃもしゃと食べる。
次は亡骸を何とかしたいところだが……コボルト一人を少し運ぶだけでもヒイヒイと言っていた俺にどこまでできるか……。
「背に腹は代えられないか……」
『注文
シャベル 十ゴルダ
台車 二十ゴルダ
毛布 二十ゴルダ』
最低限、これだけはというものをリストアップして注文をタップする。
追加の毛布はコボルト用だ。あのまま風邪を引かれてお陀仏になったら、せっかく医療キットを使った意味がなくなってしまう。
何より目の前で死なれたら俺の精神がもたねえ。
シャベルや台車にしてもそうだ。弔うのも治療するのも俺自身の精神状態のため。このまま放置すると寝ざめが悪いってもんじゃないから。
台車にシャベルを乗せて、動くものが無いか注意しながら我が土台の外へ出る。
「やるか」
うおおおっと空元気でも叫びたかったけど、獣を呼び寄せてしまうかもと思って慌てて口を塞ぐ俺なのであった。
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